第八十三話 営業課長、商談試験で大人を翻弄する
数日後――。
アルトはレオンとともに王都へ到着していた。
朝日に照らされた王都商人ギルドは、以前訪れた時よりもずっと大きく見える。
白い石造りの建物には、各地の商会の紋章が掲げられ、多くの商人が忙しそうに出入りしていた。
「相変わらずすごい人だな……。」
レオンは感心したように辺りを見回す。
「村とは別世界だ。」
「でも、お父さん。」
アルトは笑った。
「商売の基本は村でも王都でも変わらないよ。」
「そういうものか?」
「相手が喜ぶことを考える。それだけ。」
レオンは苦笑した。
「お前に言われると妙に説得力がある。」
受付で名前を告げると、案内役の女性職員が丁寧に頭を下げた。
「アルト・レインハルト様ですね。マルク様がお待ちです。」
応接室へ入ると、マルクが笑顔で迎えてくれた。
「待っていたよ、アルト君。」
「よろしくお願いします。」
「今日は実技試験だけだ。」
「筆記は?」
「君の場合は過去の実績で免除になった。」
「えっ?」
アルトだけでなく、レオンまで目を丸くする。
「そんなことがあるんですか?」
「ああ。」
マルクは書類を机へ置いた。
「市場の整備、パン祭りの運営、販路開拓、新商品の企画。」
「……。」
「十分すぎる実績だ。」
(実績採点か。)
営業でも履歴書だけではなく、成果を評価される会社は多かった。
理にかなっている。
「では試験内容を説明しよう。」
マルクが扉を開ける。
隣の部屋には五人の商人が座っていた。
年齢は三十代から六十代。
全員が王都でも名の知れた商人らしい。
「この方々が試験官だ。」
空気が一気に張り詰める。
一番年長の男性が腕を組む。
「坊や。」
「はい。」
「我々を相手に商談してもらう。」
「承知しました。」
「商品はこちらで用意する。」
机の上へ置かれたのは――
一枚の布だった。
灰色で地味。
特別高級にも見えない。
「この布を売ってみせろ。」
部屋が静まり返る。
(なるほど。)
営業課長時代なら新人研修でよくある課題だった。
商品説明だけする人間は売れない。
相手を理解した人間だけが売れる。
アルトは布を一度だけ触る。
「質問してもいいですか?」
「質問?」
「もちろん。」
「皆さんは、この布を誰に売りたいんですか?」
試験官たちが顔を見合わせる。
「……ほう。」
若い商人が笑う。
「普通は商品の説明を始めるんだが。」
「説明しても意味がありません。」
「なぜだ?」
「相手が決まってないからです。」
アルトは続ける。
「貴族向けですか?」
「平民向けですか?」
「旅人向けですか?」
「職人向けですか?」
「用途で売り方は全部変わります。」
試験官の一人が思わず笑った。
「面白い。」
年長の商人が口元を緩める。
「では旅人向けだ。」
「ありがとうございます。」
アルトは一礼した。
「では売ります。」
布を手に持ち、ゆっくり話し始める。
「旅をしていると荷物は少しでも軽い方がいいですよね。」
「……。」
「この布は軽く、小さく畳めます。」
「雨の日には荷物を包める。」
「寒い夜には肩へ掛けられる。」
「食事の時は敷物にもなる。」
「汚れたら包帯代わりにも使える。」
試験官たちは黙って聞いている。
「つまり、この布は一枚で五つ以上の役割があります。」
アルトは笑った。
「旅人は荷物を減らしたい。」
「だから私は布ではなく、『安心』を売ります。」
一人の試験官が小さく息を呑む。
(反応が変わった。)
営業は商品の話ではない。
未来の話だ。
商品を買ったあと、相手がどう幸せになるか。
そこを語る。
「価格が少し高くても?」
試験官が意地悪そうに尋ねる。
「高いですね。」
アルトはあっさり答えた。
「なら売れない。」
「……。」
「だから価格ではなく価値を伝えます。」
「価値?」
「宿代を一回節約できるかもしれません。」
「荷物を減らせます。」
「風邪を防げます。」
「旅を快適にできます。」
「そう考えれば安いですよね。」
部屋が静まり返った。
次の瞬間――。
パチ……パチ……。
一人の試験官が拍手した。
続いてもう一人。
そして全員が拍手を送り始める。
「参った。」
「布を売るのではなく未来を売る、か。」
「その発想はなかった。」
マルクも笑顔で腕を組む。
「さすがだ。」
しかし年長の試験官だけは静かだった。
「最後の質問だ。」
「はい。」
「君は営業とは何だと思う?」
部屋中の視線がアルトへ集まる。
アルトは少しだけ考え、ゆっくり答えた。
「営業とは――」
一呼吸置く。
「人を幸せにする仕事です。」
その言葉に、誰一人として反論する者はいなかった。
試験官たちは静かに頷き合う。
年長の試験官は立ち上がり、アルトの前まで歩いてくる。
「試験は終了だ。」
その表情には、先ほどまでの厳しさはなかった。
「結果は明日、正式に発表する。」
アルトは深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
その背中を見送りながら、マルクは確信していた。
(この少年は、いずれ王国の商業を変える存在になる。)
そして翌日、商人ギルド本部には一枚の合格者名簿が掲げられることになる――。
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営業メモ⑧①
「商品を売るのではなく、『商品を使った後の未来』を伝えることが営業の本質。人は物ではなく、自分が得られる価値にお金を払う。」
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次回予告 第八十四話「営業課長、最年少アドバイザー誕生」
商人ギルドの試験結果がついに発表される。
史上最年少の快挙に王都中が騒然。
しかし、その知らせは王宮にも届き、新たな依頼がアルトを待ち受けていた――。




