第五十五話 営業課長、祭りの広告を打つ
パン祭りまで、あと五日。
ミルフィ村は雨上がりの青空に包まれていた。
倒れた屋台は立て直され、広場のぬかるみも村人総出で整えられている。
祭りの準備は再び動き始めていた。
しかし、アルトは広場の入口で腕を組んで考え込んでいた。
「アルト君。」
教授が声を掛ける。
「まだ何か心配事がありますか?」
アルトは小さく頷く。
「ひと。」
「まだ。」
「こない。」
準備は順調。
パンも焼ける。
屋台も完成する。
だが、お客様が来なければ祭りは成功しない。
◇
その日の午後。
クラウスが王都から戻ってきた。
「商人たちへの声掛けは終わりました。」
「ですが……。」
「どうしました?」
ベルンが尋ねる。
クラウスは苦笑した。
「皆さん口を揃えて言うのです。」
『祭りは面白そうだ。』
『でも、お客様が集まるのか?』
『客が来るなら出店する。』
「つまり。」
「様子見ですね。」
教授が腕を組む。
「最初の一歩を誰も踏み出したくない。」
アルトは静かに頷いた。
(前世でもよくあった。)
新しい商品。
新しい企画。
誰も失敗したくないから、一番手を避ける。
◇
アルトは村の掲示板を見つめていた。
そこには小さな紙が一枚だけ貼られている。
『パン祭り開催』
文字だけ。
飾りもない。
「これじゃ。」
「よめない。」
マルタが首をかしげる。
「でも、お知らせは書いてあるよ?」
アルトは小さく笑った。
「しる。」
「だけ。」
「だめ。」
「え?」
「きたい。」
「なる。」
「つくる。」
営業時代、チラシを作る時に必ず考えていたことがある。
商品を説明するのではない。
『行ってみたい』
そう思わせることが広告の役目だった。
◇
アルトは紙と炭を持ってきた。
そして、大きな絵を描き始める。
こんがり焼けたパン。
笑顔の子ども。
音楽を奏でる老人。
花で飾られた広場。
その上に、大きな文字を書く。
『王都では食べられない
できたてのパンを食べよう!』
村人たちが目を丸くする。
「絵がある!」
「分かりやすい!」
「見ただけでお腹が空いてきたぞ。」
◇
「でも……。」
若い女性が手を挙げる。
「これを誰が配るんです?」
アルトはにっこり笑った。
「みんな。」
「え?」
「おかいもの。」
「いく。」
「ついで。」
「わたす。」
「しんせき。」
「ともだち。」
「しょうたい。」
ベルンが目を見開く。
「村人全員が広告係……。」
「うん。」
営業課長だった頃。
一番効果があった広告は、豪華な新聞広告ではなかった。
「これ、本当に良かったよ。」
そんなお客様の一言だった。
人は広告より、人を信じる。
だから口コミは何より強い。
◇
その日の夕方。
村人たちは王都や近隣の町へ向かった。
「パン祭りがあります!」
「ぜひ来てください!」
「子ども向けの遊び場もありますよ!」
八百屋では。
鍛冶屋では。
宿屋では。
それぞれが笑顔で声を掛けていく。
「ミルフィ村?」
「聞いたことないな。」
「でも面白そうだ。」
「行ってみるか。」
少しずつ。
本当に少しずつ。
祭りの噂が広がり始めた。
◇
三日後。
クラウスが興奮した様子で馬車から飛び降りた。
「アルト君!」
「大変です!」
ベルンが慌てる。
「何かありましたか?」
クラウスは満面の笑みで答えた。
「宿屋です!」
「王都の宿屋で、祭りの日に泊まりたいという予約が入り始めています!」
「えっ!?」
「まだ祭り前なのに?」
クラウスは頷く。
「口コミです。」
「『美味しいパンが食べられるらしい。』」
「『面白い祭りらしい。』」
「そんな話が王都中で広がっています。」
村人たちから歓声が上がる。
ギルじいは思わず帽子を空へ放り投げた。
「やったぞ!」
◇
その夜。
宿の窓から村を眺めながら、教授が静かに言う。
「アルト君。」
「広告とは、不思議なものですね。」
アルトは笑顔で頷く。
「うん。」
「ひと。」
「ひと。」
「つながる。」
営業とは、商品を押し付けることではない。
誰かが感動し、その感動を誰かへ伝えたくなる。
その連鎖を作ることこそ、本当の営業だった。
窓の外では、祭りの準備を続ける村人たちの笑い声が夜遅くまで響いていた。
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営業メモ⑤④
『最高の広告は、お客様の笑顔である。』
どれだけ立派な宣伝をしても、実際に満足したお客様の一言には敵わない。
「また行きたい。」
「誰かに教えたい。」
その気持ちが、新しいお客様を連れてきてくれる。
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――次回、第五十六話「営業課長、パン祭り開幕」
ついに迎えた祭り当日。
期待と不安が入り混じる中、ミルフィ村史上最大の一日が幕を開ける――。




