12話
「ふんふふんふふーん」
ある日の朝、私は鼻歌交じりで実験の準備をしていた。
それを見ていたアルバートが怪訝な顔をしている。
「どうしたんですか?」
「なーんでもないよー」
私はくるくるとまわり、ミュージカル風に答えた。
最近とても楽しい。今のこの村では、特に大きな問題が起こっておらず、食糧不安や薬剤不足もない。アシスタントたちも仕事の効率が上がり、私のサポートを必要としなくなっている。
私は、時間にとらわれることなく、好きなときに実験をして、ご飯を食べ、温泉に入り、最後にお酒を飲む。ようやく夢に見ていたスローライフを満喫している。テンションが上がらないはずがない。
今日もウキウキしながら実験を開始する。
「この液体とこの液体を混ぜて加熱すれば……」
失敗だ。
「今度はこの粉を溶媒に溶かして、加熱すれば……」
また失敗だ。こんな日もある。
「ねえ、アルバート。今日は何か予定あったかしら?」
実験の様子を確認していた私は、顔を上げてアルバートに尋ねた。
時間があるとはいっても、決して暇なわけではない。例えば、果実酒や農薬は月に一度納品しているが、納品日は決まっているし、それに合わせた製造スケジュールもある。これが崩れてしまうと、たちまち村の状況は悪化するかもしれない。村の状況が悪化すれば私のスローライフは幕を閉じてしまう。そんなことは許されない。
「いや、今日は何もないですよ」
「そう、わかった」
私は立ち上がると、外を眺める。雲一つない青空。太陽の光がさんさんと降り注ぐ中、農家は畑を鍬で耕し、子供たちは駆け回って遊んでいる。鳥たちは大空へ羽ばたいていて、虫たちは元気に合唱している。みんなが今日という一日を外で過ごしている。こんな日に室内にいるのはもったいない。
「散歩に行ってくるね」
アルバートに伝えて研究室を出る。
さて、どこに行こうか。いつも山の散策ばかりだから、たまには川辺の散歩でもしようか。それとも子供たちと一緒に駆け回ろうか。
そんなことを考えていた時、後ろからガタンと大きな音が聞こえた。振り返ると、作物を乗せた荷車が倒れている。
私は駆け寄り、作物を拾いながら尋ねる。
「大丈夫ですか。お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。そこの段差でバランスを崩してしまって」
「段差?」
視線を落とすと、道がデコボコしていて一部は陥没している。荷車は木製の車輪が傷つき、ボロボロになっている。これでは、荷車が倒れるのも当然だろう。
しかし、この村では当たり前のことである。道の舗装などされているはずがない。すでにその光景に慣れていた私は、さほど気にしていなかったが、よくよく辺りを見回してみると、通行することすら困難な道もある。
今のこの村は、薬や農薬が充実している。娯楽も少しずつ増えてきているし、食糧もお酒も不足していない。ついに村自体を整備するときが来たのではないだろうか。
私は頭の中でシミュレーションを開始する。整備と言っても何をすればいいのだろうか。
よし、まずは道の整備をしよう。このままでは、作物の供給に支障をきたすだろう。これで飢饉が起こるとは思えないが、それでも食糧不安につながり、暴動が起こる可能性がある。万が一に備えて、その対策はしておかなければならない。
その後に建物の整備だ。私がここに来てから二年経つが、相変わらず建物は傾いたままだ。定期的に再築や補修はされているが、そろそろ抜本的な解決が必要だろう。
この村には重機やコンクリート資材がないため、道の整備は簡単なことではない。それでも私には、この村で実施できる整備方法に心当たりがあった。私が日本人だからできる方法。それは、土のう工法だろう。
土砂や砕石などを袋に入れて土のうをつくり、それを道に隙間なく並べ、木材などでたたいて締め固める。土のうを数段積んだ後、土を数センチかぶせればできるはずだ。原始的な方法ではあるが、強固な道ができるし、水捌けも良い。元の世界でも、発展途上国で導入されている方法だ。
具体的なやり方は知らない。なんとなく写真で見たことがある程度だ。いつも通り、トライアンドエラーで対応すればなんとかなるだろう。
この整備には人数が必要だが、みんなそれぞれに仕事がある。急いでいるわけではないので、ひとりでのんびり始めよう。効率なんて悪くてもいい。これもスローライフの醍醐味だろう。
