第九十六話 営業課長、父の過去に踏み込む
北部から王都へ戻る街道。
アルトたちは、馬車の中で一言も話さなかった。
原因は、レオンだった。
いつもなら落ち着いている父が、帳簿に記された商会名を見てから、ずっと険しい顔をしている。
「……お父さん。」
「何だ?」
「この商会を知ってるんだよね?」
レオンはしばらく黙っていた。
「知っている。」
「十年前から?」
「ああ。」
「何があったの?」
レオンは窓の外を見る。
しばらくして、静かに口を開いた。
「十年前。」
「北部で大規模な土砂災害が起きた。」
「その時、街道が長期間使えなくなったことは話したな。」
「うん。」
「当時、私は領地の物流を担当していた。」
アルトは驚いた。
「物流を?」
「ああ。」
「父さん、商人だったの?」
「違う。」
レオンは苦笑する。
「私は領主側の人間として、領内の税や物資の管理をしていた。」
「つまり……。」
「領地経営に関わっていたということだ。」
アルトは納得した。
レオンは普通の村人ではない。
以前から感じていた違和感。
礼儀。
知識。
王都での人脈。
そして、今回の商人たちへの対応。
やはり父には、隠している過去がある。
「その時、何があったの?」
「食料が足りなくなった。」
「北部から小麦が来なくなったからだ。」
「そこで、昔の物流網を使った。」
レオンは続ける。
「最初はうまくいった。」
「小麦も豆も塩も届いた。」
「だが、ある商会が介入してきた。」
「それが――。」
「今回の商会だ。」
アルトは帳簿を見る。
「何をしたの?」
「物流網を独占しようとした。」
「当時の中継所を次々と買い取り、商人たちに自分たちの許可を取らせるようにした。」
「……。」
「さらに、輸送費を上げた。」
アルトは眉をひそめる。
「災害で困っている人たちから?」
「そうだ。」
レオンの声が低くなる。
「私は反対した。」
「当然だよね。」
「だが、相手は大商会だった。」
「金も、人脈もあった。」
「そして王都にも繋がりがあった。」
アルトは黙って聞いていた。
「私は領主に訴えた。」
「だが、決定的な証拠がなかった。」
「物流網を独占していることを証明できなかった。」
レオンは拳を握る。
「その間にも、商人たちは苦しんだ。」
「そこで、私は別の道を使うことにした。」
「秘密の物流網?」
「ああ。」
「エドガーと協力してな。」
アルトは顔を上げた。
「父さんとエドガーさんは知り合いだったの?」
「当時、何度も会った。」
「王都から物資を送るエドガー。」
「領地側で受け取る私。」
「二人で物流を繋いだ。」
アルトは少し笑った。
「じゃあ、十年前から営業チームだったんだ。」
「……営業?」
「何でもありません。」
レオンが苦笑する。
しかし、その表情はすぐに消えた。
「だが、最後に問題が起きた。」
「何?」
「中継所の一つが襲われた。」
「襲われた?」
「荷物が奪われた。」
「そして、責任を私たちに押し付けられた。」
アルトは目を細める。
「証拠は?」
「なかった。」
「また?」
「ああ。」
「だから、物流網は解散させられた。」
馬車の中が静まり返る。
「その後、エドガーは商務省を辞めた。」
「そして私は、表立って物流に関わることをやめた。」
アルトは父を見る。
「……それで今まで、普通の領主として?」
「そうだ。」
「でも、本当は違った。」
「私は一度失敗した。」
レオンは静かに言った。
「だから、同じことを繰り返したくなかった。」
アルトは父の言葉を聞きながら、胸の中で一つの考えをまとめていた。
十年前。
大商会による物流網の独占。
偽の命令書。
街道封鎖。
そして、現在の物流改革への妨害。
すべてが繋がっている。
「お父さん。」
「何だ?」
「今回は、勝てるよ。」
レオンがアルトを見る。
「どうしてそう思う?」
「十年前と違うから。」
「何が?」
「今回は、僕たちだけじゃない。」
アルトは指を折る。
「商人ギルド。」
「バルド商会。」
