5話
「はぁ……」
何度目になるか、私は深いため息をついた。
私は最近悩んでいた。この村に来てから、消毒剤や農薬、解熱鎮痛剤を合成してきた。その甲斐もあって、この村は少しずつ活気を取り戻し、ひとまずは窮地を脱していた。
たしかに、私が合成した薬剤のおかげで病気は減っている。作物も収穫ができるようになってきた。しかし、私ひとりにできることなんてたかがしれている。圧倒的に時間が足りていないのだ。
そのため、薬剤は必要十分な量を供給できているとは言い難い。昨日も村人たちから薬剤を要求されたが、在庫がなかったため、泣く泣く供給できないことを伝えていた。
そればかりか、時間が足りないせいで、新しいことに何も着手できていない。このままでは、この村のさらなる発展は見込めないだろう。この状況をどうにか打破しなければならない。
憂鬱だ。それでも、今日の分の薬を合成しなければならない。私は研究室に向かった。
私の研究室は村外れにある。私が実験をするために、村の大工にお願いして建ててもらったものだ。ここならば、万が一火災が起きたとしても、村への被害は最小限に抑えられるはずだ。二、三十人は優に入るこの建物を見ると、少し切ない気持ちになってくる。ここには基本的に私ひとりしかいないからだ。
そんなことを思いながら、扉を押して研究室の中に入ろうとすると、後ろから声が聞こえた。
「聖女様、おはようございます」
「おはよう、アルバート。あなたはいつも元気ね」
今日は彼が来る日だったか。いつも元気そうで羨ましい限りだ。
「それだけが取り柄ですから。さて、今日は何をしますか?」
アルバートは、最初のノブドウ採取のときから手伝ってくれているこの村の青年だ。身体が大きく、顔の造形も良いモテそうな男だが、考えていることが表情に出やすいところが玉に瑕だ。
あれ以降も、ときどき力仕事を手伝ってくれている。普段は別の仕事をしているため、その空き時間にしかやってこない。ここに来たのは二週間ぶりだ。
「今日は果実を粉砕してほしいの」
アルバートに果実の粉砕を押し付けて、私は化学合成に集中する。やはり、アルバートがいると実験が捗る。
アルバートを専属のアシスタントにして、力仕事を任せることができれば、私にもっと時間ができるのに。どうにかアシスタントにできないだろうか。
そもそも、彼は何の仕事をしているのだろう。あまり興味がなかったので、聞いたことがなかった。……いや、あったかもしれないが覚えていない。
「アルバート、あなたのお仕事は何だったかしら?」
「俺は木の伐採や運搬なんかをしています」
木こりか。これは説得が難しそうだ。
「それを辞めて、ここで一緒に働く気はないかしら?」
「興味はありますが、木材を山から降ろすのにどうしても人手が必要なんです。みんなに迷惑がかかるんで、今の仕事を辞めることはできません」
この村で木材の確保は重要である。この村の家は木造であり、どの家も倒壊寸前である。新たな家の建築や補修には木材が当然必要だ。また、農具や工具の材料にも使うし、火を起こすための薪としても使える。非常に優秀な資源だ。
その木材を生産する木こりは大切な仕事だ。トラックやチェーンソーのような機械もないこの村では、単純に人数を減らすことは難しいだろう。さて、どうしたものか……。
私は、山から村の近くまで川が流れていることを思い出した。これならなんとかなるかもしれない。
「筏流しをしてみてはどうかしら」
「筏流し? 何ですかそれは」
「山で伐採した木で筏を組んで、川を下るのよ。採掘した鉱物なども一緒に運ぶと効率がいいかもしれないわね。陸路よりも楽になるはずよ」
これで運搬の人手は減らせるし、時間短縮も可能だ。
アルバートは「う~ん」と唸っている。やはり新しいことに挑戦するのは億劫なのだろうか。それでも、やってもらわなければ困る。
「とにかく一度やってみましょうよ。私も手伝うわ。大丈夫、絶対うまくいくから。私にまかせて」
私から矢の催促を受けたアルバートは「……わかりました。やってみましょうか」と、渋々といった様子で頷いた。
翌日、私はアルバートやほかの木こりたちとともに山へ向かった。木こりたちは私を見て不審な表情を浮かべている。
当然だろう。彼らは私のことを“聖女”と認識している。そんな彼らにとって、私の存在はこの場にそぐわないのだろう。
私は早々にその視線に気が付いていたが、特に気にしない。私は私のやるべきことをやるだけだ。
現場に到着するやいなや、木こりたちは木を次々と切り倒していく。それを川近くまで運んでもらうと、私は彼らが伐採した木を紐で縛っていく。できる限り多くの木を使って筏をつくりたいが、川幅を考慮しないといけない。欲張って川に入れることすらできなければ意味がない。
「アルバート、行くわよ」
「はい……」
試作品の筏が完成したので、私とアルバートが筏乗りになり、川を下っていく。しかし、下り始めてすぐに問題が起きた。曲がるときに筏が引っかかってしまったのだ。
私は筏の紐をほどきながらアルバートに言う。
「木の本数を減らして、余裕をもたせないとダメね。やり直しましょう」
「やり直しですか。わかりました」
ここでもトライアンドエラーだ。引っかかっては本数を減らし、転覆しては修正し、をとにかく繰り返していく。
「もう無理ですよ。諦めましょう」
疲れ切った表情を浮かべるアルバートが言った。
まわりの木こりたちも、呆れたような表情で私を見ている。
「大丈夫だから。私にまかせて」
研究者である私は、むしろやる気がみなぎっていた。うまくいかないときこそ研究は楽しい。挑戦し甲斐があって面白い。これも研究者あるあるだろう。
何度目の挑戦だろうか。ついに私たちは川を下りきることに成功した。私は興奮のあまりアルバートに抱き着く。
「ほら、できた。言ったでしょう。諦めなければ、絶対うまくいくのよ」
アルバートは困惑の表情を浮かべながら頷いた。
私たちはすぐに山に登り直し、木こりたちに筏のつくり方と筏乗りのやり方を説明した。これで、私たちがいなくても問題なく筏流しができるはずだ。
筏流しを再開すると、どんどんと筏が川下に流れて行き、あっという間に伐採したすべての木がなくなった。その様子を黙って見ていた木こりの杣頭が腕を組みながら言う。
「これはたしかに楽ですな」
「そうでしょう。明日からこの方法を取り入れてみませんか?」
「おい、野郎ども。明日からこの方法でやるぞ!」
木こりたちは、「おー!」といって右腕を高く上げた。
私は胸の前で拳を握り締めた。これで人手が減らせるはずだ。私は杣頭に尋ねる。
「私のお手伝いをしてくれる人を探しています。筏流しをすれば今より人員が減らせると思うので募集したいんですが、よろしいでしょうか」
「ああ、好きにしな」
よし、許可を得た今が募集するチャンスだ。
「これから薬を量産するために、一緒に働いてくれる人を募集しています。協力していただける方は、明朝に研究室に集合してください。よろしくお願いします」
何人集まってくれるだろうか。明日が楽しみだ。




