第九十一話 営業課長、最大の誤解を解く
北部の街。
商人の店先に止まった一台の荷馬車を、アルトたちは囲んでいた。
荷台には大量の小麦袋。
そして、その袋には――。
王都の商会。
バルド商会の紋章が刻まれている。
「これは……どういうことだ?」
マルクが低い声で尋ねた。
荷馬車から降りた男は、困惑した表情を浮かべている。
「どういうことと言われましても……。」
「この荷物はバルド商会のものだろう?」
「はい。」
「なぜここにある?」
「それは……。」
男が言葉に詰まる。
エリシアがアルトを見る。
「アルト……。」
「まだ決めつけないでください。」
アルトは静かに言った。
「この荷馬車がここにあることと、街道封鎖に関係していることは別問題です。」
マルクが頷く。
「確かにそうだ。」
「まず、事実を確認しましょう。」
アルトは荷馬車へ近づいた。
「この荷物は、どこから来ましたか?」
「王都です。」
「いつ出発した?」
「三日前です。」
「三日前……。」
アルトは腕を組む。
街道が封鎖されたのは二日前。
「では、街道封鎖前に王都を出発した?」
「はい。」
「どの道を通りました?」
「王都から南側へ出て、それから東へ回りました。」
「……。」
アルトは地図を広げる。
「北部へ入るまで、かなり遠回りですね。」
「ええ。」
「それでも運んだ?」
「依頼された荷物ですから。」
アルトは袋を一つ確認した。
「この小麦は、誰宛てですか?」
「北部のパン工房です。」
「名前は?」
男は答えた。
「グレン商会です。」
アルトはマルクを見る。
「聞いたことがありますか?」
「北部では有名なパン工房だ。」
「なるほど。」
アルトはもう一度、袋を見る。
「では、この小麦を王都へ運ぶ予定は?」
「ありません。」
「最初から北部へ?」
「はい。」
「……。」
アルトは黙った。
つまり、この荷馬車は王都から北部へ向かう「帰り荷」だった。
しかも、街道封鎖前から動いていた。
「ガルマンさんが指示したんですか?」
「はい。」
「どうして?」
「王都で、北部向けの商品を集めるように言われました。」
アルトは目を見開いた。
「……いつから?」
「昨日、王都で話を聞いてからです。」
「昨日?」
「はい。」
アルトは首をかしげた。
昨日の会議で、ガルマンは物流改革への協力を決めた。
その後すぐに、この荷馬車を動かした。
つまり――。
「この荷物は、改革のために動かしたんですね?」
「そうです。」
男は頷く。
「ガルマン会頭から、せっかく空いている荷台があるなら使え、と。」
マルクが息を吐いた。
「……疑ってしまったな。」
アルトも頷く。
「はい。」
だが、ここで終わりではない。
アルトは荷馬車の後ろへ回った。
「待ってください。」
「どうした?」
レオンが尋ねる。
「荷台を見せてもらえますか?」
「もちろん。」
荷物を確認する。
小麦袋。
空になった木箱。
そして――。
荷台の隅に、奇妙な袋が一つだけ置かれていた。
「これは?」
男が振り返る。
「ああ、それですか。」
「はい。」
「途中で積んだ荷物です。」
「どこで?」
「東側の村です。」
「誰から?」
「名前までは……。」
アルトは袋を持ち上げた。
小麦ではない。
中には乾燥させた豆が入っていた。
「豆……。」
「北部では豆が不足しているので、試しに積んだんです。」
「誰の判断ですか?」
「私です。」
アルトは笑った。
「それ、いい判断だと思います。」
「え?」
「北部の需要を見て、自分で商品を追加したんですよね?」
「はい。」
「まさに今回の物流改革の考え方です。」
男は照れたように笑った。
しかし――。
アルトは豆袋を見つめたままだった。
何かがおかしい。
小麦。
豆。
そして王都から北部への輸送。
ここまでは問題ない。
だが――。
「この袋。」
「はい?」
「なぜ、こんなにきれいなんですか?」
「……?」
「三日前に出発して、遠回りをしてきたんですよね?」
「はい。」
「他の荷物は少し汚れている。」
アルトは別の袋を見る。
「でも、この豆袋だけほとんど汚れていない。」
「それは……。」
男が言葉を失う。
アルトは袋の底を見る。
そこには小さな印があった。
「この印、見たことありますか?」
マルクが覗き込む。
「何の印だ?」
「分かりません。」
レオンも見る。
「商会の印ではないな。」
「ですよね。」
アルトは袋を裏返した。
すると、縫い目の一部に小さな紙片が挟まっていた。
「これは……。」
紙には数字が書かれている。
『三十』
『六十』
『九十』
それだけだった。
