異世界探求伝 第百六十五話 ラミア討伐遠征
『走破の槍』のリーダーが現れた事で、仲間のメンバーは勿論のこと、依頼主であるダガーもかなりの度肝を抜かれたことは間違いない。 しかし、依頼を破棄するどころか、自分も参加するということで話しがまとまり、メンバー全員での参加が正式になされる事になる。
「そりゃ無いぜ」
『走破の槍』のリーダー、ケーヒンが加わる事になり、再度契約に伴う調整が行われる事になったが、ケーヒンからの注文に慌てて依頼人のダガーが不満を《あら》露わにする。 だが、ケーヒンは気にする事無く続けざまに、不機嫌を露わにするかのような言葉を放つ。
「ラミアの相場は、金貨三十枚と聞いている。 それにアンチアモン鬼国への入国は、正式な手続きが無ければ不法入国扱いだろ。 それだけ危険な橋を渡らせるのに、危険手当としては少しばかり安すぎるんじゃないか ?」
ダガーにしろ、走破の槍のメンバーを引き抜いた形になっている所が、多少後ろめたい気持ちがある。当然、そのリーダーたるケーヒンの一言で、状況が一変する可能性がある為、ここは少し折り合いをつける必要性を感じていたのだ。
「ちっ、そこまで知っているんじゃ仕方ねえな、それなりの実力のケーヒンが参加するなら、まぁ《こちら》此方としても多少加味せざるを得まい。 だがな、ラミアの捕獲についての報酬は銀貨百五十だ。 その代わり、予定よりも多く捕獲できれば、そこから上乗するとしよう。 それから、前金の報酬の追加分は今支払っておくぜ」
「決まりだな。 だが、それなりの働きはする予定だ」
『うほっ !!』
リーダーの鮮やかなやり取りに、傍らから見ていた仲間たちはさすがに、感心せざるを得ない状況だろう。 勿論、半ば裏切り行為に及んだ今回の一件だが、報酬の一気の上乗せにより、先ほどの後ろ暗さより喜びの方が、つい先走ってしてしまったというのが正直なところだろう。
「それから」
「勘弁してくれよ、ケーヒン。 こっちもそれなりの人数を動かしてるんだ」
「いやいや、報酬の件はそれでいい。 ついてはラミアの情報について摺り合わせをしたい」
「ああ、そっちか。 じゃ時間もない事だし、直ぐに始めよう」
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「ヒヒ、だからうちのリーダーに任せとけば、何も問題ないと言ったろ」
「こいつ、現金だなあ」
「ハハハ、しかし、追加報酬まで貰えるなんてケーヒン様さまだな」
「ちょっと待って、その前に私たち、リーダーに対してする事があるんじゃないの ?」
「そうだな」
「ですね」
「だな」
『嘘をついて悪かったケーヒン、どんな報いでも受ける』
「そうだな、向こう一か月減俸謹慎処分ってとこが、傭兵だったら通常の処罰だな」
「えっ、一か月も⋯」
「ハハ冗談さ、お前たちを一か月も放置していたら、こっちも干上がてしまいそうだしな。 ま、今後自分たちの行動を《かえり》顧みて、仲間と信頼の付き合いをよく考えて欲しい」
特にリーダーからの処罰は行われないという事で、一同は胸のつかえが一気に取れた気がしたが、既に出向時間が迫っている。 日が昇る間際に船に乗り込むと、各自持ち場の配置に付き、いよいよ出航と相成った。
船は中型のクルーザー程度の大きさで、二十人ほどが乗り込む事のできる二艘が出航するようである。 今回の討伐に参加するのは、全部で走破の槍を含める十六名程度だと言う。 勿論、現地での案内人や船を動かす船頭もいるが、移動目的だけの参加の為、討伐の目的も知らされておらず、当然頭数にも入ってはいない。
出向から数時間が経ち、海水と淡水の混ざり合った湖に差し掛かったのは昼頃であった。
「よし、昼用の軽食を配る。 周囲の警戒を怠らず、そのまま食べろ。 夜間は、左右二人ずつ交代で見張りに立つから、二人残って後は休憩に入ってくれ」
「了解、リーダー」
「それから、防寒着として毛皮のコートを支給する。 そしてこれは耳栓だ、各自一対ずつ配るから無くさないよう、裏ポケットにでも入れておいてくれ」
「防寒着は助かるな、さすがケーヒンだ。 依頼主とのやり取りといい、最初からリーダーに任せとけばよかったぜ。 ところで耳栓は何に使うんだ ?」
「調子に乗りすぎだ、クラビス。 耳栓の事も含めて、お前たちに聞いてておきたい事がある」
「なんだ ?」
「まず第一に、今回の依頼の目的であるラミアだが、ラミアについてどこまで知っている ?」
「えっと、魔物図鑑とギルドの魔物一覧書で確認したわ。 下半身は蛇のようで、上半身は女性の姿よね」
