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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編
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第八十六話 営業課長、王女と市場を歩く


 王宮からの依頼を受けた翌日。


 アルトは王都の市場へ向かっていた。


 ただし――今日はいつものようにレオンと一緒ではない。


「アルト、準備はできた?」


「はい、エリシア王女。」


「だから、その呼び方はやめてって言っているでしょう?」


 エリシアは少し頬を膨らませた。


「今日は王女としてではなく、一人の視察者として来ているの。」


「でも王女様ですよね?」


「そうだけど……。」


「なら、王女様ですよね。」


「アルト!」


 エリシアがむっとする。


 アルトは思わず笑った。


「冗談です。」


「もう……。」


 二人が立っているのは、王宮の裏門近く。


 今日の目的は、王都の市場を実際に歩いて調査することだった。


 昨日、アルトが商務大臣へ提案した「物流改善案」。


 その第一段階として、アルト自身が現場を確認することになったのである。


 ただし、王女がそのまま市場へ出れば大騒ぎになる。


 そこでエリシアは質素な服装に着替え、身分を隠して同行することになった。


「本当に大丈夫ですか?」


 アルトが尋ねる。


「何が?」


「王宮の外を、こんな格好で歩いて。」


「大丈夫よ。何度か街へ出たこともあるもの。」


「へぇ。」


「その顔は信じていないでしょう?」


「ちょっとだけ。」


「もう!」


 二人は笑いながら市場へ向かった。


 王都の中央市場。


 そこには朝から多くの人が集まっていた。


 野菜。


 肉。


 魚。


 小麦。


 果物。


 布。


 革製品。


 さまざまな商品が所狭しと並んでいる。


 しかし――。


 アルトはすぐに違和感に気付いた。


「……おかしい。」


「何が?」


「小麦の店が多すぎる。」


 エリシアが市場を見回す。


「そう?」


「はい。」


 アルトは店を一軒ずつ確認していく。


「小麦を売っている店は多い。」


「でも、値段が高い。」


「昨日、大臣が言っていた通りね。」


「それだけじゃありません。」


 アルトは一軒の店の前で立ち止まった。


「見てください。」


 店の奥に大量の小麦袋が積まれている。


「こんなにあるのに……。」


「売り惜しみ?」


「その可能性もあります。」


 だが、アルトはすぐには決めつけなかった。


 営業では、推測と事実を混同してはいけない。


「聞いてみましょう。」


 二人は店主へ近づいた。


「すみません。」


「はい、いらっしゃい。」


 店主は二人を見て笑顔を浮かべる。


「小麦をお探しですか?」


「はい。」


 アルトは店の奥を指差す。


「あれだけ在庫があるのに、どうして値段が高いんですか?」


 店主の表情が少し曇った。


「仕入れ値が上がっているんですよ。」


「どこから仕入れていますか?」


「北部です。」


「運賃は?」


「以前の倍近くになりました。」


「倍?」


 アルトの目が鋭くなる。


「どうしてですか?」


「街道の通行料が上がったんです。」


 エリシアが驚く。


「通行料が?」


「ええ。最近、街道を使う商人が増えているので。」


 アルトは黙って考える。


(なるほど。)


