21話
シェーナが私のことを犯人呼ばわりしたことで、研究室内がざわついた。村の人たちが私とシェーナに注目している。
私は彼女を正視する。
シェーナは、会社の後輩である椎名さんだった。彼女もこの世界に転移していた。
彼女くらいの秀才であれば、この環境でもアオカビを培養して、ペニシリンを単離することなどわけないということか。私の心の中で嫉妬の炎がめらめらと燃え上がる。
「私が犯人ってどういうことかしら? あれは感染症だったのよ。私が寄生虫やウイルスをばら撒いて、バイオテロをしたとでも言うつもり? そんなことありえないわ!」
シェーナは首を左右に振る。
「そもそも、感染症ではありません。毒殺です。おそらく、被害者の方々は何も知らずに誤飲してしまったのでしょう」
私は憤った。この女は急に何を言い出しているのだろうか。毒殺? 私が殺人犯? とんだ言いがかりだ。今まであれだけ面倒を見てやったというのに。恩を仇で返すとはまさにこのことだ。
私はシェーナにつかみかかる勢いで言う。
「私が殺人犯だっていうの? どういうつもりなの。答えなさいよ!」
私とは対照的に、シェーナは努めて冷静に言う。
「落ち着いてください。わたしはその事件の当事者ではありません。それに、他の方々からはお話を聞きましたが、まだあなたからは何も伺っていません。事件の経緯を確認させてください」
「……何が聞きたいの?」
「まずは、失明者が出たときのことです。どなたが感染症と判断したのでしょうか?」
「私よ。私が感染者の症状を見て判断したの」
「症状とは失明のことですか?」
「そうよ。当り前じゃない」
「なぜ、感染症と判断されたのですか? 失明は他の病気、例えば、緑内障や糖尿病網膜症でも起こりますよね。わたしたちにとっては一番身近なものです」
“わたしたち”は私とシェーナを指している。日本では、緑内障が失明原因の一位だ。でもそれは元の世界の話で、ここではまったく関係ない。
「緑内障はありえないでしょう。一度に複数の人たちが同じ症状を訴えたのよ。感染症を疑うのは当たり前でしょう。それに行商人が言っていたのよ。他の村では感染症が蔓延していて、多くの人が亡くなっているって」
「そうですか。では、オンコセルカ症と判断された理由は何ですか?」
「失明者が多く出たことと、ここのような発展途上地に起こり得る感染症だから。それから、エタノール消毒やマスクの着用が予防にならなかったことも補足的理由ではある。トラコーマや他の感染症の可能性もあったけどね」
「研究室のメンバーで決起集会を開かれたそうですが、なぜですか?」
「新しいプロジェクトを始める前に、決起集会を開くのは当たり前よね。何が問題なの。あなただって参加したことあるでしょう?」
「最後に、薬は短期間で準備されたとお聞きしましたが、間違いありませんか?」
シェーナは私の質問には答えずにそのまま続けた。
「ええ、間違いないわ」
「なるほど……。ありがとうございます。よくわかりました」
シェーナは顎に手を当てて俯いている。何かを考えているようだ。
「わかったなら取り消しなさいよ! 私を殺人犯扱いしたことを今すぐ謝罪しなさい!」
私は床に指を差しながら言うが、私の言葉にシェーナはまったく反応しない。その場を沈黙が支配する。
考えることをやめたシェーナは、手をポンと叩いて「よし」と呟くと、周囲を見渡して言う。
「これから事件の真相についてお話いたします。もし間違っている点があれば、反論していただいても構いません。もちろん、村のみなさんからでも問題ありません。それから、みなさんにとっては衝撃的な内容になるかもしれませんのでご了承ください」
シェーナは大きく深呼吸をしてから私を見つめる。普段の天真爛漫なシェーナからは想像できないほど、その表情は氷のように冷たい。
「わたしが最初に違和感を覚えたのは、村長さんとお話してすぐ、感染症のことを聞いたときです」
「違和感?」
私は繰り返す。一体何があったというのだろう。
「たしかにあなたの言う通り、オンコセルカ症やトラコーマに感染した場合、視力障害、重篤であれば失明する可能性があります。そしてその発症は、ほとんどがアフリカ大陸などの発展途上国で起こっています」
「だから、そう言っているでしょう」
「ですが、死亡する可能性はほとんどありません。短期間で十名以上が死亡するようなことは、絶対にあり得ません」
シェーナの言葉に周囲がざわつく。
私はその様子を見て反論する。
「そのときのことをあなたは見ていないでしょう? 間違いなくあれは感染症よ。私が薬を合成して感染を防いだの」
