第六話 赤ちゃん、魔力をつまんでみる
祝福の儀から数日。
アルトには、気になって仕方がないものがあった。
(あれだ……。)
人の周りを漂う、不思議な光。
父レオンは赤。
母セシリアは緑。
エマは水色。
執事ガルドは濃い灰色。
(ガルドさんだけ渋すぎない?)
本人はいつも無表情なのに、魔力まで落ち着いた色をしている。
(性格が出るのか?)
いや、決めつけはよくない。
営業時代、一番やってはいけないことは「思い込み」だった。
(まずは仮説。)
(そして検証だ。)
◇ ◇ ◇
昼下がり。
アルトはベビーベッドで一人になっていた。
(チャンス。)
誰もいない。
赤ちゃんにとって、一人の時間は貴重である。
(さて。)
アルトは自分の手を見つめた。
じっと集中する。
すると――。
(あ、あった。)
指先の周りに、白く淡い光。
前にも見たことがある。
(これ……俺の魔力か。)
試しに、人差し指をゆっくり動かしてみる。
光も少しだけ動いた。
(おっ?)
もう一度。
今度は手を握る。
すると光も、ぎゅっと小さくまとまった。
(なるほど。)
偶然じゃない。
自分の意思で、少しだけ動いている。
(面白い。)
営業メモには書けないが、これは大発見だ。
◇ ◇ ◇
アルトは夢中になった。
開く。
閉じる。
開く。
閉じる。
光も動く。
(……。)
(これ、ストレス解消になるな。)
四十二年間、仕事で溜まった疲れが癒やされる。
まるでプチプチを潰している気分だ。
その時だった。
「アルト様?」
エマの声。
(しまった!)
慌てて手を下ろす。
「あー。」
赤ちゃんのふり。
「一人遊びしてたんですね。」
(セーフ。)
エマは気づいていない。
(危ない危ない。)
まだ誰にも知られるわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
セシリアが花瓶の花を飾っていた。
緑色の光が腕から指先へ流れる。
すると、少し元気のなかった花が、しゃんと背筋を伸ばした。
(やっぱり。)
魔法は、光が流れてから起きている。
原因と結果がある。
(ということは……。)
魔力は「気合い」じゃない。
ちゃんと法則がある。
アルトは目を細めた。
(この世界の人は、『なんとなく』で使ってる。)
(でも、仕組みはあるはずだ。)
営業でも同じだった。
売れる人は感覚で売る。
でも、その感覚を言葉にできれば、誰でも成長できる。
(魔法も同じかもしれない。)
◇ ◇ ◇
夜。
レオンが帰宅した。
「ただいま!」
「お帰りなさい。」
アルトは父を見る。
赤い光。
今日も強い。
だが――。
(少し揺れてる。)
レオンは笑っている。
しかし肩が少し下がっていた。
「今日は訓練が厳しくてな。」
「新人が筋肉痛で動けなくなった。」
(新人にやらせ過ぎたな。)
営業時代にもいた。
「新人なんだから、このくらいできるだろ?」
そう思って教える上司。
でも新人には新人の限界がある。
(教えるって難しいんだよな。)
そんなことを考えていると、レオンがアルトを抱き上げた。
「父さんも疲れたぞー。」
アルトは思わずレオンの頬に手を伸ばした。
ぽん。
その瞬間だった。
赤い光が、ほんの少しだけ穏やかになる。
「……ん?」
レオンが目を丸くする。
「疲れが軽くなった気がする。」
「あなた、気のせいでは?」
「そうかもしれんな。」
二人は笑い合う。
もちろん、誰も気づいていない。
アルト自身も。
(あれ?)
(今、何かした?)
本当に偶然だったのか。
それとも――。
◇ ◇ ◇
寝る前。
アルトは今日の成果を整理していた。
・魔力は見える。
・少しだけ動かせる。
・魔法は法則で動いている。
・そして……。
(俺の魔力。)
(誰かに触れると反応する?)
まだ一回だけ。
偶然かもしれない。
営業でも、一件だけではデータにならない。
最低三件。
できれば十件。
(検証あるのみ。)
アルトは満足そうに目を閉じた。
その様子を見ていたレオンが、優しく微笑む。
「最近のアルトは、寝る前に難しい顔をするな。」
「将来は学者さんかもしれませんね。」
セシリアも笑う。
アルトは心の中で苦笑した。
(いや……。)
(営業課長です。)
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営業メモ⑤
『一回の成功は偶然。三回続けば傾向。十回続けば確信。』
焦って結論を出さない。
それが営業でも、魔法でも、一番大切なことだ。
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次回――「ハイハイ開始。営業課長、行動範囲を広げます。」




