第七十三話 営業課長、港の利権を暴く
翌朝、まだ空が白み始めたばかりの頃。
アルトはガレスと護衛二人を連れ、閉鎖されたはずの桟橋へ向かっていた。
潮風が静かに吹き抜け、港はまだ眠っている。
「本当に誰か来るのでしょうか。」
ガレスが小声で尋ねる。
「来ます。」
アルトは迷いなく答えた。
「もし何もやましいことがないなら、昼間に堂々と使えばいい。」
「わざわざ人目を避ける理由がありません。」
営業でも同じだった。
隠そうとする行動には、必ず理由がある。
その理由を知れば、本当の課題が見えてくる。
◇
しばらくすると、小さな明かりが海の向こうに現れた。
「船です。」
護衛が囁く。
一隻の小舟が音もなく桟橋へ近づいてくる。
船から降りてきた男たちは、素早く木箱を運び始めた。
「魚ではありませんね。」
アルトは目を細める。
魚なら急いで運ぶ必要がある。
しかし男たちは、一つひとつの木箱を丁寧に扱っていた。
まるで壊れ物のように。
「護衛隊長。」
「はい。」
「まだ動かないでください。」
「証拠を押さえます。」
護衛たちは息を潜めた。
◇
荷物を運び終えた男たちは、倉庫へ入っていく。
アルトたちは物陰から様子を窺っていた。
倉庫の扉が少しだけ開いている。
中から話し声が聞こえてきた。
「今月も順調だな。」
「ああ。」
「正規の港へ入る船を待たせている間に、こちらは自由に荷を動かせる。」
「手数料も倍取れる。」
男たちは笑っていた。
アルトは静かに帳面へ書き込む。
『正規航路を意図的に遅らせ、不正な荷運びを優先』
その一文を書き終えると、小さく息を吐いた。
「やはり……。」
「港の混雑は事故ではなかった。」
◇
その日の昼。
アルトは町長ロイドを伴い、再び海運組合を訪れた。
組合長グレインは余裕の笑みを浮かべている。
「また来たか。」
「ええ。」
アルトは穏やかに答えた。
「昨日、閉鎖中だと伺った桟橋について確認したいことがあります。」
グレインの笑みがわずかに消える。
「あそこは危険だ。」
「だから閉鎖している。」
「そうですか。」
アルトは机の上へ一枚の紙を置いた。
「では、こちらは何でしょう。」
そこには昨夜記録した荷物の搬入時間、人数、小舟の到着時刻が細かく記されていた。
さらに護衛が描いた簡単な見取り図も添えられている。
グレインの表情が固まった。
「……。」
「閉鎖された桟橋で荷物を運び込む。」
「正規の船を待たせる。」
「その間に特定の商人だけを優先する。」
「これは偶然ではありません。」
部屋の空気が張り詰める。
◇
その時、一人の若い組合員が立ち上がった。
「もうやめましょう!」
部屋中の視線が集まる。
「俺たちは港を良くしたくて働いてきた!」
「なのに今は、一部の商人だけが得をする仕組みになっている!」
グレインが怒鳴る。
「黙れ!」
「黙りません!」
若者は震えながらも叫んだ。
「昔の組合長は違った!」
「誰でも公平に船を出せる港を目指していた!」
その言葉に、年配の組合員たちも顔を伏せる。
アルトは静かに若者へ歩み寄った。
「勇気を出してくださって、ありがとうございます。」
そして組合員全員を見渡す。
「皆さんにお聞きします。」
「この港を守りたいですか。」
しばらく沈黙が続く。
やがて一人、また一人と頷き始めた。
「守りたい。」
「昔みたいな港へ戻したい。」
その声は少しずつ広がっていく。
グレインは拳を握り締めたまま動かなかった。
アルトは確信した。
敵は海運組合ではない。
組織を私物化した一部の人間だけなのだ。
営業課長として最も大切にしてきたこと。
それは、問題と人を切り分けて考えることだった。
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営業メモ⑦①
『問題を憎んでも、人まで敵にしてはいけない。』
組織が間違った方向へ進む時、その中には本当に良くしたいと願う人も必ずいる。
人を責めるのではなく、問題の仕組みを変える。
そうすれば、反対していた人もやがて仲間になってくれる。
営業とは、人を味方にしながら課題を解決する仕事である。
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――次回、第七十四話「営業課長、公平な港を取り戻す」
海運組合の不正は明らかになった。
アルトは新たな港の運営制度を提案し、ベルナールの未来を懸けた大改革へ乗り出す。




