第九十七話 営業課長、最大手商会と対決する
王都中央区。
アルトたちは、商人たちが行き交う大通りを歩いていた。
目的地は一つ。
王都最大級の商会――ヴァルガス商会。
その建物は、他の商会とは明らかに違っていた。
三階建ての石造り。
正面には巨大な紋章。
出入りする商人の数も多い。
「本当に、ここに行くの?」
エリシアが建物を見上げる。
「うん。」
アルトは頷いた。
「ここが、今回の問題の中心にいる可能性が高い。」
隣にいたレオンが口を開く。
「油断するな。」
「分かってる。」
「相手は簡単な商人ではない。」
「だからこそ、話を聞きたいんだ。」
アルトは建物を見上げる。
大きな商会。
巨大な物流網。
豊富な資金。
そして王都の有力者たちとの繋がり。
普通に考えれば、アルトたちが正面から対抗できる相手ではない。
だが――。
「商売をしているなら、必ず利益があります。」
アルトは呟いた。
「そして、利益があるなら交渉できます。」
商会の中へ入る。
受付の女性が立ち上がった。
「ご用件をお伺いいたします。」
「ヴァルガス商会の会頭、オルガン・ヴァルガスさんにお会いしたいのですが。」
「お名前を伺っても?」
「アルト・レインハルトです。」
受付の女性の表情が変わった。
「……アルト様ですね。」
「知ってるんですか?」
「はい。」
少しだけ困ったような笑顔を浮かべる。
「会頭から、来られたらすぐに案内するよう言われています。」
「なるほど。」
アルトは小さく笑った。
「準備されていたわけですね。」
案内された応接室。
そこには一人の男が座っていた。
六十歳前後。
白髪交じりの髪。
鋭い目。
机の上には大量の帳簿が並んでいる。
「君がアルト君か。」
「はい。」
「私がオルガン・ヴァルガスだ。」
アルトは頭を下げた。
「今日はお時間をいただきありがとうございます。」
「礼儀はできているようだな。」
オルガンが笑う。
「だが、私は君たちの改革には反対している。」
「承知しています。」
「それでも来たのか?」
「はい。」
「なぜ?」
アルトは椅子に座る。
「反対している理由を聞きたいからです。」
オルガンが少し驚いた。
「説得しに来たのではないのか?」
「もちろん、最終的には協力してほしいです。」
「なら、最初から説得すればいい。」
「それでは営業失格です。」
「ほう?」
「相手の話を聞かずに商品を売ろうとしても、契約なんて取れません。」
オルガンが笑った。
「面白いことを言う。」
「まず、何が嫌なのかを聞く。」
「その上で、こちらの提案で解決できるか考える。」
「それが営業です。」
オルガンはアルトをじっと見つめた。
「では聞こう。」
「はい。」
「君たちの改革によって、私たちは大きな損失を受ける。」
「具体的には?」
「物流の独占ができなくなる。」
アルトは頷いた。
「なるほど。」
「今まで私たちが築いてきた物流網を、誰でも使えるようにするつもりだろう?」
「はい。」
「なら、私たちの利益は減る。」
「短期的には減る可能性があります。」
「やはりな。」
「でも、市場全体が大きくなれば話は変わります。」
アルトは地図を広げた。
「現在、王都から北部へ向かう荷馬車の多くは、帰りが空です。」
「知っている。」
「北部から王都へ向かう荷馬車も同じです。」
「だから何だ?」
「もったいないと思いませんか?」
オルガンは黙った。
「同じ馬車が、行きは満載。」
「帰りは空。」
「これを繋げるだけで、物流コストは下げられます。」
「理屈は分かる。」
「でも、商人は自分の取引先を他人に教えたくない。」
「そこも問題ありません。」
アルトは別の資料を出した。
「取引先は公開しません。」
「荷物の種類と目的地だけを共有します。」
「必要な商人同士だけが情報を見られる仕組みにする。」
「つまり……。」
「情報を商品化します。」
オルガンの目が鋭くなる。
「情報を?」
「はい。」
「荷物を探している商人。」
「荷物を運びたい商人。」
「両方から少額の利用料を取る。」
「商会は、運賃だけでなく情報提供でも利益を得られる。」
オルガンが資料をめくる。
「……。」
「そして、ヴァルガス商会には物流拠点の運営側に入ってもらいたい。」
「私たちに?」
「はい。」
「なぜ?」
「すでに物流のノウハウがあるからです。」
オルガンは黙っていた。
アルトは続ける。
「僕たちは新しい物流網を作りたい。」
「でも、既存の商会を全部排除したいわけではありません。」
「むしろ、今まで築いてきたものを利用したい。」
しばらくして。
オルガンが口を開いた。
「君は、私たちの利益を守りながら改革を進めたいというわけか。」
「はい。」
「都合のいい話だな。」
「商談ですから。」
アルトは笑った。
「お互いに都合がいいところを探すのが商談です。」
オルガンが声を上げて笑った。
「ははは!」
「気に入った。」
しかし――。
次の瞬間。
オルガンの表情が変わった。
「だが、それでも私は反対する。」
「理由は?」
「君たちは危険すぎる。」
「僕たちが?」
「いや。」
オルガンは地図を指差した。
「君たちが作ろうとしている物流網そのものがだ。」
「どういう意味ですか?」
「物流を一つに繋げれば、誰かがそれを支配できる。」
アルトの表情が変わった。