まずは土のうをたくさん準備する必要がある。私は研究室から適当な袋を持ってくると、それに土砂や砕石を詰めていく。袋いっぱいになるまで詰めたら、それを運んで……。
想像以上に重くて持ちあがらず、勢い余った私は大げさに転んでしまった。
痛い……。私は冷や汗をかいた。自分の不注意さに呆れる。いつになったら、もっと慎重になれるのだろうか。
私は土のうに腰掛けると、手をさすりながら頭をひねる。どのくらいの重さが最適なのだろうか。元の世界では、土のうは約二〇キログラム、六歳の子供くらいの重さだった気がする。それなら私にも持てるかもしれない。これを目安にして土のうを準備しよう。
私は袋から中身を取り出して土のうの重さを調節したあと、道の整備を開始した。この作業には時間がかかるし、うまくいくかどうかわからないので、通行できないほど荒れた道を試験的に整備することにした。
最初は、道からゴミや石などの不純物を取り除き、デコボコしたところを削って、できる限り道が平になるように整えていく。次は、そこに土のうを隙間なく敷き詰めていくが、私の力でこれを敷き詰めるのは時間がかかる。
一袋運んでは少し休み、額の汗をぬぐってまた再開する。でもそれがまたいい。スローライフっぽい。どうせなら、麦わら帽子でもかぶっていれば雰囲気が出るのだけど、残念ながらそんなものを持っていなかった。
「聖女様、いったい何をしているんですか?」
私の作業を見ていた人たちが、驚いた様子で声をかけてきた。
私は立ち上がり、腰を叩きながら答える。
「道がデコボコしていたので、整備をしています」
「整備ですか。その土のうは何に使うんですか?」
この村で土のうは、台風などで氾濫した川の水をせき止めるときに使っている。その他の使い方を知らないため、土のうと道の整備が結びつかないのだろう。
「これを敷き詰めてから締め固めると、道の耐荷力が高くなります。これによって、地盤沈下することがなくなり、道もデコボコにならなくなります。水捌けもよくなりますから、雨の日も通行しやすくなると思います」
彼らは顔を見合わせると私に言う。
「よくわかりませんが、自分たちの仕事は終わったのでお手伝いしますよ。とりあえず、その土のうを運べばいいんですね」
「ありがとうございます。それでしたら、ここまで運んでいただけますか? 私が敷き詰めていきますから」
私は自分の足元を指して言った。作業をしているうちに、土のうが置いてある場所からどんどん遠ざかっていたからだ。
それ以降も、私たちの作業を見た村人たちが、仕事終わりに次々と手伝ってくれた。そのおかげで、想定よりもずっと早く一段目が終了した。私は敷き詰めた土のうを見ながら言う。
「これをあと二、三回繰り返します」
「三回もですか?」
村人たちは厭そうな顔をした。これはとても大変な作業だ。特に彼らは仕事終わりである。やはり私ひとりでやった方がいいのかもしれない。
「みなさん、今日はありがとうございました。本当に助かりました。ですが、ここからは私ひとりでやります。みなさんはお体を休めてください」
そう言うと、私は作業を再開する。
「聖女様だけにやらせるわけにはいきません。ここは自分たちの村です。聖女様こそ休憩していてください」
ひとりがそう言って土のうを持ち上げると、他の人たちも土のうに手を伸ばす。一丸となって道の整備を行っていく姿をみて、私は目頭が熱くなった。私が来て以来、ここまで一致団結したことがあっただろうか。
「私もこのままやります。みんなで頑張りましょう」
村人たちは「おー」と言って気合を入れなおした。
数日がかりで土のうを三段積み上げることができた。四段目を積むか迷ったが、トラックが走るわけではないので、耐荷力はこれでも十分と判断して三段で終了にした。
それに、周囲の地盤よりも嵩上げができている。脇に側溝をつくれば雨対策も万全だろう。あとは、土のうの上から土をかぶせて踏み固めれば完成である。
早速、荷車を通行させて整備した道の検証をする。
「いかがですか?」
これがだめならすべてやり直しだ。最初はトライアンドエラーで対応するつもりだったが、この作業をやり直すのは正直勘弁してほしい。疲労困憊な私は、祈りを込めて見守る。
「問題ありません。前より力を入れなくても動きます」
どうやら道の修繕は無事に成功したようだ。耐荷力や耐久力、排水性はしばらく様子を見ないとわからないが、おそらく大丈夫だろう。村人たちにはこの方法で他の道も整備してもらおう。




