11話
私はお祭りを開催することに決めた。儀式として行うわけではないので、正確に言えば祭りではないが、簡易的にそう呼ぶことにした。どうせなら、スーパーボールすくいだけではなく、多くの屋台を並べた方が楽しいに決まっている。
私は食堂や酒場など村中をまわり協力者を探していく。多くの人が意外なほどあっさりと受け入れてくれた。よほど信頼してくれているらしい。信用を積み重ねた結果だろう。私は、元の世界の知識も活用し、村の人たちと出し物を決めていった。
研究室ではスーパーボールすくいとカルメ焼きの場所を設けるつもりだ。カルメ焼きは、重曹の熱分解を利用して膨らませたもので、立派な科学のお菓子だ。重曹を混ぜるところはお客さん、特に子供たちにやってもらおう。楽しく、学べて、おいしい。三拍子揃ったカルメ焼きは、科学の初学者にうってつけだろう。
翌日から、準備に取り掛かる。準備期間は一週間だ。アルバートは他のアシスタントたちと屋台をつくっている。
私もスーパーボールすくい用のポイをつくらなければならない。紙製のものよりモナカのほうが簡単だろう。たしか、小麦粉を使えばつくれると聞いたことがある。……いや、片栗粉だったかもしれない。当然、つくり方は知らない。いつものことだ。トライアンドエラーで何とかなるはずだ。
モナカをつくっては水につけ、スーパーボールをすくう。ただひたすらにそれを繰り返す。しかし、何度やってもモナカはすぐにもげてしまう。このままではかなり分厚いものをつくらなければならなくなり、ゲーム性に欠ける。
なぜだ、何が足りないんだ。頭を悩ませていた私は、ひとつの事実に気が付いてしまった。できれば気が付きたくなかった事実。
私はスーパーボールすくいや金魚すくいが苦手だったんだ。人生で一度もすくえたことがない。研究者として簡単に諦めたくない。今までもそう思ってここまでやってきた。でも今回ばかりは潔く諦めよう。
屋台をつくっているアシスタントたちにお願いし、時間が空いた時に手伝ってもらうことにした。彼らの平均をとったものにすれば大丈夫だろう。
お祭り当日。私はひとりで祭り会場を歩いていた。お祭りを楽しむためではない。主催者として問題が起こっていないか確認するためだ。
村の中心地に火を焚いている。これは照明代わりにもなっているが、キャンプファイヤーのように火を焚いておけば何となく盛り上がるだろう、という浅はかな考えでもある。実際に、周辺にはお酒を飲み、肩を組んで歌っている人たちがいる。
また、火祭りは邪気を焼き尽くして清めるとかなんとか聞いたことがある気がした。間違っているかもしれないが、そう思っておこう。
出店は、食堂がお好み焼きのようなものを出している。酒場は当然お酒、畜産家がブタの串焼き、農家はりんご飴のようなもの、そのほかにも様々な出し物が並んでいる。私が想像していたよりもずっと、“お祭り”をしていた。
私たちが出店したスーパーボールすくいやカルメ焼きも、子供たちを中心に賑わっていた。その様子を見ながら、どうせなら、スーパーボール作りもやればよかった、と思った。今度祭りが開催されるときに検討してみよう。
アルバートも気になったようで、スーパーボールすくいの様子を見ていた。私に気が付くと駆け寄ってくる。
「俺たちの店、人気でよかったですね」
「そうだね。でもそれ以上に、みんながお祭りを楽しんでくれていてよかった。特に問題も起こっていないみたいだしね」
「聖女様も見回りだけじゃ楽しくないでしょう。一緒にこれやりませんか。勝負しましょうよ」
アルバートはモナカを手にして、あざ笑うように私に言う。
私ができないことを知って馬鹿にしているのだろうか。それとも日頃の恨みか。でも、私には日本人としてのプライドがある。負けるわけにはいかない。
「いいわよ」
結果は言わずもがなだ。
それにしてもアルバートは体が大きいわりに手先が器用だ。そういえば、竹の流路づくりも手際よくこなしていた。今後はできる限りそういう仕事をさせてあげよう。
しばらくの間たわいのない話をしていると、辺りを確認したアルバートが言う。
「そろそろ時間じゃないですか」
「うん、行ってくるね」
私は村の中心地へ向かう。
お祭りの最後は花火で締めくくりたかったが、一週間で準備するのはさすがに難しかった。そもそもつくり方を知らない。
「みなさん、そろそろ終了にしたいと思います。最後に余興を一つご覧ください」
それでも、何か締めにふさわしいものはないか。考えた末に私が思いついたのは、炎色反応で焚き火の色を変化させることだった。花火もこの現象を利用している。これが、村の中心で焚き火をしている最大の理由だった。
「まずは、黄色です」
そう言うと、焚き火に塩を振りかけた。色が変化する。その瞬間周りから「わあ」という歓声とともに拍手が湧き起こった。
「次は、青。そして、紫」
青は硫黄、紫は塩化カリウムだ。
花火と比べるといささか地味ではあるが、花火どころか炎色反応すら知らない村人たちには満足してもらえたようだ。私はほっとする。
そしてお祭りは幕を閉じた。
終了後、私たちはお祭りの後片付けをしていた。アルバートが屋台を運びながら言う。
「またやりましょうね」
よほど楽しかったのだろうか。ここまで前のめりなアルバートを初めて見た気がする。思っていた通り、お祭りは古今東西、老若男女で楽しめるものなのだろう。
「そうね。でもあまり頻繁にやると仕事に支障が出るでしょうし、飽きてしまうから。多くても半年に一回くらいかしら」
「だったら、また別の行事を考えましょう」
「何がいいかしら」
今度こそ花火大会がいいかもしれない。この村にも火薬があると言っていたはずだ。準備期間が十分にあればつくれるかもしれない。トライアンドエラーをしている間に爆発して……。いやな想像をしてしまった。せっかくの楽しい気分が台無しだ。
「聖女様のおかげで、楽しい日々がおくれています」
「こちらこそ、みんなのおかげで助かっているよ。私ひとりではこんなことできなかった。やりたいことが実現できて本当に嬉しいよ」
私はアルバートと話しながら思った。
これまでは、すぐに解決しないといけない問題が山積みであり、常に時間に追われていた。やりたいことをするよりも、やらなければいけないことばかりをやっていた。
しかし、薬や農薬が十分に供給されている今、私はやりたいことをやりたいときに、やりたいようにやれる時間がある。
これが噂のスローライフというやつなのでは?
「異世界転移してやりたかったのはこれなのよ!」
急に叫んだ私を、目を点にしたアルバートが見ていた。




