第三話 営業課長、まずは情報収集です
アルトが転生して、一か月。
「ほら、アルト様。今日はいいお天気ですよ。」
メイドのエマに抱っこされ、中庭へ連れてこられた。
(おお……。)
初めてゆっくり外を見る。
広い庭。
色とりどりの花。
噴水。
訓練場らしき広場。
遠くには大きな城壁も見える。
(なるほど。)
(ここはかなり大きな屋敷だ。)
営業時代の癖で、自然と周囲を観察してしまう。
(庭師は二人かな。)
芝生の刈り方が場所によって違う。
担当が分かれている証拠だ。
(掃除担当は几帳面だな。)
窓ガラスが曇っていない。
使用人の教育も行き届いている。
「アルト様、何を見てるんですか?」
エマが笑う。
(仕事ぶりです。)
もちろん言えない。
「だぁ。」
「ふふっ、今日はご機嫌ですね。」
(伝わらないなあ……。)
◇ ◇ ◇
その時だった。
「こらー!」
庭の向こうから怒鳴り声が聞こえた。
若い庭師が、年配の庭師に頭を下げている。
「申し訳ありません!」
「だから昨日のうちに終わらせろと言っただろ!」
(ああ……。)
アルトは一瞬で状況を理解した。
(報連相不足だ。)
前世でも何度も見た光景だった。
新人は「今日中に終わる」と思っていた。
先輩は「昨日中」と思っていた。
言葉が足りない。
だから怒られる。
(どこの会社でも同じだな。)
エマは困ったように二人を見る。
「また始まっちゃいました。」
(いつものことか。)
その時、アルトは思わず声を上げた。
「あー!」
二人が同時に振り向く。
「アルト様?」
アルトは年配の庭師を指差し、
次に若い庭師を指差す。
「あー!」
「え?」
エマは首を傾げる。
もちろんアルトに説明はできない。
(両方悪い。)
(いや、悪いというより、お互い説明不足なんだ。)
結局、庭師たちは頭を下げ合い、作業へ戻っていった。
「仲直りできてよかったですね。」
エマが嬉しそうに微笑む。
(……いや、俺は何もしてない。)
◇ ◇ ◇
その日の昼。
アルトはリビングで父レオンを観察していた。
騎士の制服を脱ぎ、ソファでぐったりしている。
(疲れてるな。)
書類を見てはため息。
紅茶を飲んではため息。
また書類を見てため息。
(あれは戦いで疲れた顔じゃない。)
(事務仕事だ。)
レオンは突然立ち上がった。
「セシリア!」
「どうしました?」
「新人が全然育たん!」
(やっぱり。)
アルトは心の中で頷く。
「剣は教えられる!」
「でも教え方が分からん!」
(あるあるだ……。)
営業課長時代。
トップ営業マンが必ずしも教育上手ではなかった。
「できる人」と「教えられる人」は違う。
レオンはまさにそのタイプらしい。
(惜しいな。)
(この人、本当はすごく優しい。)
(だから部下も慕ってる。)
(でも説明が感覚なんだ。)
「見て覚えろ!」
「気合いだ!」
そんな教え方をしている姿が、容易に想像できた。
(それじゃ育たないよ、お父さん。)
◇ ◇ ◇
夕方。
エマがアルトをあやしていた。
「アルト様は本当に大人しいですね。」
「他の赤ちゃんはもっと泣くんですよ。」
(そりゃ中身四十二歳だから。)
「それに、人の顔をよく見ますよね。」
「まるで考えてるみたい。」
アルトはドキリとした。
(まずい。)
観察しすぎたか?
赤ちゃんらしくしなければ。
そう思った瞬間。
「ぶぇっ!」
盛大にしゃっくりが出た。
「あはは!」
エマが笑う。
「やっぱり赤ちゃんですね。」
(助かった……。)
◇ ◇ ◇
その夜。
ベッドに寝かされると、アルトは今日一日を思い返していた。
この屋敷には優秀な人が多い。
でも――。
「伝え方」が少し惜しい。
それだけで、もっと良くなる。
前世では当たり前だったことが、この世界では当たり前ではないのかもしれない。
アルトは小さく拳を握った。
(今は何もできない。)
(でも、いつか必ず。)
(この経験を誰かの役に立てよう。)
そう決意した、その時だった。
「アルト〜。」
レオンが寝室をのぞき込み、にこにこと笑う。
「おやすみ。」
頭をなでようとして――
勢い余って、自分の額をベッドの柱にぶつけた。
ゴンッ!
「痛っ!」
「あなた、大丈夫ですか?」
セシリアが慌てて駆け寄る。
アルトは小さくため息をついた。
(……新人教育の前に、お父さんは周りをよく見よう。)
――営業メモ②――
『観察すると、相手の困りごとが見えてくる。』
営業も子育ても、人付き合いも。
まずは相手を見ることから始まる。
アルトはそう心に刻み、静かに眠りについた。
――次回「魔力って、もしかして見えてる?」