「それでは、どのような薬をどのように合成したのか、説明していただけますか?」
「それは……」
私は言いよどんだ。
「次に感じた違和感がそれでした。本当に短期間で薬をつくることができたのだろうか、と……。ただその時点では、この世界の科学技術レベルが分かりませんでしたから、違和感というよりは本当に小さな引っかかりでしたけど」
そう言いながら、シェーナは右手の親指と人差し指を近づけてわずかな隙間をつくった。
「例えば、オンコセルカ症の場合は、イベルメクチンが特効薬として使われています。これは量産化されていて、原料と知識さえあれば合成も可能です」
「だから、私はそれを合成して……」
反論しようとした私をシェーナが遮る。
「わたしはこの数か月の間、あなたの研究をこの目で見させていただきました。残念ながら、あなたには天然物や鉱物の知識がありません。原料や触媒の入手はできなかったでしょう。実際に、新しい化学物質の抽出や合成に苦労されていました。それに、先ほどあなたは『短期間で準備した』ことに同意されましたよね。イベルメクチンはそんなに単純な構造ではありませんから、全合成には時間がかかるでしょう。そこから結論付けられることは、この環境で、あなたがイベルメクチンを合成することは不可能だ、ということです」
「待って。オンコセルカ症ではなくトラコーマだったかも。ごめんなさい。ずいぶんと前のことだから記憶があいまいで」
「トラコーマのテトラサイクリン系もマクロライド系も一緒です。あなたの力では、合成できるはずがありません。この時点でわたしは、感染症ではなく、毒殺を疑いました。あなたは先ほど、『一度に複数の人たちが同じ症状を訴えた』から感染症と仰いましたが、それは中毒にも言えることです」
「まだ別の感染症の可能性もあるよね? 毒殺と決めつけるのは早いわ」
私はなんとか反論する。このままでは殺人犯にされてしまう。
「緑膿菌とか天然痘は、失明だけでなく命にかかわる感染症のはずよ」
「緑膿菌は、健常者であればほとんど感染しません。これだけ短期間に、若く健康的な方々が感染するとは考えられません」
シェーナは私の必死の反論に対し、何も感じていないように否定する。
「天然痘も失明を起こし、重篤な場合には死に至りますが、高熱や発疹などの症状も現れます。でもそういった症状は見られなかったと聞いています。そもそも、天然痘には特効薬がありません」
「それなら他の感染症……、きっと未知の感染症なのよ。ここは発展途上の地。どんな感染症が発症するかわからないでしょう? あなたにもその感染症のことはわからないはずよ」
「あなたは薬を合成したと言っていましたよね。未知の感染症の薬をどうやって合成したのか、教えていただけますか?」
あまりにも正鵠を得た反論に私はたじろいだ。
「それに、今回の炭疽の件ではっきりしました。あなたには、感染症の知識もその治療薬の知識もないことが。これであなたが犯人であると確信できました」
付け足すように、シェーナが周囲を見て言う。
「ちなみに、今回の炭疽の感染は彼女のせいではありません。彼女が購入したヒツジが原因ではあると思いますが、炭疽に感染したのは偶然でしょう。もし、最初から炭疽に感染していたのであれば、この村に来る前にヒツジたちは死んでいたはずですから」
研究室内が静まり返る。それを破るように、アルバートが言う。
「待ってください! あのとき聖女様は、俺の目の前で薬をつくっていました。間違いないです。それをみんなも飲んだはずだ!」
アルバートが周囲に同意を求めると、みんなが肯定するように頷く。
アルバートは続けて言う。
「そして実際に失明者も死亡者も出なくなった。これをどう説明するんですか?」
援護を受けた私は、その勢いのまま言う。
「その通りよ。私は薬をつくった。これは紛れもない事実」
「ここにあなたの言う薬があります」
私のつくった薬がシェーナの手の中にある。研究室で保管していたものだ。いつの間に持ち出したのだろう。
「これはオブラートのようなものですね。食堂に片栗粉がありましたから、それを水に溶かして薄く焼いたのでしょうか」
シェーナはオブラートを破り、中の結晶を少量手に取ると、口に含んだ。
「これって、ただの塩ですよね?」
私は唇を噛んだ。
シェーナは「塩化ナトリウムも医薬品ではあるか」と呟くと話を続ける。
「あなたはただの塩であることを隠すために、オブラートに包んでみなさんに渡したのでしょう。そのまま塩の結晶だけを渡したら味でばれてしまいますから」
シェーナはアルバートの方を向いて尋ねる。
