14話
数か月後に私の家が完成した。地盤沈下や雨漏りの対策が成功しているかどうか、すぐにはわからないが、多分大丈夫だろう。
私は完成した家の周囲を確認する。何かが足りない気がする。何だろうか。
家はきれいに建築されている。焼杉を外面に使用しているため、以前の家と比べて渋くて高級感のある良い家だ。でもそのせいで華やかさに欠ける気がする。
次はガーデニングをしよう。私の家の周りだけでなく、村中に花を植えれば華やかさが増すだろう。
さて、どうやって花を手に入れればいいのだろうか。お花屋さんなんてここにはない。アルバートに聞いてみようか。
「お花が欲しいんだけど、どこに売っているの? 行商人が来た時にお願いすればいいの?」
アルバートを見ると、まるで宇宙人を見ているような顔をしている。何か変なことでも言ったのだろうか。
「花なんて山に行けばいくらでも生えていますよ。わざわざ行商人から買うなんて馬鹿げています」
そういえばそうだ。元の世界では、山から無許可で山野草を採ることは、法律で禁止されている。しかし、ここにはそんな法律はない。そもそも、これまでに散々果実や草を摘み取っている。若干恥ずかしくなった私は目を背ける。
「ありがとう。そうよね。ちょっと山に行ってくるね」
私は山に行くと、辺りを見渡した。色とりどりの山野草が生えている。これなら、村を華やかにするのに十分だろう。種類はまったくわからないが、日陰を好むものと日向を好むものどちらもあるはずだ。生えているところを覚えておこう。
花を摘んでいるとあることが気になった。
この中にトリカブトなどの有毒植物はないだろうか。トリカブトも観賞用に人気がある花のはずだ。おそらく鮮やかな色の花を咲かせるのだろう。
しかし、トリカブトは猛毒だ。村の人たちが誤食してしまうかもしれない。最悪の場合、集団食中毒を引き起こし、多くの方が命を落とすだろう。
既に摘んだ花をみても、どれが有毒植物かなんて私にはわからない。有毒植物を採らないことはガーデニングを諦めることである。その選択はしたくない。
私は頭を悩ませた。村の人たちは私よりも植物に詳しい。トリカブトに毒があることを知っているはずだ。食べないように念押しすれば大丈夫だろう。このまま続けよう。
山野草摘みを続けた私は、最後に松葉を採取して村へ戻った。
採ってきた山野草はまず私の家の周りに植えていく。その次は門だ。門は外部の人を歓迎する意味も込めて、できる限り華やかにする。村の中には、日陰に生えていたものは日陰に、日向のものは日向に植えていく。
村の中心地にも花を植える。やはり中心地が色鮮やかになると村全体の見栄えが途端に良くなる。それなのに、何か物足りなく感じる。だんだんと噴水も欲しくなってきた。
さすがにやりすぎかな。でも欲しいな。そんな思いが逡巡する。しかし、思いついてしまった以上、やらずにはいられない。私は研究室へ戻るとアルバートを捕まえる。
「アルバート、また竹の加工をしてほしいの。温泉の時と同じようなものでいいわ」
「いいですよ。今度は何するんですか?」
さすがに慣れたのだろう。二つ返事だ。
「村の中心に噴水をつくりましょう」
「ふんすいって何ですか?」
「下から水が噴き出す装置のこと。村の景観も良くなるし、癒しの効果もあるから。この村には絶対に必要なものなのよ」
本当に必要かはわからない。私利私欲のためと言われたらそうだろう。しかし、村の景観が良くなり、リラックス効果があるのは間違いない。娯楽の少ないこの村では、温泉に続く人気スポットになるかもしれない。
「これから山に行ってきます。前と同じでいいんですよね」
「ありがとう。よろしくね」
アルバートを見送ると、次は採掘工のところにお願いしに行く。
「村の中心地に穴を掘っていただけませんか。前の温泉と同じようにです」
「また何か面白いことを考えているんですか?」
温泉の恩恵を一番受けている採掘工は、何かを期待しているようだ。しかし、噴水は彼らに何の得もないだろう。余計なことは言わないほうがいい。
「どうかしら。喜んでくれるとは思っているのだけれど。あと岩も加工してほしいの」
池の水をせき止めるための岩も加工してもらう。
「わかりました。すぐにやりますよ」
それぞれの準備ができたら、あとは山池と村の池を竹の配管でつなぐだけだ。高低差を利用した逆サイフォンの原理で噴水になるだろう。池には排水溝をつくり、そこから配管を通して川へ排水する。これで水が川から山池、噴水を通って川へ戻るため環境への影響は少なくすむだろう。
「まずは排水側からつくっていきましょう。その後に、噴水から山池に向かって配管をつなげていき、最後に、山池と接続します。山池と最初につないでしまうと水が流れてきて、大変なことになりますからご注意ください」
私の指示に従い、作業員たちが次々と作業をしていく。この作業はすべて丸投げだ。私にできることは何もない。せいぜい指示と監視役くらいだ。
私にはその間にやるべきことがある。山野草摘みの時に採ってきた松葉を水で洗い、これを水とともにガラス瓶に入れる。
