第五十八話 営業課長、頑固職人を口説く
【1万PVありがとうございます!】
おかげさまで、本作が総PV1万を達成しました。
読んでくださる皆様、ブックマークや評価、感想で応援してくださる皆様、本当にありがとうございます。
第3部も始まり、アルトの物語はさらに大きく動き出します。
これからも楽しんでいただけるよう更新を続けていきますので、引き続きよろしくお願いいたします!
翌朝。
アルトは宿の食堂で朝食を済ませると、街の案内役を務める商業組合の職員・ガレスと合流した。
「今日は鍛冶工房をご覧になりますか?」
「ぜひお願いします。この街で一番腕のいい職人に会いたいんです。」
その言葉に、ガレスは困ったように笑った。
「腕だけなら間違いなく一番です。しかし……」
「しかし?」
「誰の話も聞きません。」
「なるほど。」
アルトは思わず笑った。
「営業としては、一番燃える相手ですね。」
◇
案内された工房は街外れにあった。
大きな煙突から白い煙が立ち上り、朝から鉄を打つ音が響いている。
カンッ!
カンッ!
リズムよく振り下ろされる大槌。
工房へ入ると、一人の大男が真っ赤に焼けた鉄を打っていた。
年齢は五十代半ば。
鍛え上げられた腕。
鋭い目付き。
近寄るだけで威圧感がある。
「親方。」
ガレスが声を掛ける。
「王都から視察に来られたアルト様です。」
男は一瞬だけこちらを見た。
「帰れ。」
それだけ言って、再び槌を振り下ろす。
ガンッ!
「……話も聞いていただけませんか?」
「聞く必要がねぇ。」
「なぜです?」
「貴族ってのは、現場を知らずに偉そうなことだけ言う。」
一切迷いのない返答だった。
「補助金を出す。」
「効率化しろ。」
「もっと利益を出せ。」
「そんな話なら聞き飽きた。」
アルトは黙って親方を見つめる。
怒っているのではない。
諦めているのだ。
「親方。」
「何だ。」
「一つだけお願いがあります。」
「断る。」
「商品を一つだけ見せてください。」
親方は眉をひそめた。
「売り込みに来たんじゃありません。」
「……。」
「純粋に、職人として作ったものを見てみたいんです。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて親方は工房の奥から一本の剣を持ってきた。
「これだ。」
アルトは受け取り、ゆっくり観察する。
美しい刃紋。
重心のバランス。
握りやすい柄。
どれを見ても一級品だった。
「……素晴らしい。」
アルトは思わず息を呑む。
「こんな剣、王都でも滅多に見ません。」
親方は初めて手を止めた。
「本当に分かるのか?」
「ええ。」
アルトは静かに頷く。
「私は剣の専門家ではありません。でも営業でした。」
「営業?」
「はい。」
「だから分かるんです。」
アルトは剣を大切に机へ置いた。
「これは売れていない商品じゃありません。」
「?」
「売り方を間違えられている商品です。」
その一言で、工房の空気が変わった。
「どういう意味だ。」
「この品質なら王侯貴族でも欲しがります。」
「だが商人は安くしか買わねぇ。」
「当然です。」
アルトは即答した。
「商人は『鉄の剣』として買っていますから。」
「……。」
「でも私は違います。」
アルトは剣を持ち上げた。
「これは『熟練職人が一本一本鍛えた作品』です。」
「作品……。」
「誰が作ったか。」
「どんな技術で作られたか。」
「どれだけ丈夫なのか。」
その価値が伝わっていない。
「値段ではなく、価値を売る。」
前世でも何度も口にした言葉だった。
安売り競争をする会社ほど苦しくなる。
価値を伝えられる会社ほど利益を残せる。
「親方のお名前は?」
「……ドルガ。」
「ドルガさん。」
アルトは笑顔を向ける。
「あなたの剣には、あなたの名前が入っていません。」
「名前?」
「ええ。」
「王都では、有名な画家の絵なら高く売れます。」
「有名な魔導士の杖も高く売れます。」
「なのに、なぜ鍛冶職人だけ名前を隠すんです?」
ドルガは目を見開いた。
今まで一度も考えたことがなかった。
「私は『ドルガ作』というブランドを作るべきだと思います。」
「ブランド……。」
「あなたの技術を信用して買う人を増やすんです。」
しばらく沈黙が流れる。
やがてドルガは低く笑った。
「ガハハハハ!」
豪快な笑い声が工房中に響く。
「面白ぇ坊主だ。」
「初めてだ。」
「俺の腕じゃなく、俺自身を評価した奴は。」
アルトも笑った。
「営業は、人を見る仕事ですから。」
ドルガはゆっくりと右手を差し出した。
「気に入った。」
「好きに見ていけ。」
その大きな手を、アルトもしっかり握り返した。
営業課長として積み重ねてきた経験。
その積み重ねが、一人の職人との信頼を結んだ瞬間だった。
⸻
営業メモ㊿⑦
『商品ではなく、人を売れ。』
同じ商品でも、「誰から買うか」で価値は変わる。
人はモノだけを見ているわけではない。
その商品に込められた想いや、作り手への信頼にお金を払っている。
だからこそ、営業は商品説明よりも、「人」を伝えることが大切なのだ。
━━━━━━━━━━━━━━
――次回、第五十九話「営業課長、ブランド戦略を始める」
アルトの提案で動き始めた「ドルガブランド」。
しかし、それを快く思わない商人たちが動き出す。
既得権益との最初の衝突が、グランディアで幕を開ける。




