第五十三話 営業課長、村人全員を営業会議へ集める
パン祭りまで、あと二週間。
ミルフィ村では朝から慌ただしく人々が動き回っていた。
広場では大工たちが屋台を組み立て、女性たちは花飾りを作り、子どもたちは楽しそうに旗を描いている。
村全体が少しずつ活気を取り戻し始めていた。
しかし、その様子を見つめるアルトの表情はどこか浮かない。
「アルト君?」
リディアが声を掛ける。
「どうしたのですか?」
アルトは広場を見回しながら、小さく呟いた。
「ばらばら。」
「え?」
「みんな。」
「がんばる。」
「でも。」
「ばらばら。」
リディアは周囲を見渡す。
確かに皆それぞれ懸命に働いている。
だが、誰が何を担当し、祭り全体をどう盛り上げるのかを共有している人はいなかった。
教授が感心したように頷く。
「なるほど……。」
「組織として動いていないのですね。」
◇
その日の夕方。
村の集会所には、村人全員が集められた。
「どうしたんだ?」
「また何か始まるのか?」
ざわざわとした空気の中、アルトは一番前へ立つ。
背伸びをしながら黒板代わりの木板へ、大きな円を描いた。
そして、その中心に一言だけ書く。
『パン祭り』
さらに周りへ小さな丸を書き足していく。
『パン』
『小麦』
『案内』
『掃除』
『歌』
『子ども』
『馬車』
『飾り』
『笑顔』
村人たちは不思議そうに眺めていた。
◇
「みんな。」
アルトが振り返る。
「パン。」
「だけ。」
「だめ。」
「え?」
マルタが首を傾げる。
アルトは一人の子どもを指差した。
「きみ。」
「なに。」
「できる?」
男の子は少し考えて答えた。
「歌!」
「うん。」
「いい。」
次は若い女性を見る。
「おねえちゃん。」
「おはな。」
「すき?」
「ええ。」
「花を飾るのが好きよ。」
「いい。」
さらに大工へ尋ねる。
「おじさん。」
「つくる。」
「とくい?」
「もちろんだ。」
「任せろ。」
アルトは嬉しそうに笑った。
◇
「みんな。」
「できる。」
「ちがう。」
「だから。」
「いい。」
集会所が静まり返る。
営業課長だった頃。
成果を出すチームは、全員が同じ仕事をしていたわけではない。
営業が得意な人。
資料作りが上手な人。
人をまとめるのが得意な人。
それぞれの強みを活かした時、組織は一番強くなる。
◇
アルトは木板へ大きな矢印を書く。
『みんなで作る祭り』
「パン。」
「うる。」
「だけじゃない。」
「このむら。」
「たのしかった。」
「また。」
「きたい。」
「そう。」
「おもって。」
「もらう。」
村長ベルンが目を見開く。
「祭りそのものが商品……。」
教授も頷いた。
「体験価値ですね。」
「アルト君らしい発想です。」
◇
その時、ギルじいがゆっくり立ち上がった。
「なら、わしもやる。」
「ギルじい!」
「昔、収穫祭では笛を吹いておった。」
「まだ指は動く。」
子どもたちが目を輝かせる。
「聞いてみたい!」
すると別の老人も笑った。
「じゃあ、わしは昔話を聞かせよう。」
「私は刺繍を飾るわ。」
「俺は馬車置き場を整備する!」
「うちは冷たい果汁を用意しよう!」
次々と声が上がる。
今まで誰も「自分も役に立てる」とは思っていなかった。
アルトはそれぞれの得意なことを引き出しただけだった。
◇
会議が終わる頃には、木板は役割でいっぱいになっていた。
パン担当。
会場担当。
音楽担当。
案内担当。
子ども広場担当。
休憩所担当。
掃除担当。
村人全員の名前が、どこかに書かれている。
誰一人として「手伝い」ではない。
全員が主役だった。
◇
帰り道。
夕焼けに染まる村を歩きながら、ベルンが静かに言う。
「アルト君。」
「この村では長い間、誰かに任せることばかり考えていました。」
「役人が来れば何とかしてくれる。」
「商人が来れば売ってくれる。」
「でも違いました。」
「私たち自身が動かなければ、村は変わらないのですね。」
アルトは小さく頷いた。
「うん。」
「みんな。」
「しゅやく。」
その言葉に、ベルンは深く頭を下げた。
「ありがとう。」
「この歳になって、大切なことを教えてもらいました。」
アルトは少し照れくさそうに笑う。
「えへへ。」
遠くでは、子どもたちの笑い声が聞こえる。
ミルフィ村は少しずつ、「消えかけた村」から「未来へ進む村」へと変わり始めていた。
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営業メモ⑤②
『強い組織は、全員が同じことをする組織ではない。』
一人ひとりの得意なことは違う。
役割を押し付けるのではなく、強みを活かすこと。
それが組織全体の力を最大化する、一番の近道である。
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――次回、第五十四話「営業課長、パン祭り最大の危機」
祭りまであと一週間。
順調に進んでいた準備を襲った突然の大雨。
さらに、小麦の保管庫で思わぬ事件が起きる――。




