異世界探求伝 第百六十四話 リーダーの矜持
走破の槍の副リーダーであるクラビスと、バネッサが愚痴を兼ねて飲み明かしていると、そこに現われたのは怪しげな依頼を斡旋する一人の男であった。 二人はその破格の報酬に、つい目が眩んでしまったのは致し方のない事であろう。
男から正式に依頼を受け、契約を取り交わしたクラビスとバネッサだったが、男からその依頼内容を聞くと、その破格の報酬の謎が解けた気がした。 しかし、今さら断るという選択肢もなく、依頼の内容を聞くと男は二人に前払いの報酬として銀貨二十枚、合わせて四十枚を彼らに渡し、速やかにその場を立ち去って行った。
「なんか、凄い依頼内容だったね」
「夢じゃないんだな、こうして手元の銀貨があるという事は」
「うんうん、銀貨二十枚だよ? これって、私たち一か月分の報酬だよね。 しかも、上手く行けば、さらに報酬が期待できるし、何かワクワクしてこない ?」
「だよな、何もしなくて付いていくだけでこの報酬だもんな。 受けて正解⋯ なんだよな ?」
「当然 !」
「問題は、他のメンバーだな」
「うーん、ケーヒンには話しにくいよね。 他の二人には、直接私から言うから任せてちょうだい」
「女同士で仲がいいし、奴は彼女が行くと言えば着いて来るだろうな」
「うんうん、任せて。 この際、リーダー抜きでもいんじゃない ?」
ケーヒンは、彼女たち『走破の槍』のリーダーである。 グループメンバーの中でも飛び抜けた存在であり、彼が居なければ今のように上手くパーティとして、《まと》纏まっていたのか怪しい処であろう。 ただ、惜しむべきはその堅苦しい性格で、決して危ない橋を渡ろうとしないところと言える。
基本的に依頼は、出処の確かな依頼が中心で、依頼目的が明確なものしか引き受ける事は無い。 勿論、以来の難易度が高くなれば、不透明な内容の依頼も発生するのだが、全て調べた上げた揚げ句ようやく引き受ける事も日常的だ。 よく言えば堅実性に長けているが、他のメンバーは冒険者としては《いかが》如何なものか、と思われている節もある。
しかし冷静に考えると、実際にケーヒンが魔物の生態や弱点を確認した上で、地理など様々な情報を把握しておかなければ、これまでの依頼もその危険度が増していたに違いない。 メンバーの誰もが、リーダーの完璧さに任せっきりで、あまり事の重大性にも気づいていないのも問題であった。
「まあな、話したところで、アンチアモン鬼国領内は、ギルドでもあまり入らないように要請されている場所だしな」
「そうね、しかも捕獲対象がBランクのラミアって言うし、間違いなく反対されるでしょうね」
--------
場所は変わって、翌日のちょっとした依頼を終えたパーティーのメンバー達は、いつも通り、夕食を兼ねての反省会を行っていたう。
「ちょっと、二人に話しがあるんだけど」
「何、バネッサ? 私は呑まないからね」
「いいから、いい装備が買えるかもって話し」
食後にケーヒンがトイレに立った隙に、さりげなく二人に話しかけたのは、先んじて伝えておく事で《ふおん》不穏な動きをリーダーに悟られない為である。
「わかったわ、解散後に少し経って戻って来ればいいのね」
「ええ、話しはその時にね」
『走破の槍』のメンバーは、リーダーで攻撃の《かなめ》要を担う槍のケーヒン、前衛で盾と片手斧を持つ、副リーダーのクラビスと片手剣カルス、そして後衛で魔法を攻撃を担当するのは、バネッサとネイルである。 ネイルは、希少な回復魔法が使え、弓の扱いにも長けている。 そんな彼女に思いを抱くのは、小柄ながらも前衛職をこなすカルスである事は、本人以外誰もが承知している事である。
「ふう、待たせたな。 じゃ今日はこれで解散しようか」
「待ってケーヒン。 少し話しがあるの」
「何だい、バネッサ ?」
「来週の予定なんだけど、一週間休日にしない ?」
「急な話しだな、なんでだ ?」
「えっと、私は新しく装備を作るのに、クラビスに手伝って貰いたいの。 ネイルとカルスはあの⋯ 察してくれると有り難いわ」
「あ、そういう事か。 四人とも用事があるのなら仕方ないな、それじゃ来週は休みにしよう。 俺も随分と親父とお袋に合っていないから、近況の報告にでも行って来るかな」
「そうね、リーダーのお父さんも、忙しい人だからいい機会だと思うわ」
「だな」
