第八十八話 営業課長、封鎖された街道を攻略する
王都商人ギルドの会議室。
先ほどまで物流改革について熱気を帯びた議論が交わされていた室内は、今や重苦しい沈黙に包まれていた。
「街道が封鎖されたというのは、どういうことだ?」
商務大臣クラウスが、報告に来た文官へ問いかける。
「今朝、北部へ向かった荷馬車隊から連絡が入りました。山間部の街道で土砂崩れが発生したとのことです」
「人的被害は?」
「今のところ確認されていません。ただし、街道が完全に塞がれており、復旧には数日かかる見込みです」
「数日……。」
クラウスが地図を見る。
王都と北部を結ぶ主要街道。
そこが一本止まっただけで、これほどまでに大きな影響が出る。
アルトは地図をじっと見つめていた。
「他に道は?」
クラウスが尋ねる。
「あります。ただ……。」
「ただ?」
「山道になります。道幅が狭く、大型の荷馬車は通れません」
「なるほど。」
アルトは地図を引き寄せた。
王都から北へ伸びる太い線。
そして、その脇に細く描かれた山道。
アルトはしばらく黙っていた。
「何を考えているの?」
エリシアが尋ねる。
「道を変えればいいと思っています。」
「でも、大型の荷馬車は通れないのでしょう?」
「大型なら。」
アルトは地図の上を指でなぞる。
「小型なら通れるんじゃないですか?」
文官が答える。
「理論上は可能です。しかし、一台に積める量が少なくなります」
「だったら、一台で全部運ばなければいい。」
「……?」
「小さい荷馬車を何台も使います」
室内が静かになる。
アルトは黒板へ向かった。
「今までの物流は、一台の荷馬車に大量の商品を積んで運ぶ方式です」
大きな四角を一つ描く。
「でも、道が使えなくなった。」
その横に小さな四角をいくつも描く。
「なら、小さな荷馬車に分ければいい。」
「積載量は減ります。」
「はい。」
「その分、運賃が増えるのでは?」
「その可能性はあります。」
アルトは頷いた。
「だから、全部を山道へ回す必要はありません。」
クラウスが顔を上げる。
「どういうことだ?」
「街道が使えるところまで、大型荷馬車で運ぶ。」
「そこから先だけ、小型荷馬車へ積み替える。」
「そして山道を越えた先で、また大型荷馬車へ積み替える。」
アルトは黒板に三つの区間を書いた。
『王都』
↓
『中継地点』
↓
『山道』
↓
『北部』
「積み替えの手間は増えます。」
アルトは続ける。
「でも、全部の物流が止まるよりはいい。」
「……。」
「物流では、完全に止めないことが重要です。」
マルクが腕を組む。
「なるほど。」
アルトはさらに一言付け加えた。
「それに――。」
「まだあるのか?」
クラウスが苦笑する。
「あります。」
アルトは地図の中継地点を指した。
「ここに臨時の集積所を作りましょう。」
「集積所?」
「荷物を一度集めて、行き先ごとに仕分けします。」
「そして必要な分だけ小型荷馬車へ積み替える。」
マルクが目を見開いた。
「物流拠点を作るのか。」
「はい。」
アルトは頷いた。
「今まで王都から北部まで一本の流れだったものを、途中で分けるんです。」
クラウスは地図を見つめる。
「問題は人手だ。」
「商人ギルドに頼みましょう。」
「運送商だけでは足りない。」
「なら、村や領地から人を募ります。」
そこでアルトは少し考えた。
「……父さんに相談してみます。」
「レオン殿に?」
「はい。」
レオンは貴族であり、領地を治める立場にある。
そしてアルトが暮らすミルフィ村も、レインハルト家の領地の一部だ。
領地運営を通じて人員を動かすことができる。
ただし――。
「領地から人を出すなら、当然その分の利益を考えないといけません。」
アルトは真剣な顔になる。
「ただ働きで協力してもらうつもりはありません。」
「そこまで考えているのか。」
「当たり前です。」
アルトは笑った。
「商売ですから。」
その日の夕方。
王宮からレインハルト家へ使者が送られた。
そして翌朝。
王都の宿でアルトが朝食を取っていると、見覚えのある人物が現れた。
「アルト。」
「お父さん!」
レオンだった。
領主としての正装ではなく、王都で動きやすい服装をしている。
「話は聞いた。」
「早いね。」