「特性や攻撃性については ?」
「確か、男を歌声で魅了するんだったな。 ランクBだから、かなり強ええって話しだろ」
「で、お前たちの対策は ?」
「対策と言ってもな、前衛の俺達が前で止めて、その間に彼女達に攻撃して《もら》貰う《てはず》手筈だったんだが」
「成程、お前たちらしいな。 ところで、その魅了に《かか》罹ったらどうするつもりだったんだ ?」
「いや、ほかの遠征メンバー達が⋯ 何とかしてくれるんじゃないか」
「お前たち、他の者も同じ考えだったらどうするんだ? 全く呆れるな、みんな自殺願望者か」
「そうね、確かにリーダーの言う通り、一番重要な事を何も確かめずに来たわ」
「いいか再度確認、命は一回こっきりだ。 今回は報酬の前払いがあるという事は、それだけ危険性も高いって事だ。 つまり、ラミアの捕獲に固執せず、無事に帰還する事だけを考えよう」
「そうだな、確かにケーヒンの言う通りだ。 報酬は既に受け取っているんだし、ラミアの捕獲は二の次に《ま》先ずは命を大切にしようや」
「そうだな」
「賛成」
「ところでさっき配った耳栓だが、あれはラミア対策の一環だ。 ラミアの情報の内、確かにラミアは高音の歌声で魅了を仕掛けてくるらしい。 この耳栓は、カイメンという生き物から作らたもので、圧縮して乾燥させたものだから、この耳栓を付けてさへいれば高い音だけを遮断してくれるメリットがあるものだ」
「《なるほど》成程、さすがリーダーだけの事はあるわ。しかし、カイメンにも色んな使い方があるのね」
「色んなって何だ ?」
「ちょっと、バネッサ !」
もう一人の女性メンバーのネイルが、頬を赤らめてバネッサの口を閉じようとする仕草が可愛らしい。
「どうかしたのかネイル」
「馬鹿! 察しろよクラビス。 ええっと、俺たちの不手際で、フォローしてくれて助かるよ、リーダー」
「まあ、全部親父の受け売りだがな。 ハハハ」
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通常は鬼国へとスムーズに入国するには、チェインの町南に面する汽水湖を通り、ひと山越えた先がアンチアモン鬼国への正式ルートである。 その先には、ノツカサドと呼ばれる鬼人の村があり、東側には城塞も築かれた厳重な警備がなされているという。
いわば、今回の遠征は、鬼国側に無許可で入国する密猟という事もあり、遠征のルートはアンチアモン領から東側の山伝いに潜入する《てはず》手筈となっている。 ニショルクサ王国もそうだが、ヴァレンシア皇国もアンチアモン鬼国を一つの国家として認めていないという側面があるからだ。
と言うのも、鬼人に対して人族や亜人とは見なさず、魔物認定されている事から物好きな商人以外、あまり来訪する者がいない為である。 特に、ヴァレンシア皇国では、国民のほとんどがヒューマンである事からも、獣人などの亜人たちも国内で《ほとん》殆ど見かける事は無い。
遠征の一行は、その日の昼過ぎに汽水湖を通り、そのまま東の水路を走りながらの船中泊となった。 出航が朝早かったのは、どうやら潮の満ち引きと風の影響で、速く走れるからと事情があり、現地に到着したのは翌日の朝の事であった。
「俺が案内人のガイだ、拠点まで案内するからついて来い」
二艘の船で参加した人員は、先行組を除く十人である。 一行は水路を鬼国側に降りると、後は山沿いのルートを伝って、アンチアモン領に入る事になる。 西側に面する平原は、進みやすい進路ではあるのだが、ヴァレンシア皇国内でもオーガと恐れられる鬼人達に、見つかる事の脅威の方が大きいのである。
そして彼ら一行は、その日の夜半にはアンチアモン領国境付近ににある拠点に辿り付き、先遣隊と合流したのは出向してから次の日の夕刻であった。
「よく来た、俺が指揮官のアンドレイだ。 これからお前たちは、俺の指揮下に加わり、作戦を遂行してもらう。 その前に、腹ごしらえだが、火は石で組んだ火鉢で調理してくれ。 分かってると思うが、これは遠くから灯りを悟られない工夫だ。 もし、煙が出るようだったら、風魔法やらで散らしてくれ。 それから、ここからの行動は五人編成とする」
十七人居るメンバーの内、十五人は三つの組に分かれて行動を行う。 その一つが『走破の槍』だが、この場でパーティ名を名乗る事はない。 何らかの犯罪行為に関わっていた場合、大っぴらにパーティ名を知られる事を利益しかならず、それぞれが個人参加という触れ込みになっている。
