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9話

 数日間の検討で、流路の方はだいたいの目途が立った。次は立ち入り制限を設けよう。


 温泉付近には、硫化水素のような硫黄化合物が存在している。俗にいう硫黄臭とはこの硫化水素の臭いだ。極微量の場合は問題ない(一般的な温泉はこれに該当する)が、極めて高い毒性を有している。


 曝露した場合には、めまいや頭痛、結膜炎や角膜炎等の眼障害が発生し、吸入した場合には命を落とす可能性がある。もし滞留している場所に足を踏み入れたら、それは一瞬だ。


 問題はその硫化水素の検知方法だ。もちろん検知器など、ここにはない。


 悩んでいる私を見ていたアルバートが口を開く。


「どうしますか。何か方法はあるんですか?」


 私は二つの方法を思いついていた。


 一つは銀を使う方法だ。銀が空気中の硫化水素と化学反応を起こすと、表面に硫化銀の膜ができて黒くなる。その黒くなる速度によって、おおよその硫化水素濃度がわかるだろう。しかし銀は、純度の高いものを手にすることが難しく、この村においては貴重なはずだ。できる限り使いたくない。


 もう一つは小鳥を利用する方法だ。感受性が高く、人間よりも早く硫化水素を感知するはずだ。いわゆる炭鉱のカナリアである。


「小鳥を捕まえましょう」


 私は小鳥を使う方法に決めた。自然豊かなこの地には小鳥がそこいら中にいる。銀を手に入れるよりも楽だろう。アルバートと手分けして小鳥を捕まえれば、時間もかからないはずだ。


 しかし、小鳥の捕獲方法なんて私は知らない。後ろから近づいては逃げられ、追いかけまわす。疲れて私の足が止まれば小鳥もまた止まる。


 完全にバカにされている。何が何でも捕まえてやると決心した。


 しばらく追いかけまわし、小鳥が疲れたのか、ようやく一羽だけ捕まえることができた。アルバートの方はどうだろう。捕まえられたかな。捕まえていなかったら自慢しよう。


 私はアルバートに近づきながら、少し尊大な態度で尋ねる。


「どう、捕まえられた?」


「何羽か捕まえましたよ」


 アルバートの足元をみると鳥かごに十羽ほど小鳥がいる。どうやら罠を使用したようだ。


 私の努力は一体……。


 小鳥を捕まえた私たちは、三羽ずつに分けて鳥かごへ入れていく。ぴーちくぱーちくとさえずっていてうるさい。


 その様子を見ていたアルバートが不審そうに言う。


「何で三羽も入れるんですか?」


「小鳥の中には、敏感な鳥もいれば鈍感な鳥もいるでしょう。一羽だけの場合、もしも鈍感な鳥だったら、気が付かないうちに危険地帯に踏み入れる可能性がある。三羽いればその危険性を減らすことができる。三羽のうちの一羽でも異常が出たら危険ってことね」


 「へえ。そういうものなんですね」


 アルバートは納得したのか、頭を上下に振る。


 準備ができた私たちは、鳥かごを持ち、歩き始めた。


「アルバート、何があっても絶対にかがまないでね」


「どうしてですか??」


「硫化水素は空気よりも重いから下に溜まりやすいの。だから、立っているときには大丈夫でも、かがんだ瞬間に命を落とす可能性がある。だから気を付けてね」


 そう言いながら、鳥かごをできる限り下げて持つ。


 アルバートは身震いしながら「わかりました……」と言う。


 私たちが雑談しながら歩いていると、ある地点で先ほどまで鳴いていた小鳥が急に静かになった。


「止まって!」


 私は声を張り上げた。


 驚いた表情のアルバートが足を止める。


「どうしました?」


「これ以上はだめ。ここは立ち入り禁止にして、すぐに戻りましょう」


「わかりました」


 私たちは元の場所まで戻ると、別の鳥かごに持ち替える。


「さっきみたいに、小鳥のさえずりが止まったら危険なの。見て」


 私は先ほどの鳥かごを指で示すと、二羽が横になっていた。


 アルバートはそれを見て「うげっ」と言い、口を抑えた。


「これからも細心の注意を払っていくから。気を引き締めてね」


 そのあと私たちはさまざまなところに行き、同じ要領で立ち入り禁止の区域をつくっていった。これで温泉施設は問題ないだろう。



 実際に温泉を開設すると、もう一つ大きな問題が見えてきた。村の人たちに感想を尋ねていた時だ。


「仕事の疲れがとれて最高ですよ」

 木こりが答えた。


「あそこまでは行けなくてねえ」

 老婆が答えた。


「仕事があるから行く時間がありません」

 若い男が答えた。


 どうやら山奥につくったせいで、村の人たち、特に高齢者たちが温泉に行くことができず、採掘工や木こりなど山で仕事をする人たち専用になっていたようだ。


 さて、どうしたものか。考えるまでもない。私の答えは一つしかなかった。


「麓まで引き湯をしましょう。早速始めるよ」


 単純な話だ。こちらから山の温泉へ行けないのであれば、こちらへ温泉に来てもらえばいいだけだ。


 有無を言わせず、アルバートを引っ張っていく。


 現在使用している流路の長さからだいたいの位置を試算する。山とは高度が違うため、気温も異なるはずだ。気温が異なるなら、冷却能力も変わる。さらに、温泉から見える景色にもこだわりたい。


 それらを考慮し、最終的な浴槽の位置を決める。あとは山で行ったことと同様にして温泉施設をつくっていった。


 今度こそ、多忙な人も高齢者たちも気軽に温泉に入ってくれるはずだ。開設後に私が様子を確認しに行くと想像以上の盛況ぶりだった。私も入りたいが、その隙すらない。今日は諦めて、違う作業をしよう。私は肩を落として研究室に戻った。


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