第11章 品川
享徳二(1453)年一月に朝廷から十五位上左衛門少尉の官位を受け、二十二歳の資長は太田家の後継者としての道を順調に歩んでいた。この頃、沙羅の妊娠が発覚した。資長が大喜びしたのは言うまでもないが、道真も初孫がもうすぐ生まれると思うと嬉しく、出産の無事を願ってあれこれ気を遣い始めた。その一つとして、鎌倉の屋敷では来客が多くてのんびりできないだろうと考え、資長と沙羅を品川にある太田屋敷に移した。沙羅には品川でゆっくり体を休めながら出産に備えろというわけである。そして資長には、せっかく品川に住むのだから、この機会に海運業を学んでおけ、と道真は命じた。
品川の港を仕切っていたのは、鈴木道胤という海賊あがりの大商人である。資長は品川に着くと真っ先に道胤の屋敷を訪問した。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました、若さま」
と、道胤が丁重に出迎えると、資長も丁寧に挨拶した。
「お出迎え、ありがとうございます。道真の息子の資長です」
道胤は、年齢は四十代半ばくらいで、いかにも昔は海賊だったという感じのいかつい風貌をした、腹に一物もっていそうな大男だった。
「ささ、どうぞこちらへお入りください」
道胤は資長を室内へ誘った。豪勢な屋敷であり、室内の装飾も贅を凝らした造りになっている。資長は思わず溜息を洩らした。
「素晴らしいお宅ですね」
「これもすべて備中守さまにお守り頂いているお陰です」
前にも書いたが、備中守というのは道真の受領名である。
「この度はどうして品川にいらしたのですか?」
道胤にそう尋ねられた資長はニコニコしながら答えた。
「妻が妊娠しまして、鎌倉は何かとせわしいので、品川の屋敷でのんびり過ごした方が胎教に良いという話になったのです。それで、わたし共々こちらへやって来たというわけです」
「それはおめでとうございます。元気な赤ちゃんが産まれると良いですね」
「ありがとうございます。ついでに父が申しますには、どうせ品川にいるのなら、その間に道胤どのから港のあれこれを学んでこい、と。そういうわけでノコノコやって来た次第です」
「これは恐縮ですな。若さまにお教えできることなど、何ひとつ持ち合わせておりませんが」
「海のことなら道胤に聞けば何でもわかる、と父が申しておりましたよ」
「備中守さまも、お人が悪い」
「そう謙遜なさらずに、これからちょくちょく寄りますから、いろいろ教えてください」
資長はそう言って道胤の屋敷を後にした。
当時の品川は、港周辺こそ大きな倉庫や商店が立ち並び、たいへん賑わっていたが、港を少し離れると人家もまばらで、東国一の都・鎌倉とは比べものにならないド田舎だった。
妊婦も少しは運動した方が体に良いと聞いたので、資長は沙羅と二人で品川のあちらこちらを散歩することにした。
「あそこの五重塔が建っている大きなお寺は何というお寺ですか?」
沙羅が五重塔を指さして尋ねたので資長が答えた。
「あれは妙国寺という寺だってさ」
「へえ、品川にも大きなお寺があるのですね」
「元は小さな寺だったらしいんだけど、ほら俺が会いに行ったと話をした、品川の港を牛耳っている大商人・鈴木道胤が多額の寄進をして、現在のような五重塔を持つ大寺院に生まれ変わったんだって」
「ああ、海賊さんですね?」
「元海賊ね。今はまともな商売しかやっていないそうだよ、本当かどうか知らないけど」
「面白そうな人ですね」
「あれは怪人物だね。ホント世の中には奇怪な人物がいるよ」
「でも、太田家とは昔から親しい間柄なのでしょう?」
「そうみたいだね。ああいう大商人を味方につけておくと経済的に助かるからね」
その後、港へ向かうと、ズラリと停泊している船を見て、沙羅が子供のように「船があんなにたくさん」と叫んだ。
「沙羅は船を見たことが無かったのかい?」と、資長が笑った。
「ええ、あんなに大きな船は」
「じゃあ品川に来て良かったね、珍しいものが見れて」
「はい。父上さまには感謝しております、身重のわたくしを気遣い、品川に住むように言ってくださって」
そう言って沙羅は心地良い海風に身をさらした。
「父上は色々と考えを張り巡らす人だからね」
「まさか妊婦であるわたしの体調についてまでご心配くださるとは思いませんでした」
「それだけが理由じゃないんだろうけどね、父上が俺たちを品川によこしたのは」
資長が暗い表情でそう言ったので、沙羅は驚いて「え? どういう意味ですか?」と尋ねた。
「うん。去年、俺が公方御所へ呼ばれたことがあっただろう?」
「あ、はい」
「あの時、公方さまと話した内容を父上に報告したのさ」
「どういう内容を報告なさったのですか?」