メンバー達が驚いていたのは、この実働隊の他にオークが働き手として混ざっている事であった。 頭数で言うと十頭余りのオークが、一人の魔物使えらしき男に促され、力仕事などをこなしている。 走破の槍以外にも、実働隊以外の女性が何人か居たが、戦闘要員というよりも慰労役といった役割なのかもしれない。
「おい、見たか。 あの女たちは、あっちの方の係りなのかな ?」
「どうだかな、だが、オークどものじゃないぜ」
「あんたかい ? 魔物使いは」
「まあな、奴らは従属の首輪で大人しくさせているから、可愛いペットみたいなもんよ。 ていのいい戦力だな、盾にもなるし」
自称魔物使いと称する男と会話を交わすクラビスは、何やら《いぶ》訝し気な《おもも》面持ちでオークを見つめていたが、やがて興味が失せたのかその場を離れて行った。 それから二時間ほどすると、次の拠点へと移動を促され、一行はいよいよ尾根伝いにアンチアモン鬼国へ迫る事となった。
途中何度か魔物に遭遇したが、流石にこれだけの人数が揃っていれば、万が一にも不手際が生ずる事も無い。 水だけ持参すればいいというのも、こうした食料の現地調達を見越した上での事であったのだろう。
「よし、着いたぞ、ここが目的地だ。 ここを拠点として、明日からいよいよ狩りの開始だぞ。 見張りはこっちに任せて、実行隊のメンバーはゆっくり休んでいてくれ」
着いた場所は、山肌に自然とできた洞窟の一角であった。 あまり広くはないが、二十人程度がゆったりとくつろげる広さは確保できているようである。 籠のようなものが奥に放り込まれているが、これは捕獲用の《おり》檻の役割を果たすらしい。
「ちょっと集まってくれ」
小声でメンバーを呼んだのは、『走破の槍』リーダーのケーヒンであった。 リーダーは、メンバーのネイルに風魔法で声を遮断させたのは、ほかの者に聞かれたくないのは勿論の事、仲間内で意識を統一する必要があった為だ。
「道中気づいた点がいくつかある」
そういうと、リーダーのケーヒンは、少し気になる点について喋り始めた。
「ちょっと気になったんだが、どうやら奴らは傭兵のようだ」
「傭兵がまた何で ?」
「そこなんだがな、通常傭兵たちは先頭のプロだから、魔物狩りに参戦する事は不思議じゃない。 だが、冒険者と違って魔物狩り専門というわけではなく、何らかの任務を背負って動いている事は間違いなかろう」
「傭兵ってのは、間違いないの ?」
「ああ、傭兵が使う指信号は、軍隊のように複雑じゃないが、俺達冒険者の間ではあまり使われないからな」
「ふうん、そう言えば、私達の事もよく知っていたわね」
「例えば ?」
「そうね、私が攻撃魔法が得意で、ネイルが回復と付与魔法が使える事とか」
「そう言えば、マジックポーショーンを、ただで提供してくれたわ」
「ちょっと思い出したんだが、奴ら可笑しな事を言っていたな」
「うん ?」
走破の槍で、比較的小柄なカルスが耳にしたのは、少し離れた場所で大きい方を用足ししていた時の事である。 仲間の男二人が、連れだって連れションをしている時、少し違和感を感じる話しをしていたというのだ。
「女どもは大切に扱えよ」
「分かってるって、険しい道はオークどもに担がせてるから、心配いらねえよ」
「あっちの方もほどほどにな、あまり疲れさせるんじゃないぞ。 いざという時の手立てだからな」
「分かってるよう」
言葉じりではハッキリしないが、この『いざという時』の為というのがいまいちよく理解できない。 だが、ポーショーンの件といい、女性たちを気にかけているのは、少し過保護すぎなのではといった感が否めない。
「まあ、いやらしい目で見て来ないのは好感持てるけれど」
「取り敢えず、俺達は隊の中央で指示通り動いてくれという話しだ。 だが、何が起きるかわからないから、万が一の為にもこれを渡しておく」
ケーヒンが、走破の槍メンバーの全員に渡したのは、手で握れる程の小さな木の筒であった。
「リーダー、これってスモークだよね」
「ああ、だが只のスモークじゃない。 パプリカの原種のチレって奴だが、燃やすととんでもなく鼻と目にしみる奴だ」
「物好きな奴が、肉に振りかけて食べてるの見た事あるよ」
「そりぁ、物好きな奴だな。 虫避けにも使うような」
「そうだな、万が一の際に逃げる場合、こいつに火を着けて逃げろ」
「《なるほど》成程、こいつだったら魔物でも逃げ出すな。 ハハハ」
これは普通の討伐クエストじゃないんだぞと、つい口から出かかった言葉を飲み込み、作り笑いを浮べながら、使う機会が無い事を祈るケーヒンであった。




