6話
翌日、筏流しによって余剰した木こりたちをアシスタントとして迎え入れる。想像していたよりも多くの人が集まってくれた。
シラタマノキの果実やノブドウの摘み取りおよび粉砕、アルコール発酵の状態確認、酢酸発酵の定期的なかき混ぜ作業や状態確認。これらの作業をアシスタントに任せることで、私に時間が生まれるはずだ。
これからやるべきことは大きく分けて二つだ。
一つは量産化することである。現状では、どの薬剤も供給が追い付いていない。喫緊の問題である。まず解決しなければいけないことだろう。
もう一つは新しい薬剤の開発だ。例えば、インフルエンザのようなウイルス性疾患にはアスピリンは使用できない。命に関わる、重い脳障害や肝障害を招く可能性があるからだ。量産化よりは優先度が低いが、並行してやっていく必要がある。
いずれにしても、アシスタントたちの協力が必要不可欠だが、大半の人とはほとんど話したことがない。ここは親交を深めるために、昼食を共にしよう。
私たちは村にある食堂で昼食をとることにした。
この食堂はいわゆる定食屋のようなものだ。ここには、から揚げやとんかつらしき揚げ物、うどんやそばらしき麺類、親子丼や天丼らしき丼ものなどがある。料理名はまったく異なるが、見た目や味は、元の世界のそれらとなんとなく似ている。
調味料も塩、砂糖、酢などが置いてある。これで自由に味変できるところも気に入っている。以前、酢酸発酵のためにもらった食酢はここのものだ。
食堂内を見回す。今は女将さんがいないようだ。
この食堂の女将さんはおしゃべり好きで面倒見がよく、私にもとてもよくしてくれている。なんでも、私がこの村にやってくる少し前に、病気で娘さんを亡くされたそうで、私を本当の娘のように思っているとのことだ。
そんな私もまた、女将さんを母のように慕っていた。娘さんのような被害者を出さないためにも、少しでも多くの病人を救いたい。身が引き締まる思いだ。
しかし、今日はアシスタントたちとの親交を深める場である。女将さんがいたら、彼らとはあまり会話できなかったかもしれない。そう考えると、少しだけほっとした。
昼食を共にしていると、だんだんとそれぞれの特徴が分かってきた。肉体労働が得意な屈強な人、繊細な作業が得意な手先の器用な人、酒豪や逆に下戸な人。
人員を適切に配置しなければ作業効率が悪くなる。例えば、下戸で匂いを嗅いだだけでも気分が悪くなる人に、エタノールや酢酸の製造をさせることはできない。果実採取や粉砕をしてもらおう。
肉体労働が得意な人には、果実の運搬や酢酸のかき混ぜ作業などをお願いし、繊細な作業が得意な人には大きな器具を制作してもらおう。
これでエタノールや酢酸は問題なく量産できるはずだ。アシスタントたちに説明して、あとはすべてを任せる。私は適宜サポートをしてあげればいいだけだ。
エタノールが大量に生産できるようになった私は、次の行動に移す。
以前よりは食糧不足がなくなり、ワインなどのお酒も手に入るようになってきたが、まだまだ高級品である。娯楽の少ないこの世界だ。お酒を飲むことは、重要な娯楽のひとつだろう。
私は蒸留したエタノールを使い、果実酒の製造に取り組むことにした。この果実酒を大量に供給することができれば安価になり、気軽にお酒を楽しむことができる。
しかし、私にはどの木の実が果実酒に向いているかなんてさっぱりわからない。ここは研究の基本、トライアンドエラーで対応だ。
アシスタントたちの邪魔にならないよう、化学の実験室とは別の部屋に果実酒の実験室を設け、ひとりで検討を開始する。どの果実をどのくらいの期間、どの濃度のお酒につけておくのか、砂糖や蜂蜜などの添加物は必要なのか。
シラタマノキやノブドウ、花梨に青梅など生食には向かない果実を手当たり次第に漬け込み、それらを味見していく。
「何をやっているんですか?」
酒の匂いを嗅ぎつけたのか、アルバートが部屋に入って来た。わざわざ別の部屋で検討しているのに……。
何も悪いことをしていないのに、なぜか罪の意識を感じる。
「果実酒をつくろうと思って。今はまだ検討中なんだけどね。とりあえず試作品ができたから味見中」
うん、おいしい。以前にやったポーション作りとは全然違う。あんな生きるか死ぬかの博打は二度とごめんだ。
「俺も味見していいですか? 酒大好きなんで、味にはうるさいですよ」
「別にいいけど……。他の人たちには内緒よ」
アルバートは頷くとその場に座って味見を始める。
「これ、おいしいですね。何ですか?」
「それは梅酒ね。でも生の青梅は食べてはだめよ。最悪の場合、命を落とす可能性があるから」
生の青梅には毒があったはずだ。名前もよく覚えていない化学物質だが、食べてはいけないことは知っている。たしか、その化学物質は体内で分解されシアン化水素(青酸)を発生するはずだ。このシアン化水素は猛毒であり、これをカリウム塩にしたものが青酸カリだ。
