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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第八十七話 営業課長、空っぽの荷台を埋める


 王宮へ戻ったアルトたちは、その足で商務大臣クラウスの執務室へ向かった。


 アルトの頭の中には、先ほど市場で聞いた話が残っている。


 ――帰りの荷台が空っぽ。


 それだけなら、単純な問題に聞こえる。


 だが、アルトは知っている。


 商売において「空っぽ」は、単なる空白ではない。


 そこには、まだ使われていない利益が眠っている。


「なるほど……。」


 クラウスはアルトの説明を聞き終えると、地図を見つめた。


「北部から王都へ小麦を運ぶ荷馬車が、帰りは空になる。」


「はい。」


「だから運送商は往復分の費用を小麦に乗せる。」


「その結果、小麦の価格が上がる。」


 アルトが頷く。


「そこで、王都から北部へ運ぶ商品を増やす。」


 クラウスは腕を組んだ。


「理屈は分かる。」


「ですが?」


「何を運ぶ?」


 アルトは少し笑った。


「そこなんです。」


「商品がないから空荷になるなら、商品を探せばいい。」


「しかし、北部の需要が分からない。」


「だから調査します。」


 クラウスは眉を上げた。


「調査?」


「はい。」


 アルトは机の上に紙を広げた。


「北部の各都市について、人口、主要産業、特産品、不足している商品、平均価格を調べます。」


 文官たちが顔を見合わせる。


「そんな情報を全部集めるのか?」


「全部じゃなくていいです。」


「まずは三つ。」


 アルトは指を立てた。


「何が足りないのか。」


「いくらなら買うのか。」


「どれくらい必要なのか。」


 クラウスが頷く。


「需要調査というわけか。」


「はい。」


 アルトは前世で営業課長をしていた頃を思い出していた。


 営業会議でよく言った言葉がある。


 ――売りたいものを売るな。


 ――欲しいものを売れ。


 商品ありきで考えると、必ずどこかで無理が出る。


 必要としている人を先に見つければいい。


「調査結果が出れば、王都で商品を集めます。」


「そして空いている荷台に積む。」


「そうです。」


 マルクが口を挟んだ。


「だが、問題はもう一つある。」


「何でしょう?」


「既存の商人たちだ。」


 アルトは頷いた。


「そうですね。」


 北部と王都の間には、すでに商人たちの取引が存在している。


 そこへ王宮が突然介入すれば、反発が起きる可能性がある。


「俺たちが新しい商売を始めるのではなく――。」


 アルトは少し考えた。


「既存の商人に協力してもらいます。」


「どうやって?」


「利益を増やします。」


 マルクが笑った。


「またそれか。」


「商人にとって一番分かりやすいですから。」


 その日の午後。


 商人ギルドの会議室には、北部と王都を行き来する運送商や商会の代表者が集められていた。


 ざっと二十人。


 誰もが腕利きの商人である。


 しかし、会議室の空気は重かった。


「王宮が物流に口を出すとはな。」


「俺たちは何年もこの商売をやっている。」


「子どもの思いつきで変えられるものじゃない。」


 アルトはその声を黙って聞いていた。


 反論はしない。


 営業で最もやってはいけないこと。


 それは、相手が話している途中で自分の正しさを押し付けることだ。


 全員が言い終わるまで待つ。


 そして――。


「皆さんのおっしゃることは、その通りだと思います。」


 商人たちが静かになる。


「……ほう。」


「皆さんは何年も北部と王都を往復している。」


「私よりずっと現場を知っています。」


 アルトは頭を下げた。


「だから、皆さんに商売を教えるつもりはありません。」


 その一言で、会場の空気が変わった。


「では何をしに来た?」


 アルトは笑った。


「皆さんの荷台を、もっと儲かる荷台にするためです。」


 数人の商人が顔を見合わせる。


「具体的には?」


 アルトは黒板へ向かった。


 まず一つ目。


 北部から王都へ――小麦。


 二つ目。


 王都から北部へ――生活用品。


 三つ目。


 その間を埋める――帰り荷。


「つまり、今まで空だった場所を使います。」


 商人の一人が腕を組む。


「そんな商品、誰が用意する?」


「王都の商会です。」


「誰が買う?」


「北部の商人です。」


「売れなかったら?」


「事前に注文を取ります。」


 商人たちがざわめく。


「注文?」


「はい。」


 アルトは説明を続ける。


「商品を積んでから売るのではなく、先に注文を取ってから積みます。」


「……。」


「売れ残りのリスクを減らせます。」


 マルクが感心したように呟く。


「受注販売か。」


「そうです。」


 アルトはさらに続けた。


「そして、注文した商人には少し安くします。」


「なぜだ?」


「先に注文してくれることで、運ぶ側も安心できるからです。」


 商人たちの顔つきが変わっていく。


 これは単なる物流改革ではない。


 商人にとっても利益になる仕組みだ。


 そこへ一人の大柄な商人が手を挙げた。


「坊主。」


「はい。」


「もしそれで本当に帰り荷が埋まるなら、俺は試してみてもいい。」


「ありがとうございます。」


「ただし、一つ条件がある。」


「何でしょう?」


「俺たちの商売を邪魔しないことだ。」


 アルトは即答した。


「もちろんです。」


「王宮が価格を決めたり、商人を選んだりしない。」


「その代わり。」


 アルトは笑った。


「協力した商人には、ちゃんと利益が出るようにします。」


 大柄な商人はしばらくアルトを見つめた。


 そして――。


「面白い坊主だ。」


 豪快に笑った。


「一回だけ乗ってやる。」


「ありがとうございます。」


 一人。


 また一人。


「俺も試してみよう。」


「うちもだ。」


「北部の知り合いに聞いてみる。」


 少しずつ手が挙がっていく。


 マルクはその光景を見ながら、静かに笑っていた。


 アルトは商人たちを説得したわけではない。


 商人たち自身に、


 ――やってみる価値がある。


 そう思わせたのだ。


 会議が終わった後。


 アルトは窓の外を眺めていた。


「うまくいきそうね。」


 隣にエリシアが立つ。


「まだ分かりません。」


「どうして?」


「商売は、計画通りにはいかないからです。」


 アルトは笑う。


「だから面白いんですよ。」


 その時――。


 一人の文官が慌てて部屋へ飛び込んできた。


「大変です!」


 全員が振り返る。


「北部から急報が入りました!」


「何があった?」


「街道の一部が――封鎖されています!」


 室内の空気が一変した。


 アルトは地図を見る。


 そこは、北部と王都を結ぶ主要街道だった。


「……なるほど。」


 アルトは小さく呟く。


「そう簡単にはいかないか。」


 物流改革は、ようやく始まったばかりだった。


営業メモ⑧⑤


「相手を説得するのではなく、『相手自身がやる価値がある』と思える仕組みを作る。営業では、押し売りよりもWin-Winの設計が強い。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第八十八話「営業課長、封鎖された街道を攻略する」


物流改革が始まった直後、北部と王都を結ぶ主要街道が封鎖された。


荷馬車は進めず、小麦の価格はさらに上昇する。


しかしアルトは、地図を見ながら不敵に笑う。


「街道が一本しかないなら――別の道を探せばいい。」


営業課長の次なる一手が、王国の物流そのものを変え始める――。

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