第五十七話 営業課長、鉱山都市へ向かう
王都からの正式な依頼を受けた翌朝。
アルトは父の執務室で、北部鉱山都市グランディアについての資料に目を通していた。
「鉄鉱石、銅鉱石、魔石……。王国でも有数の資源都市ですね」
「ああ。しかし、近年は税収も人口も伸び悩んでいる」
父は地図の一点を指差した。
「原因は分かっていない。鉱石は以前と変わらず採れている。それなのに街は豊かにならない」
「資源があるのに豊かにならない……」
アルトは腕を組んだ。
前世でも似たようなケースを何度も見てきた。
売れる商品はある。
技術もある。
それでも利益が残らない会社。
原因はたいてい、商品そのものではない。
「現場を見ないと分からないですね」
父は満足そうに頷いた。
「その答えが聞きたかった」
書類だけでは分からない。
数字だけでは人の気持ちは見えない。
営業課長だった頃、何度も現場へ足を運んだからこそ契約が取れた。
今回も同じだ。
まずは自分の目で見る。
それがアルトのやり方だった。
◇
数日後。
アルトは数名の護衛と共に北部へ向けて馬車を走らせていた。
王都を離れるにつれ、景色は大きく変わっていく。
広い草原。
深い森。
そして遠くには灰色の山々が連なっていた。
「あれがグランディア山脈です」
護衛の一人が説明する。
「あの山全部が鉱山なんですか?」
「はい。王国の鉄の半分近くがあそこで採掘されています」
「半分も……」
想像以上だった。
それだけの資源を持ちながら発展しない。
ますます不思議だった。
夕方。
一行は街へ到着した。
巨大な石壁。
煙を上げる精錬炉。
鉱石を積んだ荷車が何十台も行き交っている。
確かに活気はある。
しかし。
「……あれ?」
アルトは違和感を覚えた。
働く人々の表情が暗い。
子どもたちも笑っていない。
商店街も人通りの割に活気がない。
「儲かっている街には見えませんね」
護衛も苦笑した。
「皆、それを不思議に思っています」
宿へ向かう途中。
一人の少年が荷車を押していた。
あまりに重そうだったので、アルトは思わず声を掛ける。
「大丈夫?」
「……うん」
少年は息を切らせながら答える。
「父ちゃんが腰を痛めたから、代わりに運んでる」
荷車には大量の鉄鉱石。
子ども一人で運ぶには重すぎる。
「いくらもらえるの?」
「今日一日で銅貨五枚」
アルトは驚いた。
この量を運んで、その金額しかもらえないのか。
「そのお金で生活できるの?」
少年は少しだけ笑った。
「できないよ。でも働かないと、ご飯が食べられないから」
その笑顔が、胸に刺さる。
前世でも見たことがある。
必死に働いているのに報われない人たち。
努力が足りないのではない。
仕組みがおかしいのだ。
アルトは少年から荷車を受け取る。
「少しだけ手伝わせて」
「えっ?」
護衛も慌てて止めようとした。
「アルト様!」
「大丈夫。営業は現場第一だから」
前世で何度も荷物を運び、倉庫を歩き回り、工場で汗を流した。
現場を知らずに改善案など出せるはずがない。
荷車を押した瞬間、アルトはすぐに気付いた。
「……なるほど」
道が悪い。
車輪も歪んでいる。
積み方にも無駄が多い。
これでは余計な力が必要になる。
「問題は一つじゃない」
アルトは静かに呟く。
「積み重なった小さな無駄が、人を苦しめているんだ」
その言葉を聞いた護衛は目を丸くした。
普通なら賃金や税を疑う。
しかしアルトは、その前段階を見抜いていた。
仕事そのものに潜む無駄。
そこを改善すれば、働く人はもっと楽になり、生産性も上がる。
営業課長の目は、すでに街全体を分析し始めていた。
そしてアルトはまだ知らない。
この街には、一人の頑固な鍛冶職人がいることを。
その男との出会いが、グランディアの未来を大きく変えることになるとは──。
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営業メモ⑤⑥
『現場を知らずして、改善は語れない。』
机の上の資料だけでは、本当の問題は見えてこない。
実際に現場へ足を運び、人の声を聞き、自分の目で確かめる。
その一歩が、相手の信頼を得る第一歩になる。
営業も改革も、すべては「現場主義」から始まる。
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――次回、第五十八話「営業課長、頑固職人を口説く」
グランディア随一の腕を持ちながら、誰とも組もうとしない一人の鍛冶職人。
アルトは営業課長として培った”信頼を築く技術”で、その頑なな心を開くことができるのか。




