第五話 祝福の儀と、ちょっと変わった赤ちゃん
アルトが生まれてから三か月。
今日は屋敷が朝から慌ただしかった。
「奥様、お召し物はこちらです。」
「旦那様、馬車の準備が整いました。」
「神官様も間もなく到着されます。」
(……何かあるな。)
アルトはエマに抱っこされながら、屋敷中を見回した。
いつもより使用人の数も多い。
父レオンは何度も鏡を見ている。
母セシリアは落ち着かない様子で深呼吸を繰り返していた。
(営業先へのプレゼン前みたいだ。)
◇ ◇ ◇
やがて、一台の豪華な馬車が屋敷へ到着する。
降りてきたのは、白い法衣をまとった初老の神官だった。
「お待たせしました。」
「本日は祝福の儀を執り行わせていただきます。」
レオンとセシリアは深々と頭を下げる。
(祝福の儀?)
アルトは初めて聞く言葉だった。
◇ ◇ ◇
儀式は屋敷の礼拝室で行われた。
祭壇の中央には、透明な水晶。
神官は穏やかに微笑む。
「では、アルト様を。」
セシリアがそっとアルトを抱き上げ、水晶の前へ。
神官が小さく祈りを捧げる。
部屋の空気が変わる。
(……来る。)
アルトの周りに、あの不思議な光が集まり始めた。
赤。
青。
緑。
白。
さまざまな色がゆっくりと渦を巻く。
(やっぱり見える。)
神官は水晶に手を添えた。
「神よ、この子に宿る才能をお示しください。」
水晶が淡く輝く。
やがて光は落ち着き、神官が静かに口を開いた。
「……風属性。」
レオンが息を呑む。
「魔力量は……中の上。」
セシリアも真剣な表情で聞いている。
「総合評価は――」
少し間があった。
「良。」
部屋が静まり返る。
「十分に優秀なお子様です。」
神官は穏やかに続ける。
「ですが、飛び抜けた才能というわけではありません。」
「努力次第で立派な魔法使い、あるいは騎士になれるでしょう。」
レオンは安心したように笑った。
「十分だ。」
「健康なら、それで十分です。」
セシリアも優しくアルトを抱きしめる。
「ええ。」
(……。)
アルトだけが首をかしげていた。
(違う。)
確かに水晶は光った。
だが――
(途中で色が消えた。)
赤。
青。
緑。
最後に、見たことのない銀色の光が一瞬だけ混じった。
しかし、水晶はその色を映さなかった。
(見えてなかったのか?)
それとも。
(測れなかった?)
◇ ◇ ◇
儀式が終わる。
神官はアルトを見つめ、少しだけ不思議そうな顔をした。
「……。」
「どうかなさいましたか?」
レオンが尋ねる。
「いえ。」
神官は首を横に振った。
「ほんの一瞬、不思議な気配を感じただけです。」
「気のせいでしょう。」
(気のせいじゃないと思うけど。)
アルトは心の中だけで答えた。
◇ ◇ ◇
帰り際。
神官はレオンへ小声で言った。
「アルト様は、とても落ち着いておられますな。」
「ええ。」
「夜泣きもしません。」
「それどころか……。」
レオンは少し困ったように笑う。
「人の話を聞いている気がするのです。」
神官も笑った。
「ははは。」
「三か月の赤ちゃんですよ?」
「考えすぎでしょう。」
(いや、聞いてます。)
(全部。)
◇ ◇ ◇
その夜。
レオンは嬉しそうにアルトを抱き上げた。
「風属性か!」
「父さんと同じだ!」
「一緒に剣の稽古をしような!」
(いや、まだ首も完全に座ってないんだけど。)
レオンは上機嫌で部屋を歩き回る。
その勢いで――
ゴン。
柱に肩をぶつけた。
「痛っ!」
「あなた、本当に今日は浮かれていますね。」
セシリアが笑う。
アルトは小さくため息をついた。
(この人……。)
(騎士としては超一流なのに。)
(家の中では危なっかしいな。)
でも、そんな父が少しだけ好きだった。
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営業メモ④
『評価は基準で決まる。基準にないものは、存在しないことになる。』
前世でも、新しい提案は「前例がない」と却下された。
この世界でも、測れないものは「ない」と判断されるのかもしれない。
アルトは眠りにつきながら、あの銀色の光を思い出していた。
(あれは……何だったんだろう。)
その答えを知る日は、まだ遠い。
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次回――「赤ちゃん、魔力をつまむ。」