「アルバートさん。あなたは指示を受けて、食堂で片栗粉と食塩をもらった。女将さんからはそう証言をいただいています。間違いありませんか?」
アルバートはうつむき、か細い声で「はい」と答えた。
シェーナは私に向き直る。
「この世界の方々は、“化学”のことをよく知りません。あなたがアルバートさんを騙すのは簡単なことだったでしょう。それまでは実際にアスピリンなどを合成していたようですから信頼もされていた。でも、あなたはその信頼を裏切ったんです」
このまま言い逃れを続けるべきか否か。私は周りを見渡した。アルバートは視線をそらし、村の人たちは私に疑いの目を向けている。
いったん深呼吸をして心を落ち着かせる。
「たしかにあなたの言う通りよ。あれは感染症ではなく、それも感染症の薬ではありません。あれは精神疾患だったのよ。みなさんは精神的ストレスがたまっていたのでしょう。仕方がないわ。飢饉や感染症の恐怖が、いつもそこにあるのだから」
私は村の人たちを見て同情するように言った。
「精神疾患……。心因性視覚障害ですか?」
「そう、それよ。それを克服するためには、プラシーボ効果による治療が効果的であると判断したの。だから、ただの塩を薬といって渡した。それで不安や恐怖が軽減して、精神的に安定したから、それ以上の被害者が出なかった。間違いないわ!」
自分でも支離滅裂なことを言っている自覚はある。それでも反論し続けなければならない。このままでは殺人犯にされてしまう。そんなことは認められない。
「だいたい、私のことを殺人犯扱いしているようだけど、証拠はあるのかしら?」。
そうだ。証拠なんてなにもない。ここで弱気になってはいけない。
「たしかに、私が挙げた感染症ではなかったかもしれない。それも感染症の薬ではないのかもしれない。その事実は状況証拠になるかもしれない。でもそれらは、私がこの村の方々に毒を盛った証拠にはならないはずよ」
私の話に納得しているのか、村人たちが頷いている。私は畳みかける。
「だいたい、どうやってそんなに大勢の人に毒を飲ませたというの? どうやってそれだけの量の毒を入手したというの? 硫化水素のような毒ガスを使えば、大勢の人を毒殺できるかもしれない。でもそれだったら、もっと多くの人がめまいや吐き気のような軽微な症状を訴えているはずよ。大勢の人に影響は与えるけど、それを制御する。そんなことできるはずないじゃない!」
シェーナは何も言わなかった。アルバートも村の人たちも。沈黙が続く。
どれくらいたっただろうか。シェーナが口を開く。
「ところで、あなたは果実酒を酒場に卸していますよね」
「急に何? 話を逸らさないで。私の質問に答えなさいよ!」
「あるじゃないですか。今回の症状を引き起こし、お酒に入れてもわからない毒が」
「果実酒……。まさか梅ですか?」
アルバートが言った。生の梅には毒があることを覚えていたようだ。しかし、その考えは最初から破綻している。
これには私よりも先にシェーナが答えた。
「生の青梅にはアミグダリンというシアン化合物が含まれていますが微量です。それに、梅酒をつくる過程で分解して無毒化されますから、それが原因ではないでしょう」
その通りだ。だいたい、アルバートは梅酒を美味しそうにがぶがぶと飲んでいたはずだ。何も症状が出ていないのはおかしいだろう。
でもアルバートのおかげで活路が見いだせた。この機を逃す手はない。
「やっぱり毒なんて入ってなかったのよ。いえ、仮に入っていたとしても、同じように分解して無毒化されていたはずよ」
ヘビの毒やサソリの毒もエタノールに漬け込むと無毒化される。決して珍しいことではない。シェーナもそれを知っているはずだ。
「それとも、無毒化されない毒がここにあるとでも言うつもりかしら?」
「はい、そこに」
シェーナは、ある保存瓶を指し示すと、その前に移動する。それにつられて全員の視線もその保存瓶へ移る。
「この研究室では合成したすべての化学物質を保管している、そうでしたよね?」
「ええ」
「それでは、サリチル酸を合成するときに副生するメタノールも保管していますね?」
「保管しているわ。当然でしょう。それが何?」
「あなたは、ここで製造している果実酒に、このメタノールを混ぜたのではないですか?」
シェーナはメタノールの入った小瓶を手に取り、軽く振る。
「メタノールはアルコールの一種でエタノールの仲間です。でも似て非なるもので、これは毒なんです。少量飲むだけで失明する可能性があり、最悪の場合には死に至る。もちろん分解して無毒化なんてされません。わたしたちの世界でも、よく問題になっていましたよね」