「公方さまはいくさをする気をまったく失っていない、いつか必ず再び挙兵する、という内容をさ」
「まぁ」と、沙羅が驚きの声を上げた。「公方さまを止める手立てはないのですか?」
「俺だって無益ないくさはやめましょうよ、とさんざん公方さまを説得したさ。しかし、公方さまの意志は固く、俺の説得には応じてくれなかった」
「それでは再びいくさになるのですか?」
「近い将来に必ずね。いくさになったら一番に危ないのは鎌倉だ。だから父上は今のうちに俺たちを鎌倉の外へ出したのさ」
資長の読み通り、しばらくすると今度は佳子が品川の屋敷に移ってきた、出産経験のある姑が初産を迎える嫁の側にいれば何かと役に立つだろうという名目で。しかしながら、これまたいざという時の為の用心に、道真が佳子を品川へ移したのが、資長には見え見えだった。佳子が来て賑やかになった品川で、資長と沙羅は和歌を詠んだり、港の近くを散歩したりしながら、穏やかな日々を過ごしていたが、時おり沙羅は鎌倉にいる紅衣長頼を心配して憂鬱な表情を見せることもあった。この頃、資長が詠んだ和歌。
「世の中に 鳥も聞えぬ 里もがな ふたりぬる夜の 隠家にせむ」
月に何度か資長は道胤の屋敷へ出向いて海運業の仕組みを学んだ。道胤の船で現在の東京湾を遊覧したこともある。品川から船で海岸沿いをしばらく北上すると、断崖絶壁の上に朽ち果てた屋敷が建っているのが見えた。
「あの海まで迫って断崖になっている高台が江戸村で、あそこにポツンと建っているのは、昔ここらへん一帯を支配していた江戸氏という一族が住んでいた屋敷ですけど、今は誰も住んでおりません」
という道胤の説明を聞いた資長は「ふーん」と言ったきりで、後は無言だった。江戸という言葉は川の入り口を意味し、武蔵国と下総国の国境を流れる隅田川河口の西側付近が昔からそう呼ばれており、それゆえここを支配した一族は江戸氏を名乗ったのだが、残念ながらこの時の資長はまったく無関心で、「へえ、江戸ね」くらいの感想しか抱かなかった。
資長は定期的に鎌倉へ戻り、道真へ品川の様子を報告し、道真から鎌倉の現状を聞いた。それによると、今のところ鎌倉公方・足利成氏に不穏な動きは無いようだった。また、鎌倉へ行った際は必ず山内にある紅衣長頼の家に寄り、沙羅の状態を報告する事を欠かさなかった。沙羅が順調だと聞く度に長頼は涙を流して嬉しがった。品川へ戻ると、今度は長頼の様子を詳しく沙羅に伝えて、心配している沙羅を安心させた。資長は沙羅にこう言った。
「今のところ鎌倉は平穏だし、もし事が起きても男ひとりならいくらでも脱出できるから心配ないよ」
長頼が住む家は、彼が勤務する関東管領の政庁、すなわち山内上杉屋敷のそばにある。そして山内上杉屋敷のすぐ隣には長尾屋敷がある。長頼を訪ねた帰り、資長が長尾屋敷の近くを歩いていると、
「兄上」
と声を掛けられた。資忠かと思って振り向くと、そこに立っていたのは、長尾万千代、後の長尾景春だった。
「おお、万千代か。さらにまた大きくなったな」
長尾屋敷へ元服の挨拶をしに行った際、初めて会った万千代はわずか三歳。いとこ同士ということもあり、その後も何度か会う機会があったが、会う度に大きくなっていたので、資長はいつも驚かされていた。
「いくつになった?」
「十歳になりました。今は建長寺で学んでいます」
「建長寺でか? それなら俺の後輩だな」
「はい」
元気よくそう答えた万千代は、二十三年後、戦場で資長と相まみえることになるのだが、この時は無邪気な笑顔を見せている愛らしい少年に過ぎなかった。
秋になり、沙羅の出産が近づいた。品川の太田屋敷では出産の無事を願って妙国寺の僧侶による読経が連日おこなわれた。資長は産室の前を行ったり来たりして、ちっとも落ちつきが無い。そんな資長を見て、佳子が「少しは落ちつきなさい、資長。みっともないわよ」と窘めた。
「母上、これが落ちついていられましょうか。沙羅はいま懸命に闘っているのですぞ」
「それはそうだけど、あなたがジタバタしても仕方ないでしょ?」
「わたしも沙羅と共に闘っている最中なのです」
「はぁ? いったい何と闘ってんのよ?」
「決まってるでしょうが、沙羅と赤ん坊を狙う悪霊とですよ」
「その悪霊さんとやらは、どこにいらっしゃるのかしら?」
「ここに、この部屋に、そこらじゅうにたくさん・・・うわーん、がんばれー! 俺がついてんぞ! 負けんな、沙羅!」
「困った息子だわねぇ・・・」
と、佳子が溜息をついた時、産室から元気な赤ん坊の泣き声が聞こえた。資長はハッと顔を上げ、体をブルブル震わせたかと思うや、
「は、母上!」
と叫んで佳子に抱きつき、おいおい泣きだした。