「王宮。」
「北部の商人。」
「そして、秘密の物流網を使っていた人たち。」
「みんなを繋げればいい。」
レオンは黙っている。
「十年前は、物流網を守ろうとした。」
「でも今回は違う。」
「守るんじゃなくて、誰でも使える仕組みに変える。」
アルトは笑った。
「独占できない仕組みにすれば、独占しようとする意味がなくなる。」
レオンの目が少しだけ柔らかくなる。
「……お前は、本当に変わったな。」
「赤ちゃんからやり直してますから。」
「それは関係あるのか?」
「たぶん。」
エリシアが吹き出す。
「ふふっ。」
マルクまで笑った。
重かった馬車の空気が、少しだけ軽くなる。
しかし――。
王都に戻ったアルトたちを待っていたのは、新たな問題だった。
商人ギルドの前に、大勢の商人が集まっている。
「何だ?」
マルクが馬車から降りる。
その瞬間、一人の商人が駆け寄ってきた。
「アルト様!」
「どうしました?」
「大変です!」
「落ち着いてください。」
「王都の大手商会が、今回の物流改革から一斉に撤退すると言っています!」
アルトの表情が変わる。
「一斉に?」
「はい!」
「理由は?」
「新しい物流制度ができれば、既存の商売が破壊されると言って――。」
アルトは考える。
(来た。)
敵が動いた。
だが、アルトは慌てなかった。
「何社ですか?」
「主要商会だけで十二社です。」
「十二社……。」
マルクが焦る。
「これはまずいぞ。」
「いいえ。」
アルトは首を振った。
「むしろ、分かりやすくなりました。」
「何?」
「今まで、誰が本当に反対しているのか分からなかった。」
「でも、十二社が一斉に動いた。」
アルトは笑う。
「だったら、その十二社を一つずつ調べればいい。」
「何を?」
「誰が最初に『撤退する』と言い出したのか。」
「そして、その人が誰から話を聞いたのか。」
マルクが目を見開く。
「また情報の流れを調べるのか。」
「はい。」
アルトは頷いた。
「人は、利益のためなら動きます。」
「でも、一斉に同じ行動を取るには、きっかけが必要です。」
「そのきっかけを探します。」
すると、後ろから声がした。
「アルト。」
振り返る。
レオンだった。
「私も行こう。」
「父さんが?」
「ああ。」
「十年前に私が見落としたものを、今度こそ見つける。」
アルトは頷いた。
「じゃあ、一緒に行こう。」
父と息子。
二人は並んで商人ギルドへ入っていった。
そして――。
その日の夜。
十二社の商会から集めた情報を一枚の紙にまとめたアルトは、ある名前を見つけた。
「……やっぱり。」
「分かったのか?」
マルクが尋ねる。
アルトは紙を指差した。
「十二社のうち、最初に撤退を提案したのは三社。」
「その三社に共通する取引先が一つあります。」
レオンが紙を見る。
「……。」
顔色が変わった。
「どうしたの?」
アルトが尋ねる。
レオンは答えなかった。
ただ、その商会名を見つめている。
十年前。
物流網を独占しようとした商会。
そして今。
王国の物流改革を止めようとしている商会。
その名前が、ついにアルトの前に現れた。
「……これが、敵の本命だ。」
アルトは静かに呟いた。
営業メモ⑨⑤
「過去の失敗を、そのまま繰り返す必要はない。同じ問題が起きても、環境と条件が変われば解決方法も変わる。営業でも、過去の失注や失敗を『仕方なかった』で終わらせず、『今回は何を変えれば勝てるのか』を考えることが重要。」
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次回予告 第九十七話「営業課長、最大手商会と対決する」
十二社の商会を裏で動かしていた、本当の黒幕。
その名前を見たレオンは、十年前の記憶を思い出す。
「アルト。この商会は、簡単な相手じゃない。」
王都最大級の商会。
莫大な資金。
広大な物流網。
そして、王都の有力者との繋がり。
アルトは、ついに最大の敵との商談の席へ向かう――。




