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2話

 早朝に目覚めた私は、山を散策しながら考えていた。

 

 まずは私自身のことだ。寝て起きたら、元の世界に戻れるのではないかと期待していたが、今日もこの世界にいる。


 異世界へ転移したいと願った。田舎でまったりとスローライフをおくりたいとも思った。でも、それが現実になるとは思わなかった。


 コンビニもスーパーもない、スマホもネットも使えない。果たしてこんなところで暮らしていけるのだろうか。昨日よりは落ち着いたが、まだ不安しかない。


 それからこの村のことも考える。


 危機に瀕しているのは間違いない。それは理解した。


 二百年に一度、このような危機があるようだが、その度に聖女がこの村を救ってきたらしい。それなら、聖女にすがりたくなる気持ちもわかる。


「聖女……」


 歩き疲れた私は、近くにあった大きな石に腰掛けて、頭をひねる。


 聖女とはなんだ。最もなりたくない役職の一つ、こき使われ、最終的に追放される存在。


 ……いや、違う。聖女とは役職ではない。聖女だから人々を治癒するわけではない。


 この村を豊かにし、人々を治癒し、世界を救った結果、聖女と呼ばれるようになる。つまり聖女とは、奇跡的な業績を残した女性のことである。


 そんなことを考えていると、ふと思い出した。ネット小説では、錬金術を駆使して、薬草からポーションを作製する聖女がいることを。


 もしかしたら私は、希望通りの錬金術師になっているのではないか。そして、私のつくったポーションがこの村を救い、その結果として聖女と呼ばれることになるのではないか。


 これだけ自然豊かな土地だ。薬草など、いくらでもあるだろう。思い立った私は、川に行ってガラス瓶で水を汲み、その辺の草を適当に引きちぎって水の中に入れた。


 あとはここに魔力を流すだけ……。


 あれ、魔力ってどうやって使うのだろう。そもそも、私には魔力があるのだろうか。わからないけど、とりあえずそれっぽいことをしてみよう。


 私は両腕を伸ばし、手のひらをガラス瓶に向けると、体内に流れる魔力をイメージした。そして詠唱だ。


「ポーションよ、できろ!」


 しばらくの間手をかざしていたが、何も起こらない。ガラス瓶の中の水も草も変化した様子はない。


 私は水を舐めた。うん、ただの水だ。


 やはり私にそんな力はなかった。



 私は山の散策を続けていた。

 

 それにしても多様な植物が生えている。私は植物に詳しくないので竹くらいしかわからないが、いろいろな効能を持った植物があるのだろう。それらを見ながら歩き続けていると、あることに気が付く。


 先ほど使った草が薬草ではなかったから、ポーションができなかったのではないか。正しい薬草を使えばまだ可能性はある……かも。


 正直にいえば無理だと思った。私に錬金術師の力がないことは、本能で理解していた。しかし、私は研究者であり、失敗することには慣れている。トライアンドエラーは研究の基本だ。可能性がある限りは続けるべきだ。


 それに、このまま何もしなければ、この村は近いうちに破綻をきたすかもしれない。そうなれば、この村以外に行く当てのない私も、おのずと被害を受けることになる。簡単に諦めるわけにはいかない。ここが踏ん張りどころだ。


 薬草の知識などない私は、目についた草を引っこ抜き、木を削り、木の実をつぶしてポーションの作製に挑戦していった。それを指に取り、舐めて確認する。


 やはり、何度試してもただの水だ。……いや、むしろ気分が悪くなってきた。頭がくらくらする。もしかしたら、毒の成分が水に溶け込んだのかもしれない。


 私はその場で嘔吐した。舐めただけなので、摂取量が少なくて良かった。もし摂取量が多ければ、死んでいたかもしれない。自分の不注意さに呆れる。それでも、この行為は決して無駄ではなかった。


 ある果実を握りつぶしたとき、芳香臭が漂ってきた。特徴的なその香りを私は知っていた。意識が朦朧とする中、私はガッツポーズをした。



 どれくらいここで気を失っていたのだろう。もう体調は大丈夫そうだ。私は、先ほど発見した果実を何個か摘み取り、急いで村へ戻ると、村長の家に勢いよく飛び込んだ。


「村長さん! この実は何でしょうか?」


「それは白玉の木の果実(偽果)です。生食には向かないので、果実酒などに使います」


 シラタマノキ? 聞いたことのない植物だ。そんな植物が元の世界にもあったのだろうか。


 もしかしたら私の勘違いかもしれない。少し不安になり、手の匂いを嗅ぐ。先ほど握りつぶしたときに付着したその芳香臭は、間違いなくサリチル酸メチルのものであった。サリチル酸メチルは鎮痛・消炎作用を持ち、湿布などに使用されている化学物質だ。元の世界では、多くの人間がその香りを知っているだろう。


 すでに脳内にあることが浮かんでいた私は、村長にお願いする。


「布を何枚かいただけないでしょうか?」


「いいですが、そんなもの何に使うのですか?」


 私は質問には答えず、布を受け取ると机の上に広げた。その上でシラタマノキの果実を勢いよく握りつぶし、その果汁を布に染み渡らせるようによく揉みこんでいく。


「腰や肩が痛い方、いらっしゃいませんか?」


 私は村長の家から出ると、村人たちに尋ねた。


 村人たちは、きょとんとした顔で私を見ている。そのうちに初老の男性や高齢の女性など、何人かが手を挙げた。私はその人たちの患部に布を巻きつける。これは湿布代わりだ。


「しばらくの間、このまま布を巻いておいてください。痛みが和らぐはずです」


 これで畑仕事のような肉体労働をしている人たちの疲労を和らげることができるだろう。


 私には薬草自体の知識はない。しかし、現代の科学知識や技術が私にはある。サリチル酸メチルのような化学物質の合成は、薬学博士である私の専門分野だ。


 まだこの状況を受け入れたわけではない。明日になったら、元の世界に戻れるのではないかと思っている。しかし、今のこの人たちには、私以外に頼れる人物がいない。私は彼らが求めているような聖女ではないが、この人たちを救いたい。


「この村のことは私に任せてください。私がなんとかします」


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