第六十一話 営業課長、共存の道を示す
翌日。
グランディア商業組合の大広間には、街中の職人と商人が集められていた。
鍛冶職人。
鉱山労働者。
武具商。
運搬業者。
総勢五十名を超える人々が、互いを警戒するように距離を置いて座っている。
「何が始まるんだ?」
「また揉め事か?」
ざわめきが広がる中、アルトは壇上へ上がった。
その姿を見て、一部の商人は露骨に眉をひそめる。
「子どもが何を話すつもりだ。」
「どうせ理想論だろ。」
そんな声も聞こえてきた。
しかしアルトは慌てなかった。
営業課長だった頃、百人規模のプレゼンも経験している。
会議で反対意見を浴びることなど、珍しくもなかった。
大切なのは、最初に”敵”を作らないこと。
「皆さん。」
アルトは穏やかな声で話し始めた。
「今日は、誰かを責めるために集まっていただいたわけではありません。」
会場が少し静かになる。
「まず、一つだけ質問させてください。」
アルトは職人たちを見渡した。
「自分の仕事に誇りを持っている方。」
すると、ほとんどの職人が手を挙げた。
ドルガも静かに腕を上げる。
次にアルトは商人へ視線を向ける。
「自分の仕事に誇りを持っている方。」
こちらも、多くの手が挙がった。
バルドも、ゆっくりと腕を上げる。
アルトは微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「つまり、皆さんは同じなんです。」
「……同じ?」
誰かが呟く。
「はい。」
「職人は、良いものを届けたい。」
「商人は、良いものを売りたい。」
「どちらも、お客様に喜んでもらいたい。」
「目的は同じなんです。」
会場が静まり返る。
今まで、そんな考え方をした者はいなかった。
「では、なぜ対立するのでしょう?」
アルトは黒板に二本の線を描いた。
一本には『職人』。
もう一本には『商人』。
その間に、大きな溝を書き加える。
「この溝の正体は何でしょう。」
誰も答えられない。
アルトはチョークを置いた。
「それは、『知らない』ことです。」
「職人は、商人の苦労を知らない。」
「商人は、職人の苦労を知らない。」
「だから、お互いを誤解してしまう。」
バルドは腕を組んだまま、小さく目を閉じた。
確かに、自分は工房で一日中鉄を打ったことはない。
一方で職人も、王都まで商品を運び、値段交渉をし、売れ残りの責任を負う商人の苦労を知らない。
「営業課長だった頃。」
アルトは前世を思い出すように空を見た。
「会社の中でも、営業部と製造部が対立することがありました。」
もちろん、この世界の人々に”会社”という言葉は伝わらない。
「私のいた組織でも、作る人と売る人がぶつかっていました。」
と言い換える。
「でも、一緒に仕事をすると、お互いの大変さが分かるようになります。」
「分かれば、責める言葉は減ります。」
「感謝の言葉が増えます。」
ドルガはゆっくりと頷いた。
「……確かにな。」
すると、一人の若い商人が立ち上がる。
「でも、どうすればいいんです?」
「簡単です。」
アルトは笑顔で答えた。
「一緒に仕事をしましょう。」
「え?」
「今後、職人が作る武具には品質保証書を付けます。」
「販売は商人が担当する。」
「売れた利益は、あらかじめ決めた割合で分ける。」
「さらに、お客様から届いた感想は、必ず職人へ届ける。」
「職人はお客様の声を知り、さらに良い商品を作る。」
「商人は職人の想いを知り、自信を持って販売する。」
「これが、本当の共存です。」
会場は静まり返っていた。
やがて、一人の老人が立ち上がる。
鉱山で四十年以上働いてきた職人だった。
「坊主。」
「はい。」
「そんな仕組み……今まで誰も考えたことがなかった。」
その言葉をきっかけに、あちこちから賛同の声が上がる。
「悪くない。」
「試してみる価値はある。」
「俺も参加したい。」
最後まで黙っていたバルドが、ゆっくりと立ち上がった。
皆の視線が集まる。
「アルト。」
初めて名前で呼んだ。
「私は、お前を敵だと思っていた。」
「ですが。」
「今は違う。」
バルドは深く頭を下げた。
「商人ギルドを代表して協力を約束しよう。」
その瞬間、大広間は大きな拍手に包まれた。
アルトは静かに息をつく。
営業とは、商品を売る仕事ではない。
人と人をつなぐ仕事だ。
その信念が、また一つ街を動かしたのだった。
⸻
営業メモ㊿⑩
『対立の原因は、多くの場合「知らないこと」にある。』
相手を敵だと思う前に、相手の立場を知る。
何に苦労し、何を守ろうとしているのかを理解できれば、対立は協力へと変わる。
営業とは、人と人との間に橋を架ける仕事である。
━━━━━━━━━━━━━━
――次回、第六十二話「営業課長、新ブランド誕生」
職人と商人が手を取り合い、新たな販売制度が始動。
しかし、成功の陰でグランディアの鉱山に隠された”ある異変”が、静かにその姿を現し始める。