この後はもちろん、魔力を込めてポーションをつくる……。
わけではない。ここに砂糖を入れてフタを軽く閉める。これを日中は日の当たるところに放置して、定期的に様子を確認すれば問題ないはずだ。
作業は順調に進んで噴水の作業も佳境を迎えた。いよいよ山池と接続する時が来た。この村にトランシーバーがあれば、村で待っていることもできたのだろうが、あいにくとそんなものはない。山で作業を見るか、村で水が噴き出す瞬間を見るか。
散々迷ったが、私が巻き込んだ以上、現場作業を見るべきだろう。
「聖女様、繋ぎますよ」
配管を手にしたアルバートが言う。
「ええ。お願い」
接続すると山池の水が流れていく音が聞こえる。配管から漏れている様子もない。しかし、噴水が成功しているかどうかはここからではわからない。急いで村まで下りて行った。
村に近づくと歓声が聞こえてきた。それを聞いた私たちは確信した。腕を挙げ、アルバートと手のひらを合わせる。
これで噴水の完成だ。
私も最後の仕上げが残っている。前に松葉を漬けておいたガラス瓶のフタを開けるとプシュッと聞こえた。これは松葉サイダーだ。松葉についている酵母が砂糖を発酵して二酸化炭素を発生させる。それが水に溶けこむことで炭酸になる自然のサイダーだ。
以前から炭酸水をつくりたいと考えていたが、今の科学技術ではつくることができず、断念していた。山へ行ったときに松を発見して松葉サイダーのことを思い出していたのだ。
噴水をつくってくれた作業員たちに感謝の意を込めて松葉サイダーをふるまう。初めて飲む炭酸に驚いているようだが、だんだんと慣れてきたようだ。おかわりする人もいる。喜んでくれたようで何よりだ。
この松葉サイダーならある程度の量産は可能だ。若干アルコールを含むが、水とお茶しか飲み物がない子供たちもきっと喜んでくれるだろう。
何よりも、松葉には様々な効能があったはずだ。正確な効能はよくわからないが健康にもいいだろう。そういう意味で言えば、これはポーションのようなものといえるかもしれない。
私たちが噴水の前で松葉サイダーを飲んでいると、行商人がやってきた。私が転移してから初めてのことだ。ほとんど来ないとは聞いていたが、ここまで来ないとは思わなかった。
私が行商人に近づくと、唖然とした表情の行商人が声をかけてくる。
「久しぶりに来たんですけど……。この村ってこんなに栄えていましたか? もっと寂れた印象だったんですが」
「あなたのおっしゃる通り、以前は寂れた村でした。ですが、村のみなさんの頑張りでここまで発展したんですよ」
「それならそうと早くいってくださいよ。こんなへんぴな村、あまり来る意味がなかったんで。今後はもっとここに来ますよ」
笑いながら失礼なことを言う行商人に、私は苦笑いする。
「もしよければこれをどうぞ」
私は松葉サイダーを行商人に渡す。
せっかくの機会だ。すこしでもこの村に興味を持ってもらったほうが今後やりやすいだろう。
「うわっ、何ですかこれ? 不思議な飲み物ですね」
行商人が知らないなら、他の村にも炭酸飲料はないのだろう。もしかしたら、これはこの村の名産になるかもしれない。
「それはこの村の名産品です。ぜひ、お持ちください」
「ありがとうございます。大きな街でも見たことない飲み物ですから、取引にも使えると思いますよ」
私はこの村以外のことを何も知らない。行商人なら、他の村のことも詳しく知っているだろう。この機を逃す手はない。
「私はこの村から出たことがないので、外部のことを何も知りません。興味があるので、他の街や村のお話を聞かせていただけませんか?」
「他の村? なにが聞きたいんですか?」
「この村では以前、災害や害虫の影響で不作になり、飢饉に苦しんでいました。他の村では問題がなかったのでしょうか?」
「ああ、他のところでも飢饉が起こっていましたね。いまだに苦しんでいるところも多いようですよ」
「感染症はどうですか?」
「村によっては感染症と思われる病気も蔓延しています。死者も多いようです」
「ありがとうございます。それともう一つ。ヒツジが何頭か欲しいんですけど、取り扱っていますか? この辺りでは野生のヒツジがいないようなので」
私は、この村にマスコットキャラクターのような存在が欲しかった。これも村おこしの一環だ。
「わかりました。できる限り早く連れてきますよ」
そう言うと行商人は村から出ていった。それを見送りながら私は考える。
非常に有益な情報だ。今の話が本当なら、他の村や街は壊滅的なのではないだろうか。この世界の技術では医薬品や農薬の開発は容易なことではないだろう。
どうせなら、松葉チンキもつくっておこう。松葉をエタノールに漬けることで、有機物も抽出できるようになり、より多くの効能を享受できるはずだ。これを薄めて使えば、うがい薬になるだろう。今後この村にも感染症の被害が及ぶかもしれない。その対策は必要だ。
それでも、今のこの村はとにかく平和だ。みんなの表情も明るい。この穏やかな生活がこのまま続くことを願う。
あー楽しい。スローライフ、最高。




