第七十九話 営業課長、王都商会と握手する
ベルナール大交易祭が閉幕した夜。
港町は昼間の賑わいが嘘のように静かだった。
露店を片付ける人々の表情には疲れが見える。
だが、それ以上に大きな達成感があった。
「今年一番の売上だ!」
「うちの干物も全部売り切れたぞ!」
「予約まで入った!」
あちこちから喜びの声が聞こえてくる。
町長ロイドも、何度も売上帳を見返していた。
「夢ではありませんよね……。」
「夢ではありません。」
アルトは微笑む。
「皆さんが努力した結果です。」
その時、一人の護衛が足早にやって来た。
「アルト様。」
「王都商会の代表、ダリウス様がお会いしたいそうです。」
部屋の空気が変わる。
ガレスが思わず身構えた。
「ついに来ましたか……。」
ドルガは腕を組む。
「文句でも言いに来たか?」
アルトは首を横に振る。
「まずは、お話を聞きましょう。」
◇
応接室。
ダリウスは窓から港を眺めていた。
「いい祭りだった。」
アルトが入室すると、振り返って静かに口を開く。
「ありがとうございます。」
「正直に言おう。」
ダリウスは苦笑した。
「私は君の失敗を見に来た。」
「値下げをしない祭りなど成功するはずがないと思っていた。」
アルトは黙って話を聞く。
「だが、私の負けだ。」
「客は価格ではなく、この街を選んだ。」
そう言ってダリウスは深く頭を下げた。
その場にいた全員が驚く。
王都最大級の商会の代表が、一人の少年へ頭を下げたのだ。
◇
「ですが。」
ダリウスは顔を上げる。
「一つだけ聞きたい。」
「はい。」
「なぜ私を敵にしなかった?」
アルトは少しだけ笑った。
「敵ではありませんから。」
「……何?」
「王都商会が多くの商品を扱えるからこそ、王国の物流は支えられています。」
「それは素晴らしいことです。」
ダリウスは目を細めた。
「私は君の祭りを潰そうとした。」
「それでもか?」
「はい。」
アルトは即座に答えた。
「競争は必要です。」
「ですが、潰し合いは誰も幸せになりません。」
「一緒に市場を大きくした方が、お客様も、生産者も、商人も幸せになれます。」
部屋は静まり返った。
その考え方は、この世界の商人にはない発想だった。
◇
しばらく沈黙が続いた後、ダリウスは笑い出した。
「ははは!」
「面白い!」
「君は本当に十二歳か?」
「年齢は秘密です。」
アルトが冗談めかして答えると、部屋に笑いが広がった。
「分かった。」
ダリウスは真剣な表情へ戻る。
「提案がある。」
「聞かせてください。」
「ベルナールの商品を、王都商会が王国中へ販売する。」
ロイドが立ち上がる。
「本当ですか!」
「ただし。」
ダリウスはアルトを見つめる。
「品質は絶対に落とさないこと。」
「約束できますか?」
アルトは迷わなかった。
「もちろんです。」
「利益よりも、信頼を優先します。」
ダリウスは満足そうに頷いた。
「ならば契約成立だ。」
二人は固く握手を交わした。
◇
翌日。
ベルナールの広場では、商人たちが大きな歓声を上げていた。
「王都でも売れる!」
「うちの商品が王国中へ届くぞ!」
若い漁師たちも目を輝かせる。
「もっと頑張ろう!」
「いい魚を獲ろう!」
街全体が、新しい未来へ向かって動き始めていた。
町長ロイドはアルトへ歩み寄る。
「アルト様。」
「何でしょう?」
「私は商売とは、奪い合うものだと思っていました。」
「でも違いました。」
「皆で豊かになる方法もあるのですね。」
アルトは港を見渡す。
多くの船が行き交い、人々が笑顔で働いている。
「営業とは。」
静かに言葉を紡ぐ。
「勝つことではありません。」
「相手と一緒に成功することです。」
その言葉を聞いたダリウスは、小さく笑みを浮かべた。
「その考え方。」
「王都でも広めてもらおう。」
ベルナールで始まった改革は、一つの港町を越え、王国全土へ広がろうとしていた。
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営業メモ⑦⑦
『競争相手は、未来の協力者になることもある。』
競争は市場を成長させる。
しかし、互いを潰そうとすれば、最後には全員が疲弊してしまう。
相手の強みを認め、自分の強みと組み合わせることで、一人では作れない価値が生まれる。
営業とは、「勝ち負け」を競う仕事ではなく、「共に成功する未来」をつくる仕事である。
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――次回、第八十話「営業課長、王都商業会議へ」
ベルナールの成功は、王国中の商人たちへ衝撃を与えた。
王都で開かれる商業会議。
そこでアルトは、王国の未来を左右する大演説に挑む。




