第七十七話 営業課長、価値で勝負する
ベルナール大交易祭まで、あと五日。
港町は祭りの準備で大賑わいだった。
色鮮やかな旗が港に掲げられ、露店が次々と組み立てられていく。
子どもたちは走り回り、大人たちは忙しくも楽しそうに働いていた。
しかし、その活気とは裏腹に、町役場の会議室には重苦しい空気が漂っていた。
「また値下げです。」
商人の一人が頭を抱える。
机の上には王都商会が配った新しいチラシが置かれていた。
『交易祭期間限定 全商品三割引!』
「昨日は二割引だったのに……。」
「このままじゃ、うちも値下げするしかない。」
「利益なんて残らないぞ。」
次々と不安の声が上がる。
町長ロイドも苦い顔をしていた。
「アルト様。」
「このままでは、お客様が全部向こうへ流れてしまいます。」
全員の視線がアルトへ集まる。
◇
アルトはチラシを手に取り、静かに眺めた。
「皆さん。」
「一つ質問してもいいですか?」
商人たちは頷く。
「皆さんは、なぜベルナールで商売をしていますか?」
突然の質問だった。
「それは……。」
魚屋の主人が答える。
「親父の代から続く店だから。」
「俺は、この港の魚が好きだから。」
「私は、この街のお客さんが好きだから。」
それぞれが、自分の理由を口にする。
アルトは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「では、その理由は値段で決まりますか?」
会議室が静まり返る。
「違いますよね。」
「皆さんが売っているのは、魚だけではありません。」
「この街の誇りです。」
◇
アルトは黒板へ大きく書いた。
『価格競争をしない』
「えっ?」
「値下げしないんですか?」
商人たちが驚く。
「はい。」
「もし相手が三割引なら、次は五割引になります。」
「さらに七割引。」
「最後は誰も儲かりません。」
ガレスが頷く。
「終わりのない勝負ですね。」
「その通りです。」
アルトはもう一つ言葉を書き加えた。
『価値競争』
「価値?」
「例えば、この干物。」
アルトは魚屋の商品を手に取る。
「この魚を焼いて試食できます。」
「漁師さん本人が獲れた時の話をしてくれます。」
「おすすめの食べ方も教えます。」
「さらに、お買い上げいただいた方へ、ベルナール特製の香辛料を少しだけお付けしましょう。」
魚屋の主人は目を丸くした。
「そんなことで売れるのか?」
「売れます。」
アルトは笑顔で答える。
「人は『物』ではなく、『体験』を買うんです。」
◇
翌日から、街は大きく変わり始めた。
魚屋では炭火で焼いた魚の香りが漂う。
「どうぞ! 焼きたてですよ!」
「この魚は今朝、沖合で獲れたばかりなんです!」
子どもたちが笑顔で試食する。
鍛冶屋では、小さな包丁作り体験が始まった。
木工職人は子ども向けの船作り教室を開いている。
料理人は海鮮スープの試飲会を始めた。
街全体が、一つの大きな舞台になっていた。
◇
その様子を見た王都商会の支配人・ダリウスは眉をひそめる。
「売上はどうだ。」
部下が慌てて報告する。
「最初は順調でしたが……。」
「昼頃からベルナールへ人が流れています。」
「理由は?」
「体験が面白いと評判になっています。」
ダリウスは机を軽く叩いた。
「面白い。」
「値段ではなく、楽しさで客を集めるか。」
そしてゆっくりと立ち上がる。
「ならば私も行こう。」
「この目で、その営業課長を見てみたい。」
ベルナール最大の交易祭。
その幕が上がる直前、ついに最大のライバルが動き出した。
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営業メモ⑦⑤
『価格で選ばれるより、価値で選ばれる存在になろう。』
値下げは誰でもできる。
しかし、「この人から買いたい」と思ってもらえる価値は、一朝一夕では作れない。
知識、体験、信頼、楽しさ。
価格以外の魅力を積み重ねることで、お客様は長く応援してくれる。
営業とは、値段ではなく価値を届ける仕事である。
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――次回、第七十八話「営業課長、交易祭開幕」
ついにベルナール大交易祭が始まる。
王都商会との真っ向勝負。
アルトは営業課長として培った知恵で、街の未来を懸けた一日に挑む。