私がひとりで始めたその作業は、アルバートが加わり、気が付けば他のアシスタントまで加わっていた。なんでも、美味しそうに味見をしている私を発見して、「ひとりでこっそり酒を飲むのはずるい」とのことである。そういうつもりではなかったのだけれど。
それでも、私ひとりでやるよりは効率が良いし、味の好みも一般化しやすいだろう。仕事が終わった後なら、という条件付きで手伝ってもらうことにした。
果実酒の製造と並行して、私とアルバートは薬剤の量産化も検討していた。とはいっても、酢酸の大量生産が可能となった今、原料の供給にはほとんど問題がなくなっていた。
サリチル酸メチルは、山に大量に生えているシラタマノキの果実から抽出して単離すれば良い。サリチル酸は、サリチル酸メチルを水で分解すればよく、アスピリンはサリチル酸と無水酢酸からできる。
さらに、量産化するための器具もすでにつくってもらっている。
準備は整った。あとは計画を立てて、頭の中でシミュレーションをしよう。集中するため、アルバートには外に出て行ってもらう。
サリチル酸メチルは湿布だけでなくアスピリンの合成原料に使うため、特に大量に必要だ。この単離を容易にするために新たな溶媒が必要である。
よし、まずは酢酸エチルの合成をしよう。
これまでサリチル酸メチルの抽出のために使用していたジエチルエーテルは、沸点が低く、引火しやすい特殊引火物である。以前にこのジエチルエーテルを合成した時にも出火して冷や汗をかいた。これを大量に使用するとなると、爆発火災の危険性が高く、村全体に影響を及ぼすかもしれない。
酢酸エチルはその代替になる溶媒で、酢酸とエタノールから合成できる。これまでは、酢酸が量産できなかったため、酢酸エチルを合成することができなかった。合成自体はジエチルエーテルに比べて容易で量産しやすい。
酢酸エチルを入手した後は、これまでと同様に作業していけばサリチル酸メチルもアスピリンも量産できるはずだ。
これで量産化の目途が立った私は、勢いよく立ち上がる。
「よし、これでいけるはずだ!」
それを聞いたアルバートが慌てて部屋に入ってくる。どうやら私の声が大きかったようだ。
「どうしたんですか。大丈夫ですか?」
ばつが悪くなった私は、視線をそらして答える。
「なんでもない。大丈夫だから。ごめんね」
心配していたアルバートの背中を押して部屋から追い出すと、再び考え出す。
あとは新しい薬剤の開発だが、どうしようか。しばらく頭をひねったが、何もアイディアが浮かばなかった。
いったんお昼食休憩にしよう。気分転換をしたら何かアイディアが浮かぶかもしれない。私は食堂に向かった。
今日は何にしようか。いつも同じだから、たまにはとんかつのようなものにしようかな。そんなことを考えながら、私は店員さんに注文する。
「とんかつ定食をください」
「とんかつ……?」
しまった、つい癖で元の世界の名称で注文してしまう。慌てて注文しなおした。
その様子を見ていた女将さんがクスクスと笑う。
「聖女様、いらっしゃい」
「女将さん、最近はどうですか」
「聖女様のおかげで、最近は食糧不足にも悩まされなくなったよ。この食堂もいつも満席さ。本当にありがとう」
店内を見回すと、たしかに大盛況のようだ。一定の成果が出ているようで安心した。
「いえ、みなさんが毎日頑張って働いてくれているおかげです。私もおいしいご飯が食べられて嬉しいです」
私はこの食堂の常連だ。私がこの世界でなんとかやってこられたのはこの女将さんの存在とここの食事が舌に合っていたからだろう。もしファンタジーの世界に転移し、魔物の肉を食べることになっていたら、私は耐えられなかったかもしれない。
「でもあんま無理すんじゃないよ」
私のことを娘同然に思っている女将さんは、心配そうに私を見つめている。
「ありがとうございます。でもまだやれることがあります。多くの命を救えるようにもう少しだけ頑張ります」
そう言いながら、ヒーローのようなポーズをとり、元気アピールする。そんな私を女将さんは温かい目で見ていた。
女将さんと会話していると料理が運ばれてきた。私は「いただきます」と呟きながら、食事に手を付ける。衣がサクサクして美味しい。肉は歯でスッと噛みきれ、脂身が口の中でとろける。これはいける。あまりのおいしさに箸が止まらなくなり、あっという間に完食した。
美味しかったけれど、まだ足りないと思った私はメニューを見る。ふと目に入ったものは、どら焼きのようなものだった。
「女将さん、これをいただけますか」
「はいよ」
数分後に運ばれてきたそれは見た目がふっくらしている。味はどうだろうか。
ふわふわでおいしい。これで確信できた。
「女将さん、私に重曹を分けてもらえませんか?」
「いいけど、そんなもの何に使うんだい。あんた料理しないだろう」
やはり煮詰まった時には気分転換をするものだ。私にはアイディアが舞い降りてきていた。