シェーナは同意を求めるようにこちらに視線を向けたが、私は目をそらした。
「これが他の化学物質なら、匂いや味で気が付いたかもしれません。でもメタノールとエタノールは匂いや味、見た目で区別することがかなり難しいのです。それに、メタノール中毒の初期症状は一般的なアルコール中毒に似ているので、誤飲しても気付くことはできないでしょう」
シェーナは持っていた小瓶を周囲の人たちに渡して匂いを確認させる。匂いを嗅いだ村人たちは「たしかに違いが分からん」と言う。
「私がそれを果実酒に入れた根拠でもあるのかしら」
「失明した方々に聞き取り調査をしたところ、全員が、酒場でお酒を飲んだ後に失明していることがわかりました。それも特定のお酒です」
「特定の酒? なんですかそれは?」
アルバートが言う。
「ある期間中に、ノブドウ酒を飲んだ方々にだけ被害が出ています。そしてあなたは、あるときから一切ノブドウ酒を飲まなくなったそうですね。酒場のマスターさんが教えてくれました」
「それはノブドウ酒が飲めないからよ」
「ノブドウ酒の製造をしたのはあなたですよね。そのとき、おいしそうに味見をしていたと聞いています」
「飲めるけど本当は苦手なの!」
私は声を荒らげた。シェーナは意に介せず続ける。
「先ほど、『決起集会を行うのは当たり前だ』と仰っていました。果たして本当にそうでしょうか。その時点で、すでに多くの被害が出ていたはずです。そんな余裕はあったのでしょうか?」
シェーナは、周囲にいる村の人たちに問いかけるように言った。
「その時に酒場に行ったのは、ノブドウ酒の在庫を確かめるためではないでしょうか。発症した人数のペースから考えると、そろそろ飲み切るころだと予想した。でもまだ残っていた。だからあなたはノブドウ酒を飲めなかった。それ以降も、万が一の混入を考えて飲むのをやめた。洗浄しているとはいえ、樽を使い回しているでしょうから、心理的に受け付けなかったのでしょう」
私は、はやる気持ちを抑えて黙って聞いていた。
「それと、先ほどのアルバートさんの質問ですが、失明者や死亡者が出なくなった理由は単純です。メタノール入りのノブドウ酒を飲み切ったからです。それ以降、メタノールを混入させなければいいだけですからね」
「黙って聞いていれば、いい気になって。いい加減なことばかり言わないで! 今の話はすべて、状況証拠とあなたの妄想で都合よくつくりあげたものじゃない。確実な証拠は何もない。シェーナ、あなたは私を殺人犯にしたいようだけどそうはいかないわ。これは冤罪よ!」
私は派手に立ち回る。そう。これは最初から私の勝ち戦なのよ。証拠なんてもうどこにもないのだから。
「では、これを飲んでいただけますか?」
シェーナが瓶を差し出した。中には琥珀色の液体が入っている。
「何それ? 何なのよ!」
「マスターさんに確認しました。納品されたお酒はすべて、お店に出す前に少しだけとって保管しておくそうです。あとで問題が起こったときの証拠になりますから。もしこれが普通のノブドウ酒ならこの場で飲んで証明してください」
そういうとシェーナはコップに酒を注ぎ、私に差し出してきた。
「本当にこれはそのときのノブドウ酒なの……?」
「飲めばすべてがわかります」
コップに口をつける。そんな話は聞いたことがない。これはハッタリだ。飲めるはずだ。でも、もしかしたらこの女が混入させているかもしれない。異常を感じたらすぐ吐き出せば大丈夫か。いや、毒にも精通していたから……。私は逡巡していた。
シェーナの表情からは何も読み取ることができない。
周りの人たちは、息をひそめてその様子を窺っている。
そして、私は飲まずにコップを落とした。コップの割れる音が静寂を破る。
ふざけるな。こんなもの飲めるはずがない。
私はシェーナを睨みつける。
「ごめんなさい。うそです」
シェーナは舌をペロッと出した。
「もうその時のお酒は残っていませんでした。ただのハッタリです」
シェーナは、「多分、気づいていましたよね?」と付け加える。私は何も言わず彼女を見つめる。
「でも、その反応が何よりの証拠ですよね。本当に何もやっていないのであれば、いくら苦手だったとしても、飲んでいるはずですから」
私は大きく息を吐いた。ここまでか。
私は観念して、両手を上げた。
「たしかに、私はメタノールをノブドウ酒に混入させた。それは認める」
私の自白に、周囲がざわめく。
メタノールを酒に混入する事件は世界中で起こっている。メタノールが代謝されて生成するギ酸が視神経に影響を与えて失明を引き起こすのだ。日本では”目散るアルコール”とも表現される。