「……。」
「今は各商会が、それぞれ別の物流網を持っている。」
「だから、一つの商会が全てを支配することは難しい。」
「だが、君たちが一つの大きな物流網を作れば?」
「それを誰かが握ったら?」
アルトは答えなかった。
確かに、その通りだった。
効率化は、同時に集中を生む。
集中は、独占を生む可能性がある。
アルトはしばらく考えた。
そして――。
「だったら、誰にも独占できない仕組みにします。」
「具体的には?」
「運営を一つの商会に任せません。」
「複数の商会。」
「複数の領地。」
「そして王宮。」
「それぞれに役割を分けます。」
オルガンが目を細める。
「共同運営か。」
「はい。」
「面倒だぞ。」
「でも、独占されるよりいい。」
オルガンはしばらく考えた。
そして、小さく笑った。
「君は本当に面白い。」
「ありがとうございます。」
「褒めているわけではない。」
「でも、ありがとうございます。」
エリシアが隣で笑いを堪えている。
しかし、その時だった。
扉がノックされた。
「失礼します。」
一人の男が入ってくる。
「会頭。」
「何だ?」
「先ほど、商人ギルドから連絡がありました。」
「内容は?」
「十二社の商会が、物流改革から一斉に撤退するとのことです。」
アルトの表情が変わった。
「十二社……。」
オルガンが男を見る。
「理由は?」
「新制度が既存の商売を破壊するため、とのことです。」
アルトは考える。
「一斉に?」
「はい。」
「おかしい。」
オルガンが眉をひそめる。
「何がおかしい?」
「反対すること自体は分かります。」
「でも、一斉に撤退する必要はありません。」
アルトは立ち上がった。
「誰かが、全員に同じ話をしたんです。」
「……。」
「そして、その誰かが利益を得る。」
レオンが静かに言った。
「十年前と同じだな。」
アルトは父を見る。
「やっぱり?」
「ああ。」
「だったら、調べる価値があります。」
アルトは紙を受け取った。
十二社の商会名。
その下に、それぞれの取引先が記されている。
「共通する取引先は……。」
アルトが一社ずつ確認していく。
「三社。」
「三社に絞れます。」
マルクが言った。
「その三社のさらに共通する相手は?」
アルトが問いかける。
男が資料を確認する。
「……一社です。」
「どこですか?」
男が答えた。
「ヴァルガス商会です。」
部屋が静まり返った。
アルトはオルガンを見る。
オルガンも驚いた表情を浮かべている。
「私の商会が?」
「はい。」
「おかしい。」
オルガンが首を振る。
「私はそんな指示を出していない。」
「でも、取引上はヴァルガス商会が共通しています。」
アルトは考え込む。
そして、突然顔を上げた。
「待ってください。」
「どうした?」
「ヴァルガス商会が共通しているんじゃない。」
「どういうことだ?」
「この三社が、ヴァルガス商会から何を買っているのか調べてください。」
数分後。
資料が届く。
アルトは目を通す。
「……紙。」
「紙?」
エリシアが覗き込む。
「三社とも、同じ種類の紙を大量に買っています。」
アルトの脳裏に、偽の命令書が浮かんだ。
王宮用の紙。
偽造された命令書。
秘密の物流網。
そして――。
「これ、全部繋がってる。」
オルガンが立ち上がった。
「まさか……。」
「ヴァルガス商会が黒幕という意味ではありません。」
アルトは首を振る。
「むしろ逆です。」
「あなたの商会が、知らないうちに利用されている可能性があります。」
オルガンの顔から笑みが消えた。
「……私の商会を?」
「はい。」
アルトは資料を机に置く。
「誰かがヴァルガス商会を経由して、必要な物資を集めている。」
「紙だけじゃない。」
「物流も、人も、情報も。」
アルトはゆっくり立ち上がった。
「敵は一つの商会じゃない。」
「物流網そのものを利用している。」
そして。
アルトは最後の資料を開いた。
そこには、ヴァルガス商会が最近取引を始めた、とある人物の名前が記されていた。
「……この人。」
レオンが覗き込む。
その瞬間。
父の表情が凍った。
「知っている。」
「誰?」
レオンは低い声で答えた。
「十年前、私たちを裏切った男だ。」
アルトの目が鋭くなる。
十年前の事件。
今回の物流改革。
偽の命令書。
そして、謎の物流網。
全てを繋ぐ人物が、ついに浮かび上がった。
営業メモ⑨⑥
「相手の反対意見を、そのまま『敵対』と判断しないこと。反対の裏には、利益・不安・リスク・過去の経験など、必ず理由がある。その理由を把握すれば、対立を協力関係へ変えられる可能性がある。営業では、反対意見こそ重要な情報である。」
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次回予告 第九十八話「営業課長、十年前の裏切り者を追う」
ヴァルガス商会を利用し、裏で物流網を動かしていた人物。
その名前を見たレオンの表情が変わった。
「……あの男だけは、信用してはいけない。」
十年前、レオンとエドガーが守ろうとした物流網を崩壊させた人物。
なぜ彼は今、再び動き始めたのか。
アルトは父から十年前の「裏切り」の詳細を聞くことになる。
そして、その話の中から――。
今回の事件を解決するための、意外な突破口が見つかる。




