第六十話 営業課長、商人ギルドと対決
ドルガの剣が金貨三十枚で売れた翌日。
その話は、あっという間にグランディア中へ広まっていた。
「ドルガの剣が三倍の値段で売れたらしい。」
「王都の貴族が買ったそうだ。」
「本当なら、俺たちの武具ももっと高く売れるんじゃ……。」
職人たちの間には、これまでになかった期待が生まれていた。
一方で、その期待を快く思わない者もいた。
商人ギルドの会議室。
長い机を囲む十数人の商人たちは、重苦しい空気に包まれていた。
「このままでは困る。」
口を開いたのは、有力商人バルドだった。
「職人どもが直接評価されるようになれば、我々の利益が減る。」
一人の商人が不安そうに尋ねる。
「しかし、本当に品質が良い商品なら、高く売れるのは当然では?」
「甘い。」
バルドは机を叩いた。
「市場は我々が管理しているからこそ成り立っている。」
「職人が好き勝手に値段を付け始めたら、市場は混乱する。」
その言葉に、数人の商人が頷いた。
「ならば、どうするおつもりですか?」
「簡単だ。」
バルドは笑う。
「素材を止める。」
◇
その日の午後。
ドルガの工房へ鉱石を運ぶ荷車は、一台も現れなかった。
「おかしい……。」
工房で働く弟子が首を傾げる。
「いつもなら朝には届くはずなのに。」
そこへ、鉱山の運搬業者が申し訳なさそうにやって来た。
「すまねぇ、親方。」
「今日は運べねぇ。」
「どういうことだ?」
「商人ギルドから止められた。」
ドルガの表情が険しくなる。
「……やりやがったか。」
◇
夕方。
事情を聞いたアルトは、静かに紅茶を口にした。
怒る様子はない。
「アルト様。」
ガレスが焦ったように言う。
「このままでは工房は止まります!」
「ええ。」
アルトは穏やかに頷く。
「相手は、こちらが慌てるのを待っています。」
「ですが!」
「営業で一番やってはいけないことがあります。」
皆がアルトを見る。
「感情で動くことです。」
怒りに任せて抗議する。
力で押し返す。
それでは相手の思う壺だ。
「まずは相手を知りましょう。」
◇
翌日。
アルトは一人で商人ギルドを訪れた。
応接室にはバルドが腕を組んで座っている。
「坊主が一人で来るとはな。」
「今日はお願いに来たわけではありません。」
アルトは笑顔を崩さない。
「お話をしに来ました。」
「話?」
「ええ。」
「なぜ、ドルガさんを止めたのですか?」
バルドは鼻で笑う。
「決まっている。」
「秩序を守るためだ。」
「秩序ですか。」
「そうだ。」
「職人は作る。」
「商人は売る。」
「それぞれ役割がある。」
「それを壊す者は、市場を壊す。」
アルトはしばらく考えたあと、小さく頷いた。
「なるほど。」
「つまり、あなたは市場を守りたいんですね。」
予想外の返答だったのか、バルドは少し驚いた顔をする。
「……そうだ。」
「それなら安心しました。」
「何?」
アルトはにっこり笑った。
「私も同じ考えです。」
部屋の空気が止まる。
「市場は守るべきです。」
「だからこそ、一部の人だけが利益を独占する市場ではなく、職人も商人も消費者も笑顔になれる市場を作りたい。」
「綺麗事だ。」
「いいえ。」
アルトは静かに首を振る。
「商人が利益を得ることを否定しているわけではありません。」
「商人には商人にしかできない価値があります。」
「物流。」
「販路。」
「顧客との信頼。」
「それは職人には真似できません。」
バルドは黙って聞いていた。
「ですが。」
アルトは続ける。
「職人が正当な評価を受けることと、商人が利益を得ることは両立できます。」
「……証明できるのか?」
「もちろんです。」
アルトは一枚の紙を机に置いた。
そこには、新しい販売方法が書かれていた。
『職人認定制度』
『品質保証書』
『販売手数料制度』
「商人は”安く買って高く売る”のではありません。」
「“価値を伝えて販売する専門家”になるんです。」
バルドは紙を手に取り、目を通す。
その表情から、少しずつ険しさが消えていった。
「坊主……。」
「お前は商人を敵にしたいんじゃないのか?」
「まさか。」
アルトは笑う。
「営業は、敵を作る仕事じゃありません。」
「味方を増やす仕事です。」
その一言に、部屋は静まり返った。
バルドは初めて、目の前の少年を”子ども”ではなく、一人の交渉相手として見つめた。
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営業メモ㊿⑨
『交渉とは、勝ち負けを決めることではない。』
相手を言い負かしても、その場限りの勝利しか得られない。
本当に優れた営業は、「相手にも利益がある」と理解してもらうことで、長く続く信頼関係を築く。
勝者と敗者を作るのではなく、双方が笑顔になれる答えを探す。
それが、営業の理想形である。
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――次回、第六十一話「営業課長、共存の道を示す」
アルトが提案した新たな販売制度。
しかし、それを実現するには職人たちの理解も必要だった。
商人と職人。
長年対立してきた両者を結ぶ、アルト最大のプレゼンが始まる。