私は同情を誘うように涙を流すと、少し声のトーンを落として言う。
「でも、殺すつもりはなかったの。信じて。だって少量しか加えていないもの。普通であれば失明するだけのはずだった」
でもノブドウ酒を大量に飲んだから死んだ。だからその人たちの自業自得だ。
そうだ。私は悪くない。悪いのはあいつらだ。あいつらが勝手に死んだんだ。それを殺人と言われるのは心外である。ただの過失致死だ。
私のおかげで、どれだけの命が救われたと思っている。私がいなければ、その前に餓死や病死でもっと多くの被害が出て、廃村になっていたはずだ。その証拠に近くの村は廃村になっているじゃないか。
数百人の命を救ったこの私が、過失で十人程度を死に追いやっただけで殺人犯? 何て言い草だ。
「私はこの世界を救いたかっただけなの。ただそれだけだった。でも、ここでできることなんてたかがしれている。薬なんて簡単に合成することはできない。それなのにみんなは私の苦労も知らず、文句ばかり言ってきた」
実際にこの村は大きく発展してきたはずだ。でも、できることはほとんどやり尽くしてしまった。もうつくれるものは何もなかった。それなのに文句を言われ続ける。肉体的にも精神的にも疲弊しきっていた。私はただスローライフを楽しみたかっただけなのに。
もしあのまま何もしなければ、私が受ける被害はもっと大きくなっていただろう。
でもその時に、私は思い出してしまったのだ。
何かを“つくる”ことは何かを“こわす”ことと同義であることを。つくることができないなら壊せばいい。壊れたらそれを直せばいいだけだ。
「だからやったのよ。文句を言ってくる人は、お酒を飲む人が多かったからね。でも、ちょっとしたイタズラ心だったの。まさかあんなことになるなんて……」
だから果実酒にメタノールを混入させてこの村を壊した。私に都合のいい環境をつくることができた。あとは、普通の果実酒に戻すだけでいい。たったそれだけで、私が文句を言われることはなくなり、村中から称賛され、崇められた。これが何よりの証拠だ。私は何も間違っていない。私は彼らを、この村を救ったんだ。
あれは私が主役で居続けるために必要な犠牲だったのよ。
私のしおらしい姿を見て、村人たちは戸惑っているようだ。当然だろう。彼らは少なからず負い目を感じているはずだ。問題は……。
「月見里さん」
黙って聞いていたシェーナが急に私のことを本名で呼ぶ。
「わたしは、あなたのことを尊敬していました。いつも必死で、誰かのために行動していて。『多くの人を病気から救いたい』って口癖のように言っていましたよね。そんな姿に憧れていたんです」
空気が静まり返る。
「あるとき急に失踪したって聞いて、わたしはショックでした。もしかしたら自分で……って考えると……。あの時の月見里さんは精神的に参ってそうでしたから……」
鼻をすする音が聞こえる。
「でも、わたしがここに転移してきて、ここで再会できて、本当に嬉しかったんです。それに、あなたは誰よりも優しく、親切にしてくれました。だから、あなたが怪しいと思っていても、そんなはずないと調査し続けました。本当に感染症だったらいいのにって何度も思いました。でも調査すればするほど、あなたしかいないと確定していって……」
私は黙って聞き続ける。
「本当に残念です。でも……」
シェーナが唇をぐっと噛み締める。
「あなたに、聖女を名乗る資格はありません。ただのマッドサイエンティストであり、殺人鬼です。私はあなたを絶対に許しません」
シェーナ、いや、椎名が目を真っ赤に染めて、私に指を差してきた。
それが合図となり、場が荒れた。村の人たちが「ニセ聖女」、「嘘つき」などと罵倒し、私を取り囲む。
「ふふふ」
この人たちは一体何を言っているのだろうか。思わず笑いがこみあげてくる。
「だから最初から言っているじゃないですか。私は聖女ではないと」
補足です。
事件当時、シェーナはこの世界におらず、事件の真相を私と一緒に追ったわけでもありません。
したがって、私(読者)視点とシェーナ視点では当然持っている情報が異なります。シェーナは自身が得た情報を頼りに推理しているはずで、初めて出る情報もあると思います。
例えば、シェーナはオンコセルカ症を知識で嘘と見抜きましたが、読者の方々はおそらくその症状を知らないと思います。日本ではなじみのない感染症ですから。
しかし、これまでの文章からそれが嘘であると推理することは可能です。つまり、シェーナとは別の方法でオンコセルカ症ではないと結論付けることができます。
読者のみなさまもご自身なりの推理をしていただけますと幸いです。