「何の数字?」
エリシアが尋ねる。
「分かりません。」
アルトは紙を見つめる。
すると――。
「待って。」
アルトが突然、地図を広げた。
「この荷馬車が通った道を教えてください。」
男が指差す。
「ここです。」
「その次は?」
「ここ。」
「そして?」
「ここから北部へ。」
アルトは線を引いていく。
すると、数字の意味が見えてきた。
「三十。」
最初の数字を指差す。
「ここまで三十キロ。」
「六十。」
「ここまで六十キロ。」
「九十。」
「ここまで九十キロ。」
エリシアが目を見開いた。
「距離……?」
「たぶん。」
アルトは頷く。
「でも、何のために?」
その時。
外から声が聞こえた。
「アルト!」
マルクの部下が駆け込んできた。
「どうした?」
「街道の封鎖地点を調べていた兵士から連絡です。」
「何が分かった?」
「土砂崩れの現場近くで、荷馬車の車輪跡が見つかりました。」
アルトの目が鋭くなる。
「車輪跡?」
「はい。」
「何台?」
「少なくとも三台。」
「方向は?」
「北へ向かっています。」
アルトは地図を見る。
そして、豆袋に書かれた数字を見る。
三十。
六十。
九十。
「……そういうことか。」
「何が分かった?」
マルクが尋ねる。
「この数字は距離じゃない。」
「では?」
「中継地点です。」
アルトは地図上に三つの場所を指した。
「三十キロ地点。」
「六十キロ地点。」
「九十キロ地点。」
そこには、古い小さな集落が存在していた。
「この三つを繋ぐと――。」
アルトは線を引く。
「街道封鎖を避けて、北部へ抜けるルートになります。」
レオンが地図を見る。
「しかし、この道はほとんど使われていない。」
「だからです。」
アルトは頷いた。
「誰かが、ずっとこの道を使っている。」
「……。」
全員が黙った。
つまり。
街道が封鎖される前から、別の物流ルートが存在していた。
しかも、その存在を公にはしていない。
「誰が使っている?」
マルクが尋ねる。
アルトは答えなかった。
代わりに、豆袋を見た。
「この袋を積んだ場所へ行きましょう。」
「東側の村か?」
「はい。」
アルトは立ち上がった。
「そこに行けば、誰がこのルートを使っているのか分かるかもしれません。」
レオンが頷く。
「分かった。」
その日の午後。
一行は東側の小さな村へ向かった。
村に入ると、アルトはすぐに違和感を覚えた。
小さな村なのに――。
荷馬車が多い。
しかも、どの荷馬車も北部方面へ向かっている。
「……。」
アルトは道端に立ち、荷馬車を観察する。
「おかしい。」
「何が?」
エリシアが尋ねる。
「この村の規模では、こんなに荷馬車が集まる理由がない。」
その時。
一台の荷馬車が村の奥へ入っていった。
荷台には大量の商品。
しかし、商会の紋章がない。
「誰の荷物だ?」
アルトが尋ねる。
村人は答えなかった。
その代わり――。
村の奥から一人の老人が現れた。
「お前さんたち。」
「はい。」
「この村で何を探している?」
「物流について調べています。」
老人の目が鋭くなる。
「王都の人間か?」
「はい。」
「なら、帰りなさい。」
「どうしてですか?」
「この村には、王都の人間が関わっていい商売はない。」
アルトは老人を見る。
そして、ゆっくり笑った。
「商売があるんですね。」
「……。」
「しかも、かなり大きな商売が。」
老人は黙った。
アルトは確信した。
街道封鎖の裏には、単なる商人同士の対立ではない。
誰かが、王都から隠された物流網を維持している。
そして――。
その物流網が、今回の街道封鎖と深く関わっている可能性が高い。
アルトは村の奥を見つめた。
「ここから先が、本当の商談になりそうだ。」
営業課長の戦いは、ついに表舞台から裏側へ足を踏み入れた。
営業メモ⑧⑨
「第一印象や状況だけで相手を判断すると、大きな誤解につながる。営業では『この人は敵だ』と決める前に、事実を一つずつ確認することが重要。疑うことより、確かめること。そこから本当の問題が見えてくる。」
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次回予告 第九十二話「営業課長、秘密の物流網に踏み込む」
街道封鎖の裏で動いていた、謎の物流網。
小さな村に集まる大量の荷馬車。
そして、それを守る老人。
「この先には、何があるんですか?」
アルトが村の奥へ進むと、そこには王都では決して見ることのできない光景が広がっていた。
秘密の物流網の正体。
そして、その背後にいる人物とは――。