話しがまとまったと言う事で、走破の槍で残りの二日間依頼をこなし、後の一週間を休養日に充てる事となった。 バネッサとクラビスの二人は、上手く事が運んだという事で喜色満面の笑みであった。 しかしこの時、リーダーのケーヒンが、実は妙な違和感を抱いていた事は、メンバーの誰しも知る由もない事だったろう。
ケーヒンが、他のメンバーよりもずば抜けて能力が高いのは、何も運動能力だけではない。 依頼を受ける際にも細かく情報を分析し、欠けた情報を繋ぎ合わせる。 そんな分析力を兼ね備えた手際の良さと判断力が、彼をリーダーたらしめる要因だという事を、他のメンバーたちはあまりにも軽視しがちなのだ。
いつものように、バネッサとクラビスの二人が居残り、他の三人が店から出るが、いつものように追加を注文する事もなく、二人は数分後に再来店するであろうネイルとカルスを待っていた。
「お待たせ」
「ケーヒンは帰った ?」
「ああ、いつも通り裏路地の帰宅コースさ」
こうして、再度四人のメンツが揃い、大まかな依頼の内容を説明すると、思いもよらず二人はさほど考える様子も見せず、この話しに飛びついてきた。 と言うのも、バネッサは話し上手で、人を引き付ける魅力をもつ女性である。 依頼の内容もここでは細かくは言えないが、高ランクの魔物と対峙できる事と、高額な報酬が彼らを巧みに話術で引きつけるキーワードになった事は間違いのない事であろう。
「場所を変えるわ。 二人ともついて来て頂戴」
「わかったわ」
「よし、行こうぜ」
バネッサは昨日渡された地図を頼りに、先ほどの居酒屋から少し離れた宿の前に辿りつく。 宿とはいっても、この町の宿は飲み屋か居酒屋を兼業している所も多く、この宿も例外ではなく一階部分がバーとなっている。
四人が店内に入ると同時に、それを見越していたかのように男が二階から現れ、店主と一言二言を交わすと、四人を二階の一室に案内するのであった。
「よく来たな、歓迎しよう。 まずは楽にしてくれ、と言っても座る所が無いな。 ま、狭いがベッドにでも腰かけてくれ」
決していい宿とは言えない部屋の一角で、備え付けのベッドに四人も腰掛けると、かなりのきしみ音がする。 そして部屋に一つしかない椅子には、この度の依頼主であるダガーが腰掛け、小さなテーブルを間に置くと、待ちかねたかのように話し合いが持たれる事になった。
「まず、ここに四人来たという事は、初顔の二人もこの依頼に承知したという事でいいんだな」
「勿論だ。 ダガーさん」
「敬称は必要ない。 では約束の残り二人分の前払いだ。 中を確認してくれ」
ダガーは、茶色い革袋を懐から取り出すと、ゆっくりと初顔の二人の眼の前に差し出した。 ネイルとカルスは、お互いに顔を見合わせ、一旦《ちゅうちょ》躊躇した様子を見せたのだったが、カルスが先に袋を手に取り二人分の銀貨四十枚が入っている事を確認すると、安心したかのようにネイルにその残りの半分を手渡したのであった。
「出立は三日後の夜明け前になる。 待ち合わせ場所は、チェインの町外れにある運河側の港を使うが、当然行きも帰りも船を使うから、なるたけ軽装で来てくれ」
「軽装とは ?」
「極端な話、プレートメールで川に落ちた日にや、そのままあの世に行って貰うしかないって事さ」
「ま、用意しておくのは構わないが、装着するのは現地に着いて、って事でいいんだな」
「ああ、そういう事だ。 そして場所だが」
ダガーが、《おもむろ》徐に袋から大事そうに取り出したのは、一枚の地図であった。 国の境界を示す腺がある事から、やはり越境して入国するのだと改めて知る事になる。 そしてダガーは、地図を渡す事はできないと言いながらも、離発着の地点と中継ポイント、そして目標のポイントをそれぞれコインで指し示すと、次に日程を説明する。 このたびの遠征は、行きと帰りの往復で四日がかり、そして実際に狩りを行うのに二日を充てるのだと言う。
つまり、依頼の四日間とは別に、狩りにかかる二日間は自由参加という話しだ。 そして、船旅での食事は火が厳禁となる為、基本的には干し肉とパン、ドライフルーツが用意される。 飲み水や酒などは各自持参で、そのほかの嗜好品も自由に持ち込んでいいとの事だ。 またキャンプに際しては、先行組が既に拠点を構えている為、拠点からの移動となるが、野営の装備は各自用意しておかなければならない。
「ここまでで、何か質問は ?」
「船の漕ぎ手は、俺達がやるのか? それから、この依頼に関する規模を聞いても ?」
