第八十二話 営業課長、商人ギルドの試練を受ける
パン祭りの大成功から三日後。
ミルフィ村には、相変わらず朝から香ばしい匂いが漂っていた。
以前は各家庭でしか焼かれていなかったパンが、今では村の共同窯でも焼かれるようになり、朝になると子どもたちが焼き立てを買いに走っていく。
「アルト坊ちゃーん! 今日の黒パン、昨日より柔らかいよ!」
「ほんとだ!」
焼き立てを受け取ったアルトは、小さくちぎって口へ運ぶ。
(いい……。職人同士が競い始めた。品質競争が始まってる。)
価格だけではなく、美味しさでも競争する。
営業課長だった頃、何度も見てきた理想的な市場の姿だった。
そんな様子を眺めていたレオンが腕を組む。
「村がここまで変わるとはな……。」
「まだ途中だよ、お父さん。」
「まだなのか?」
「ここからが本番。」
アルトはにやりと笑った。
「売れる商品ができても、それを広げる仕組みが必要だからね。」
その日の昼。
一台の豪華な馬車が村へ入ってきた。
降りてきたのは見覚えのある壮年の男性だった。
「おお、アルト君!」
「マルクさん!」
王都商人ギルドの幹部、マルクだった。
パン祭りの噂は王都にも届いていたらしい。
「君の村が面白いことをしていると聞いてね。」
「わざわざ?」
「ああ。」
マルクは村を見回し、感心したように何度もうなずく。
「短期間でここまで発展させるとは……。」
共同窯。
整備された広場。
並ぶ屋台。
笑顔で働く村人。
「数字以上に、人の顔が変わっている。」
商人らしい観察眼だった。
その言葉にアルトは嬉しくなる。
(やっぱり一流は見る場所が違う。)
村長も合流し、一行は集会所へ向かった。
そこでマルクが切り出す。
「今日は一つ提案がある。」
「提案?」
「商人ギルドには若き才能を認定する制度がある。」
村人たちがざわついた。
「認定?」
「商人ではなくても受けられる。商売や経営、流通の知識を持つ者だけが挑戦できる試験だ。」
アルトの耳がぴくりと動く。
(資格制度か。)
「合格すれば?」
「王都商人ギルド公認の『商業アドバイザー』として扱われる。」
「へぇ。」
「各地の領主や商会から相談を受けられるようになる。」
村長が思わず立ち上がる。
「そんな名誉ある資格を、この子が?」
「推薦したい。」
部屋が静まり返る。
「アルト君なら十分に資格がある。」
レオンが思わず咳き込む。
「ごほっ!」
「うちの息子が?」
「ええ。」
マルクは真剣だった。
「年齢は問題ではありません。」
「しかし……。」
「実績なら王都の商人でも敵わない者が大勢います。」
村人たちは顔を見合わせる。
「確かに……。」
「祭りも成功したしな。」
「パンも売れてる。」
「市場まで作っちまった。」
アルトは少しだけ困った顔をした。
(目立ちすぎるなぁ……。)
本当はもっと静かに暮らしたかった。
だが、ここまで来れば隠し通せる段階ではない。
「試験は難しいんですか?」
「もちろん。」
マルクは笑う。
「知識だけでは受からない。」
「ほう?」
「実際に商談をまとめる試験もある。」
「実技?」
「そう。」
アルトの目が輝く。
(面白そうじゃないか。)
筆記だけなら暗記勝負。
しかし商談なら違う。
相手を理解し、利益を作り、信頼を築く。
営業課長として積み重ねた経験が、そのまま武器になる。
「受けます。」
即答だった。
部屋中が驚く。
「即決か!」
「迷わないのか?」
アルトは笑う。
「挑戦できるなら挑戦したい。」
「失敗するかもしれないぞ?」
「失敗したら勉強になります。」
その返事を聞いたマルクは大きく笑った。
「はっはっは!」
「ますます気に入った!」
レオンも苦笑する。
「本当に肝が据わってるな、お前は。」
「営業は断られてからが勝負だからね。」
「また難しいことを言う。」
村人たちは意味は分からないまま笑った。
その笑い声が集会所いっぱいに広がる。
こうしてアルトは、王都商人ギルドの正式試験へ挑戦することになった。
それは、村だけではなく王国中を舞台にした、新たな一歩の始まりでもあった。
営業メモ⑧⓪
「資格そのものより、『第三者から信頼を証明してもらう』ことに価値がある。実績と信用が組み合わさると、仕事の幅は一気に広がる。」
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次回予告 第八十三話「営業課長、商談試験で大人を翻弄する」
王都商人ギルドで始まる実技試験。
歴戦の商人たちを相手に、アルトは営業課長時代の交渉術を披露する。
果たして最年少受験者は、大人たちの常識を覆せるのか。