「王宮から急ぎの使者が来たからな。」
レオンは席につくと、アルトが広げていた地図を見る。
「これが問題の街道か。」
「うん。」
「山道を使うつもりか?」
「そう。」
アルトは説明する。
大型荷馬車。
中継地点。
小型荷馬車。
再積載。
北部。
レオンは黙って聞いていた。
やがて――。
「理にかなっている。」
「本当?」
「ああ。」
レオンは地図の一点を指した。
「ただし、ここは使わない方がいい。」
「どうして?」
「この辺りは、私の領地と北部領の境に近い。」
「昔から山賊が出ることがある。」
アルトの表情が変わる。
「山賊……。」
「最近は少ないが、荷馬車が頻繁に通れば狙われる可能性がある。」
「なるほど。」
アルトは地図を見る。
「じゃあ、別の道を探そう。」
「そう簡単に見つかるか?」
「探します。」
アルトは別の山道を指差した。
「ここは?」
「昔の街道だ。」
「今は?」
「ほとんど使われていない。」
「どうして?」
「橋が壊れている。」
「橋……。」
アルトの目が輝いた。
「直せば使える?」
「規模にもよる。」
「だったら――。」
アルトは笑った。
「直しましょう。」
レオンが呆れた顔をする。
「お前は本当に、壊れているものを見ると直したくなるんだな。」
「だって、もったいないじゃん。」
「橋が壊れているんだぞ?」
「道があるのに使えない方が、もっともったいないよ。」
レオンは一瞬黙った。
そして、ふっと笑う。
「確かに、お前らしい。」
その日の午後。
アルトたちは古い街道を確認するため、現地へ向かった。
そこには、長い年月の間に草木が生い茂った道があった。
道幅は十分。
王都から北部へ抜けるには申し分ない。
ただし――。
途中にある橋が完全に崩れていた。
「これは……。」
エリシアが驚く。
アルトは崩れた橋を見つめる。
「確かに使えないね。」
「だから誰も使っていない。」
レオンが答える。
アルトは腕を組んだ。
そして、少し考えた。
「橋を作るのに、どれくらいかかる?」
「まともな橋なら数か月は必要だろう。」
「数か月……。」
アルトは橋の向こう側を見る。
「じゃあ、仮設橋にしましょう。」
「仮設?」
「荷馬車が渡れればいい。」
レオンが苦笑する。
「簡単に言うな。」
「でも、目的は物流を止めないことだから。」
アルトは崩れた橋の周囲を歩き始める。
そして――。
「あ。」
「どうした?」
川幅を見ていたアルトが突然立ち止まった。
「橋じゃなくてもいいかもしれない。」
「何?」
「水量が少ない。」
川の少し上流を見る。
「ここなら浅瀬を作れる。」
「荷馬車を川に?」
「そのままじゃないよ。」
アルトは地面に枝で簡単な図を描いた。
「石を並べて道を作る。」
「荷馬車が渡れる程度の浅瀬を作ればいい。」
レオンは図を見つめる。
「……渡河地点か。」
「そう。」
エリシアが目を輝かせる。
「橋を作らずに、川を渡るのね。」
「もちろん安全確認は必要だけどね。」
アルトは立ち上がった。
「使える道がないなら、新しく作る。」
そして、地図を見ながら笑う。
「商売も道も同じだよ。」
「詰まっているなら、別の流れを作ればいい。」
こうして――。
王国初となる本格的な「臨時物流網」の構築が始まることになった。
だが、その裏では。
北部の一部商人たちが、別の動きを始めていた。
物流が変われば、利益を失う者もいる。
アルトはまだ、その存在を知らなかった。
営業メモ⑧⑥
「問題が起きたとき、『どうしてできないのか』だけを考えてはいけない。『目的を達成するために、別の方法はないか』と考える。手段に固執せず、目的から逆算することが問題解決の基本である。」
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次回予告 第八十九話「営業課長、商人の反撃を受ける」
臨時物流網の構築が始まり、王都と北部を結ぶ新しい流れが生まれようとしていた。
しかし、その変化を歓迎しない者たちもいた。
「アルト君。どうやら君の改革を止めたい商人がいるようだ。」
初めて真正面から向けられる、商人たちからの敵意。
営業課長アルトは、戦わずして相手を味方に変えることができるのか――。




