17話
「みなさん、明日からよろしくお願いします」
私はグラスを片手に乾杯の挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「頑張ります」
「絶対治しましょうね」
アシスタントたちがお酒を飲みながら口々にする。士気は高そうだ。
あのあとすぐに集まり、酒場に繰り出した私たちは、決起集会を開いていた。明日からは忙しくなるかもしれない。これで結束力が高まってくれればいいと思う。
しかし、私の右隣にいるアルバートは不服そうだ。
「こんなことしていていいんですかね。早く問題を解決した方がいいんじゃないですか?」
「焦りは禁物よ。こういうときだからこそ、意思疎通を図る場が必要なのよ」
「はあ、そういうものなんですか」
渋々といった表情だが、いちおう納得してくれたようだ。
「ところでアルバート、あなたは何を飲んでいるのかしら?」
彼がいつも飲んでいるお酒を知っているが、話題を変えるために確認した。
「俺は梅酒です。これが一番好きなんですよね」
「そう、それはよかったわ」
「聖女様は何を飲んでいるんですか?」
「私はこれで乾杯」
私はワインが入ったグラスを掲げた。それを見た左隣のアシスタントが話しかけてくる。
「聖女しゃまは果実酒を飲まにゃいんれすか~?」
彼はノブドウ酒を飲んでいるようだ。お酒に強くないのかもしれない。すでに顔が真っ赤で呂律も回っていない。これ以上飲むのを止めたかったが、楽しそうに飲む姿を見て躊躇う。これはもう手遅れかもしれない。
「それは飲めないの」
「そうなんれすか。こ~んなに美味しいのにもったいにゃい」
彼はそう言うとノブドウ酒を飲み干した。
「それもいいけど、他のお酒も飲んでみたらどうかしら」
彼にはいつも、肉体労働を手伝ってもらっていた。日頃の労いの意も込めてワインをお酌する。ワインの方がアルコール度数は低いはずだ。
私は周りの様子を窺った。果実酒を飲んでいる者もいれば別のお酒を飲んでいる者もいる。いずれにせよ、まだ夕方であるというのに酒に酔い、陽気な彼らを私は温かい目で見ていた。
「あなたたち。あまり飲みすぎないようにね」
アシスタントたちは「わかってま~す」と言いながら、飲み続けていた。
まだ少し早かったかな。明日は大丈夫かしら。
その翌早朝、私が研究室で寝ているとアルバートが血相を変えて入ってきた。
「聖女様、大変です!」
「どうしたの、アルバート。こんな朝早くに……」
寝ぼけ眼のまま返事をする。ここのところ徹夜続きで、久しぶりに寝ることができた私は、アルバートに起こされて少し機嫌が悪い。
「昨日一緒に飲んだ仲間の中からも、失明者が出ました」
「そう……」
私は何と言えばいいかわからなかった。こんなことになってしまった原因が、間違いなく私にもあるからだ。
でも気を落としてはいられない。急いで作業に取り掛かろう。やることはすでに決まっている。これもトライアンドエラーが必要かもしれない。
私は気合を入れるために頬を両手で叩くと、アルバートに指示を出す。
「原料が食堂にあるはずだからすぐにとってきて」
アルバートが部屋を飛び出していくのを見送ると、私は準備をしてアシスタントたちを集めた。
「持ってきました。これでいいですか?」
「ありがとう。それで大丈夫」
私はそれらをアルバートから受け取ると、すぐに粉末を溶媒に溶解させて、かき混ぜたあとに加熱した。これを冷却した後にこの結晶を加えたらできるはずだ。いつも通り、結晶の量や加熱時間などをトライアンドエラーで検証して、薬を完成させた。
まずは私が毒見を兼ねてこの薬を飲む。細心の注意を払ったつもりではいるが、経口投与するものだ。変なものを他の人たちに飲ますわけにはいかない。
……うん、特に問題なさそうだ。
私はアルバートやアシスタントたちに薬を手渡し、飲むように促す。
「あなたたちもこれをすぐに飲んで」
アルバートは「わかりました」と言うと、薬を口に含み、水で流し込む。
「大丈夫だった? 何か変なところはない? 身体に異常ない?」
「大丈夫ですよ。特に異常ありません」
他のアシスタントたちも大丈夫そうだ。これを村の人たちに配っても問題ないはずだ。
「これを急いで村の人たちに配るよ」
「わかりました。行きましょう」
私たちは手分けして、用意した薬と水を村の人たちに渡す。
「これを飲んでください」
「この包みはなんですか?」
村人はその包みを見て、不思議な顔をした。
「これはオブラートといいます。私が居た世界では、苦みのある薬などを飲みやすくするために使用されていました。これに包むことで、味がわからないまま摂取することができるんです」
「これを飲めば病気にならないんですか?」
「大丈夫です。もうこれ以上失明する人はいないはずです」
私の判断が正しければ、おそらくは大丈夫なはずだ。でも、もし間違っていたら……。いや、違う病気であるはずがない。あとは自分を信じるしかない。
配り終えた私は、失明したアシスタントの家を訪れていた。
「何と言ったらいいか……。本当にごめんなさい」
私は平身低頭して謝罪する。
当然、彼にその姿は見えていない。
「聖女様のせいではありませんから。だからそれ以上は。もう謝らないでください」
そう言われても私はやめなかった。私に責任がある以上、その責任から逃げるわけにはいかなかった。
「いいえ、あなたに被害が及んだのは私の責任です。私が至らなかったばかりにこんなことに……」
静寂に包まれる。それを破るように彼は言う。
「俺の目はもう治らないんですよね?」
「残念だけど……」
この村どころか、元の世界でも失明を治すことは困難だ。私もできることなら治してあげたいと思う。それでも、どうにもならないことはある。それを受け入れるしかないのだ。
「そうですか。でも、俺は大丈夫です。生きていれば何とかなりますよね」
悲壮感漂う彼の姿を見て、私は声が出なかった。
あれから一か月が経過した。その間、被害者は出ていない。この件は完全に終息したといっていいだろう。
しかし、村人たちの顔はどこか晴れない。それが被害の大きさを物語っていた。私のアシスタントからも失明者が出ている。そう簡単に吹っ切れるものではないかもしれない。
それでも、このまま引きずり続けることが彼のためになるわけではないだろう。私は前を向いていかなければならない。それが彼に対するせめてもの償いだ。
「聖女様、ありがとうございました。あなたのおかげでまたこの村は救われました。なんとお礼をしたらいいのか」
村長が慇懃に言って、私の手を取る。
「私は聖女なんかではありません」
私は俯き、震えながら否定した。
「私が不甲斐ないばかりに、こんなにも多くの死者を出してしまいました。私が間接的に殺したようなものです。ですが、今後このようなことが二度と起こらないようにしたいと思います。皆さん、どうかご協力お願いします」
私は気を引き締めた。