「規模? ああ、参加人数の事か。 お前達を入れて十五人ってとこだな。 それから、漕ぎ手は不要だ。 船は最新の魔導船だからな」
現在この大陸を見る限り、乗り物や船を動かすのには、生き物の力や魔法に頼っているのが現状である。 動力源としては魔石が使用されるが、駆動部といったエンジンの概念が無い為、魔導具が使われる事になる。 また、幌で風の力で推進力を最大限に引き出す事のできる、簡素なヨット型が一般的である。
水力推進型の船も開発されているが、まだまだ一般的とは言えない。 勿論、小型船などは、現在でも《かい》櫂で船を漕ぐといった方法で推進力を得るが、一部魔法によって動かす試みも行われていた。 しかし、大量の魔力が必要な事と歯車などの細かなカラクリが、不安定な船上ではあまり現実的ではないという結論に達しているらしい。
「魔導船か、なら行きも帰りも楽だな」
「ここまではいいな? それじゃ、当日の段取りと、お前たちの役割を指図する」
ダガーは、自分が同行しない旨を四人に告げると、遠征の段取りを話しだした。 船を操作する必要は無いが、昼夜交代で航行中の見張りを行う事、これは帰りも同様に行う役割となる。 また、ラミア捕獲についてだが、無理をして参加する必要は無いが、四人でラミアの捕獲に成功すれば、約束通り一頭に付き銀貨百枚が、対価として後払いで支払われる事になっている。
「以上が、お前たちの主な役割だ。 事の詳細は、現地で指揮を執っているガイという奴に聞いてくれ。 お前達が出発するまでが俺の役割だから、後で聞きたい事があれば要点をまとめておけよ」
「分かった。 それじゃ三日後」
----
今日は、いよいよ四人が遠征に出かける日だ。 まだ、夜が明ける前に町の出口で待ち合わせた四人は、眠い目をこすり合わせながら、波止場の一角へと辿り着く。
「やあ、皆早いな。 いつもの集合時間も、こうしてきっちりしてくれれば助かるんだが」
『はっ !』
先程まで、眠そうな顔してたどたどしく歩いていた四人だったが、声を掛けてきた人物を見ると、一同驚嘆の様子を隠す事できなかったようだ。
「なぜここに ?」
「リーダー !」
四人が驚くのも無理はない。 《まさ》正しく、つまはじき状態にしてしまったリーダー、ケーヒンがここに居合わせているからに他ならない。
「お前達がどこへ行こうとしているのか、そして何をしようとしているのかすべて承知の上でここに来た。 さあ、依頼主の元へ俺を案内しろ。 確かダガーだったか」
「なぜそれを !?」
誰しもが、それ以上ケーヒンに話しかけるような事が出来なかった。 勿論四人全員、うしろ暗いという事もあったが、それよりも増して信用と信頼のおける唯一の存在であったケーヒンに対して、騙してしまったといった負い目の感情が先立っていたという事だ。
「あんたがダガーだな」
「なぜ、お前がここに居る ?」
「まあその辺の話しは、そこの小屋の中でも聞かせてもらおうか」
ケーヒンが、ダガーを伴って入ったのは、港の見張小屋の一つである。 手下と思われる仲間に声を掛けると、ダガーが部屋の一室を顎でしゃくり、ケーヒンも残りの四人に同室するように促した。
「前もって言っとくが、四人ともキャンセルは出来ねえぞ、ケーヒン」
「そうとも限らんさ。 元々この依頼は、正式な依頼じゃない事は調べ済みだ。 格式の高い制約ならいざ知らず、不正な契約ならどうとでもなる事は当然承知してるだろ」
「ちょっと待ってくれ! 後生だケーヒンさん。 あんた抜きに事を運んだのは俺のせいじゃねえ」
「ま、聞いてくれダガーさん。 俺はこいつらをまとめる『走破の槍』のリーダーだ」
「わかってる、悪かったよ」
「まあ最後まで聞いてくれ。 つまり、俺はこいつらの責任者でもあるんだ。 だからこの依頼に俺も付いて行く事にする」
「えっ!」
「だから、俺も参加すると言っている」
「本当、かっ ?」
「ああ、その代わり、新たな契約を頼む」
「そりぁ、戦力が増える事は構わねえが」
「じゃ、まず報酬だが、一人銀貨三十枚だ。 それから、ラミア捕獲についてだが、一頭につき銀貨二百枚だ」
ケーヒンのまくしたてるような勢いに、ダガーはついたじろいでしまった。
ケーヒンが現れた事で、メンバーの誰もが、依頼不履行といった最悪の展開がよぎったのだが、真逆の展開という事で一同はさぞやホッとした事に違いない。




