第六十五話 営業課長、黒幕との駆け引き
「敵は、こちらが慌てることを期待しています。」
翌朝、アルトはドルガ、バルド、ガレス、そして鉱山の責任者を集めて言った。
「ならば、こちらは慌てない。」
静かな声だった。
しかし、その一言だけで皆の表情が落ち着いていく。
営業課長だった頃もそうだった。
大きなクレームが発生すると、社内は混乱する。
責任の押し付け合い。
憶測。
根拠のない噂。
そんな時ほど、冷静な人間が全体をまとめる必要があった。
「まず確認します。」
アルトは地図を机へ広げる。
「崩落したのは第二坑道だけ。」
「はい。」
「鉱石の保管庫は無事。」
「その通りです。」
「運搬路も一本だけ使えなくなった。」
「ええ。」
アルトは頷いた。
「つまり敵は、『完全に止める』のではなく、『少しだけ困らせる』ことを選んでいます。」
「なぜだ?」
ドルガが首をかしげる。
「止めるなら全部壊せばいい。」
「それでは目立ち過ぎるからです。」
アルトは静かに答えた。
「相手は事故に見せかけたい。」
「だから被害を最小限に抑えている。」
バルドが腕を組む。
「なるほど……。」
「確かに、その方が調査も遅れる。」
◇
その日の午後。
アルトは意外な提案を口にした。
「噂を流しましょう。」
「噂?」
ガレスが驚く。
「はい。」
「『第三坑道から、とても質の高い魔石が見つかった』という噂です。」
部屋が静まり返る。
ドルガが目を丸くした。
「そんな話、嘘じゃねぇか。」
「ええ。」
アルトはあっさり認めた。
「ですが、目的は騙すことではありません。」
「敵を動かすことです。」
営業では、市場調査のために反応を見ることがある。
どんな情報に食いつくのか。
誰が動くのか。
そこから相手の目的が見えてくる。
「もし密輸組織が本当に鉱石を狙っているなら。」
「必ず第三坑道を調べに来ます。」
バルドは思わず笑った。
「なるほど。」
「餌を撒くわけか。」
「はい。」
「相手が動けば、こちらも正体を掴めます。」
◇
その夜。
噂は街中へ広がった。
『第三坑道で希少な魔石が見つかった。』
酒場。
市場。
宿屋。
人が集まる場所では、その話でもちきりだった。
もちろん、密輸組織の耳にも届くように。
そして深夜。
第三坑道の近くで見張っていた護衛が、小さく息を呑んだ。
「来た……!」
月明かりの下。
黒い外套をまとった三人組が、周囲を警戒しながら坑道へ近づいていく。
その中の一人。
右頬には大きな傷。
昼間、鉱夫が証言した特徴と一致していた。
護衛はすぐに合図を送る。
少し離れた岩陰で待機していたアルトたちにも、その知らせが届いた。
「やはり。」
アルトは静かに立ち上がる。
「敵はこちらの噂に反応しました。」
「どうする?」
ドルガが大槌を握る。
「捕まえるか?」
アルトは首を横に振った。
「まだです。」
「え?」
「末端を捕まえても、黒幕までは辿り着けません。」
バルドもすぐに理解した。
「泳がせるのか。」
「はい。」
「誰と接触し、どこへ戻るのか。」
「そこまで見届けてから動きます。」
ドルガは豪快に笑う。
「坊主、お前は本当に営業なのか?」
アルトも苦笑する。
「営業は、お客様だけではなく競合も分析しますから。」
「相手を知ることが、一番の武器なんです。」
三人の男たちは坑道を調べ終えると、山道を下り始めた。
アルトたちは気付かれない距離を保ちながら、その後を追う。
月明かりの先に見えたのは――
グランディア商人ギルドではなく、街外れの古びた倉庫だった。
「……あそこが拠点か。」
アルトは静かに呟く。
事件は、いよいよ核心へ近づいていた。
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営業メモ⑥④
『相手を動かす質問が、本当の情報を引き出す。』
営業では、自分から話し続けるよりも、相手が自然と動きたくなる状況を作ることが大切だ。
人は行動すると、多くの情報を残す。
その行動を観察することで、本当の目的や考えが見えてくる。
聞き出せない時は、動きを見る。
それも営業の重要な技術である。
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――次回、第六十六話「営業課長、密輸組織の罠」
ついに突き止めた密輸組織の拠点。
しかし、それは敵が仕掛けた巧妙な罠だった。
アルトは営業課長として培った冷静な判断力で、仲間たちを危機から救えるのか。




