第四話 あれ? これ、みんな見えてないの?
アルトが転生して二か月。
最近、彼には気になることがあった。
(また見える……。)
ぼんやりと。
本当にぼんやりと。
人の周りに、薄い光のようなものが漂っている。
最初は気のせいだと思っていた。
赤ちゃんだから目がぼやけているのかもしれない、と。
だが違った。
(今日は青っぽい。)
エマの周りには、淡い水色。
(お父さんは赤っぽい。)
レオンは燃えるような赤。
(お母さんは……緑?)
セシリアの周りには、柔らかな緑色の光が揺れている。
(何なんだ、これ。)
誰に聞いても答えてくれそうにない。
そもそも聞けない。
「だー。」
が限界である。
◇ ◇ ◇
その日、アルトは父の膝の上に座っていた。
「よーし、今日は父さんとお散歩だ!」
(高い高いじゃないだけマシか。)
レオンに抱かれ、中庭を歩く。
そこへ騎士が一人やってきた。
「レオン隊長、お疲れ様です!」
「おう。」
アルトは思わず騎士を見た。
(あれ?)
その人の光は少し弱い。
しかも赤色がところどころ薄くなっている。
(疲れてる?)
騎士は笑っていた。
だが笑顔が少しぎこちない。
「昨日も夜警だったそうだな。」
「はい、少し寝不足で……。」
(やっぱり。)
営業時代にもいた。
「大丈夫です。」
と言いながら、全然大丈夫じゃない人。
レオンはその様子を見て笑った。
「今日は早めに帰れ。」
「ありがとうございます!」
騎士の表情が少し明るくなる。
すると、不思議なことに――
赤い光も少しだけ強くなった。
(え……。)
偶然?
それとも……。
◇ ◇ ◇
昼食の時間。
セシリアがスープを飲んでいる。
その周りには、ふわふわと緑色の光。
(きれいだな。)
アルトは思わず手を伸ばした。
ぱしっ。
「きゃっ。」
光ではなく、スプーンをつかんでしまった。
スープが飛ぶ。
「あっ!」
レオンの服に直撃。
部屋が静まり返る。
(終わった。)
四十二年の社会人経験が告げる。
これは謝る場面だ。
しかし。
「ぶふっ!」
レオンが吹き出した。
「はははは!」
「アルトの初攻撃だ!」
セシリアも笑い始める。
エマも笑う。
ガルドだけが無言でレオンの服を拭いていた。
(……優しい世界だ。)
前世なら会議資料にコーヒーをこぼしただけで大騒ぎだった。
ここでは笑い話になる。
悪くない。
◇ ◇ ◇
午後。
アルトは窓際で外を眺めていた。
風が吹く。
木々が揺れる。
その時だった。
庭に置かれた落ち葉が、ふわりと宙に浮いた。
(風?)
いや。
違う。
近くを歩いていたセシリアが、何気なく手を動かしただけだった。
落ち葉はくるりと回り、きれいに一か所へ集まる。
「これくらいなら魔法を使うほどでもないけれど。」
そう言って、セシリアは微笑んだ。
(今……。)
(何か流れた。)
緑色の光が、腕から指先へ。
そして落ち葉へ。
ほんの一瞬だった。
だが、アルトにははっきり見えた。
(これが……魔法?)
胸が高鳴る。
この世界には、本当に魔法がある。
そして、その動きが自分には見えている。
◇ ◇ ◇
その夜。
アルトはベッドの中で何度も今日の出来事を思い返していた。
赤い光。
青い光。
緑の光。
そして、セシリアの魔法。
(もしかして……。)
(あれは魔力なのか?)
まだ確信はない。
でも、一つだけ分かったことがある。
前世で営業をしていた頃。
「人の表情」を見続けていた。
今世では、
「人の周り」を見続けている。
観察することだけは、前世から何も変わらない。
その時、寝室の扉がそっと開いた。
レオンが寝顔を見に来たのだ。
「今日も元気だったな。」
優しく頭を撫でる。
アルトはその手を見つめた。
赤い光が、ゆっくりと流れている。
(……もっと見たい。)
(もっと知りたい。)
そんな好奇心を抱いた瞬間。
レオンが優しく笑った。
「そんなに父さんの顔が好きか?」
(違う。)
(見てるのは光なんだ。)
でも、それを説明する言葉はまだ持っていない。
だから今は、小さく笑うしかなかった。
「あぅ。」
レオンは満足そうに頷く。
「やっぱり父さんが一番好きなんだな!」
(その結論になるのか……。)
アルトは心の中だけで苦笑した。
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営業メモ③
『人は、見えているものだけで判断してしまう。だからこそ、本当に大切なのは「見えないもの」を観察することだ。』
前世では「表情」。
今世では「魔力」。
違う世界でも、見るべきものは同じなのかもしれない。
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次回――「祝福の儀。アルト、人生初の適性検査。」




