第七十一話 営業課長、不満の正体を聞き出す
「税の取り立てだ!」
港に響いた怒鳴り声に、人々の表情が一斉に曇った。
荷を運んでいた商人たちは手を止め、役人たちを睨みつけている。
一方の役人も険しい表情のまま帳簿を開き、決められた税額を読み上げていた。
「期限は今日までだ。」
「払えない者は荷を預かる。」
「そんな!」
若い商人が声を荒らげる。
「昨日は一隻も船が来なかったんだ!」
「売上もないのに払えるわけがない!」
役人は困ったように眉をひそめた。
「私も命令で来ている。」
「規則は規則だ。」
双方の言い分は平行線だった。
◇
「止めましょう。」
アルトが二人の間へ入る。
「君は誰だ?」
役人が怪訝そうな顔をする。
町長ロイドが前へ出た。
「こちらは国王陛下より派遣された改革顧問、アルト様です。」
その一言で、港が静まり返る。
役人たちは慌てて頭を下げた。
「し、失礼いたしました。」
アルトは首を横に振る。
「頭を下げる必要はありません。」
「皆さん、それぞれ仕事をしているだけですから。」
その言葉に、役人も商人も少しだけ表情を和らげた。
◇
その日の午後。
アルトは港の集会所へ商人たちを集めた。
「今日は解決策を話す前に、皆さんのお話を聞かせてください。」
すると、一人の年配商人が苦笑した。
「話したところで変わらん。」
「どうしてそう思うのですか?」
「今まで何度も訴えた。」
「だが誰も聞いちゃくれなかった。」
アルトは静かに頷く。
「今日は違います。」
「私は反論しません。」
「最後まで聞きます。」
その言葉に、商人たちは顔を見合わせた。
やがて一人が口を開く。
「税が高い。」
続いて別の商人。
「いや、それだけじゃない。」
「船が来る時間に役所が閉まっている。」
「積荷の検査だけで半日待たされる。」
「港の使用許可が出るまで二日もかかる。」
「書類が多すぎる。」
次々と不満があふれ出す。
アルトは一言も遮らず、すべてを紙へ書き留めていく。
◇
二時間後。
机の上には何枚もの紙が並んでいた。
ガレスが驚いたように言う。
「こんなに問題が……。」
アルトは苦笑した。
「いえ。」
「実際の問題は、もっと少ないですよ。」
「え?」
アルトは紙を並べ替える。
『税が高い』
『検査が遅い』
『許可が遅い』
『役所が閉まるのが早い』
それぞれを一本の線で結んだ。
「皆さんが困っている原因は一つです。」
「手続きに時間がかかり過ぎています。」
町長ロイドが目を見開く。
「確かに……。」
「税の金額だけではありませんでした。」
「ええ。」
アルトは頷く。
「商人が欲しいのは、安い税ではありません。」
「早く商売ができることです。」
その一言に、部屋は静まり返った。
前世でも同じだった。
価格を下げてほしいと言うお客様も、本当は価格ではなく「納期」や「手間」を問題にしていることが多い。
言葉どおりに受け取ってはいけない。
本当の困りごとを見つける。
それが営業の仕事だった。
◇
その頃、集会所の外。
一人の男が窓越しに中を覗いていた。
黒い帽子を深くかぶり、商人たちの話をじっと聞いている。
「……アルト。」
男は小さく呟いた。
「面倒な奴が来たな。」
その胸元には、小さな銀色の錨の紋章が光っていた。
ベルナールで絶大な影響力を持つ海運組合。
その紋章だった。
港町の衰退は、税だけではない。
街には、まだ誰も気付いていない”もう一人の支配者”が存在していた。
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営業メモ⑥⑨
『相手の言葉ではなく、その奥にある本当の困りごとを聞こう。』
「高い」「遅い」「不便だ」という言葉は、多くの場合、本当の問題ではない。
なぜそう感じるのかを丁寧に聞き続けることで、本当の課題が見えてくる。
営業とは、話す技術よりも「聞く技術」が成果を左右する仕事である。
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――次回、第七十二話「営業課長、港を支配する影」
ベルナール衰退の裏には、海運組合による巧妙な利権構造があった。
アルトは街の未来を取り戻すため、新たな交渉の舞台へ挑む。




