第七十六話 営業課長、王都商会との対決
ベルナール大交易祭の準備が本格化して三日目。
港はすでに祭りの熱気を帯び始めていた。
仮設の屋台が並び、職人たちは試作品を持ち寄り、漁師たちは新しい漁法の説明に追われている。
「想像以上に活気が出てきましたね。」
ガレスが感心したように呟く。
アルトは頷きながらも、どこか遠くを見ていた。
「まだです。」
「まだ、足りません。」
「え?」
「本当の競争相手が、まだ動いていません。」
その言葉の直後だった。
港の入口がざわつく。
「王都の商会だ!」
「大商会の使者が来たぞ!」
人々が一斉に振り向く。
◇
現れたのは、豪華な馬車だった。
金の装飾が施され、従者たちが整然と並ぶ。
その中央から、一人の男が降り立つ。
整えられた髪。
高価な衣服。
そして、余裕を隠そうともしない笑み。
「初めまして。」
男は軽く頭を下げた。
「王都商会連合の代表、カインと申します。」
その名を聞いた瞬間、周囲の空気が変わる。
町長ロイドが小声で呟く。
「王都でも最大級の商会……。」
「なぜこんな場所に……。」
カインはアルトへ視線を向けた。
「あなたが噂の少年ですか。」
「グランディアを立て直し、港まで変えたという。」
アルトは静かに頷く。
「アルトです。」
「ご用件は?」
カインは笑みを深めた。
「単刀直入に言いましょう。」
「その交易祭、我々が引き受けましょう。」
◇
一瞬、場が凍りつく。
「……引き受ける?」
ガレスが眉をひそめる。
カインは当然のように続けた。
「王都商会が全面的に支援すれば、規模は十倍になります。」
「宣伝も、資金も、人員も。」
「あなた方だけでは限界があるでしょう?」
アルトはすぐに答えなかった。
代わりに、港を見渡す。
職人たち。
漁師たち。
商人たち。
皆、自分たちの手で祭りを作ろうとしている。
その姿を見てから、ゆっくりと口を開いた。
「お断りします。」
カインの笑みが一瞬だけ止まる。
「理由を聞いても?」
アルトは静かに言った。
「この祭りは、売るためのものではありません。」
「この街の価値を、自分たちの手で証明するためのものです。」
「外から完成品を持ち込まれては意味がありません。」
カインは小さく息を吐いた。
「なるほど。」
「では、競争ですね。」
その言葉に、空気が一気に張り詰める。
◇
その夜。
港の一角。
カインは部下たちと報告を受けていた。
「どう思いますか、代表。」
「正直、無謀です。」
部下が答える。
「ベルナールの規模では、王都商会に勝てません。」
カインはワインを回しながら笑った。
「そうだな。」
「普通なら、な。」
窓の外を見る。
港ではまだ人々が準備を続けている。
「だが、あの少年は違う。」
「数字では動かないタイプだ。」
「では、どうしますか?」
カインは静かにグラスを置いた。
「簡単だ。」
「市場を先に押さえる。」
「商人をこちらに引き込めばいい。」
「祭りの前に、価値を奪う。」
その目は冷たかった。
◇
翌朝。
ベルナールの商人たちのもとに、王都商会からの契約書が届き始める。
「通常の三倍の仕入れ価格だと?」
「輸送費も全額負担?」
「こんな条件、見たことがない……。」
商人たちがざわつく。
その情報はすぐに港全体へ広がった。
ロイドは青ざめる。
「まずい……。」
「このままでは、交易祭の前に商人が引き抜かれる。」
ガレスがアルトを見る。
「どうしますか?」
アルトは静かに契約書を手に取った。
そして一言。
「想定内です。」
その目は揺れていなかった。
営業課長として、何度も経験してきた。
競合が現れたとき、焦るのではなく、まず相手の戦略を見る。
そして、その上を行く。
アルトはゆっくりと立ち上がった。
「反撃を始めましょう。」
ベルナール大交易祭は、ただの祭りではなくなった。
王都最大商会との、真正面からの市場競争へと変わっていく。
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営業メモ⑦④
『競合が現れたときこそ、価値の本質が問われる。』
条件で勝負する相手には、条件で戦ってはいけない。
価格や規模ではなく、「なぜそれをやるのか」という本質で差がつく。
営業とは、数字の勝負ではなく、価値の勝負である。
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――次回、第七十七話「営業課長、価値で勝負する」
王都商会の圧倒的な条件攻勢。
揺らぐ商人たち。
その中でアルトは、ベルナールだけの“本当の価値”を示すための一手を打つ。