 昨日の資料にはなかった情報だ。


「つまり、収穫量が減ったから値段が上がったわけじゃない。」


「運送コストが増えている。」


 アルトが呟く。


 エリシアも理解したように頷いた。


「それなら、王宮が小麦を買い取って配るだけでは解決しないわね。」


「その通りです。」


 アルトは店主に尋ねる。


「他にも困っていることはありますか?」


「困っていること?」


「仕入れや販売で、何か不便なことは?」


 店主は少し考えた。


「そうだな……。」


 そして、ぽつりと答える。


「帰りの荷物がないことだよ。」


「帰りの荷物?」


「北部から小麦を運んできた荷馬車が、帰りは空っぽで戻る。」


「……!」


 アルトの頭の中で、何かがつながった。


「つまり。」


「北部から王都へ小麦を運ぶ。」


「帰りは売る商品がない。」


「だから往復分の運賃を、行きの小麦に乗せる。」


「そういうことですか?」


 店主は頷く。


「そうだ。」


 アルトは思わず笑った。


「見つけた。」


「何を?」


 エリシアが尋ねる。


「解決の糸口です。」


 アルトは市場を見渡した。


「王都から北部へ運ぶ商品を作ればいい。」


「王都から北部へ?」


「はい。」


 アルトは指を一本立てる。


「北部から王都へ小麦を運ぶ。」


 さらにもう一本。


「王都から北部へ、別の商品を運ぶ。」


「帰りの荷台を空にしない。」


「往復で利益が出れば、小麦の輸送費を下げられる可能性があります。」


 エリシアは目を輝かせた。


「なるほど……。」


「物流は『片道』で考えるから高くなるんです。」


 アルトは市場の中を歩きながら続ける。


「往復で考えれば、別の答えが見えてきます。」


 しかし――。


 その時だった。


「お嬢ちゃんたち、随分と商売に詳しいじゃないか。」


 背後から声がした。


 振り返ると、一人の商人が立っていた。


 年齢は五十代ほど。


 日に焼けた顔。


 太い腕。


 そして何より、荷馬車を何台も所有していることが分かる商人だった。


「俺は北部と王都を行き来している運送商だ。」


「そうなんですか?」


「ああ。」


 男は腕を組む。


「だがな、お嬢ちゃん。」


「はい。」


「簡単に言うほど、商売は甘くない。」


「どうしてですか?」


「王都から北部へ運べる商品が少ないんだ。」


「……。」


「需要があるものは高い。」


「高いから売れない。」


「売れないから積めない。」


「だから帰りは空荷になる。」


 アルトは黙って聞いていた。


 そして、にっこり笑った。


「では――。」


「何だ?」


「売れる商品を作ればいいですね。」


「は?」


 商人が固まる。


 エリシアも目を丸くする。


 アルトは市場の中を見渡した。


 布。


 調味料。


 加工食品。


 工具。


 日用品。


 王都には、北部では不足しているものがいくらでもある。


「商品がないなら、作ればいい。」


 商人は呆れたように笑った。


「坊主、そんな簡単に――。」


「簡単ですよ。」


「……。」


「難しいのは、商品を作ることじゃありません。」


 アルトは商人を見上げる。


「誰が何を欲しがっているのかを調べることです。」


 商人の笑顔が消えた。


「需要を知れば、売る商品は決められます。」


「そして帰りの荷台が埋まれば――。」


 アルトは拳を軽く握った。


「小麦の輸送コストも下げられる。」


 商人はしばらく黙っていた。


 やがて、大きく息を吐く。


「……面白いな、お前。」


「ありがとうございます。」


「名前は?」


「アルトです。」


「アルト……。」


 商人が考え込む。


 その横でエリシアが小声で尋ねた。


「ねえ、アルト。」


「はい?」


「あなた、もしかして……。」


「何ですか?」


「市場を歩きながら、新しい商売を始めようとしていない?」


 アルトは少し考える。


「……そうかもしれません。」


「もう!」


 エリシアは思わず笑ってしまった。


 しかし二人はまだ知らない。


 この市場視察で得た「帰り荷」という発想が、後に王国の物流改革を大きく動かすことになるとは――。


 そして。


 王宮が抱える問題は、小麦不足だけではなかった。


 アルトが次に向き合うことになるのは――。


 商人たちが長年「仕方がない」と諦めていた、もう一つの問題だった。


営業メモ⑧④


「問題を一方向から見ると、解決策が見えないことがある。『行き』だけではなく『帰り』を見る。売る側だけではなく、買う側を見る。視点を変えることで、眠っていた利益が見えてくる。」


━━━━━━━━━━━━━━


次回予告 第八十七話「営業課長、空っぽの荷台を埋める」


市場視察で見つけた「帰り荷」という問題。


アルトは王都と北部を結ぶ物流を変えるため、新たな商流を作ろうと動き始める。


しかし、そこには既存の商人たちが抱える「ある事情」があった。


果たしてアルトは、商人たちを巻き込みながら物流改革を実現できるのか――。

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