第五十二話 営業課長、商人たちを巻き込む
ミルフィ村へ来て五日目。
パン祭りの計画は少しずつ形になり始めていた。
村人たちは会場の掃除を始め、子どもたちは花を摘み、大人たちは長い間使われていなかった広場の整備を進めている。
しかし――。
「一つ、大きな問題があります。」
村長ベルンが神妙な顔で言った。
「商人が来ません。」
集会所に重い空気が流れる。
パンを焼いても、祭りを開いても、人が来なければ意味がない。
「王都の商人は利益にならない場所へは来ませんから……。」
マルタも不安そうに俯いた。
◇
アルトは静かに頷く。
(営業も同じだ。)
「お願いします。」
だけでは人は動かない。
相手にも利益がなければ、協力は長続きしない。
営業課長だった頃、何度も経験したことだった。
「クラウス。」
「うん?」
「しょうにん。」
「あつめて。」
クラウスは少し驚いたあと、口元を緩めた。
「分かりました。」
「王都の商人ギルドで話をしましょう。」
◇
二日後。
王都・商人ギルド会議室。
十数人の商人が長机を囲んでいた。
穀物商。
布商。
陶器商。
馬車商。
それぞれ王都で名の知れた商人たちである。
部屋へ入ってきたアルトを見て、全員が目を丸くした。
「子ども?」
「二歳だって聞いたぞ。」
「本当にこの子が?」
ざわめきが広がる。
クラウスが静かに手を上げた。
「皆さん。」
「彼の話を聞いてから判断してください。」
部屋は静まり返った。
◇
アルトは前へ出る。
机の上に一枚の紙を置いた。
そこには大きな円が描かれている。
「みんな。」
「もうかる。」
ある商人が苦笑した。
「そんな都合のいい話があるかい?」
アルトは頷く。
「ある。」
「まず。」
「パン。」
「うる。」
円の横へ一本線を書く。
「ひと。」
「くる。」
さらに線を伸ばす。
「ふく。」
「かう。」
「おさら。」
「かう。」
「くだもの。」
「かう。」
商人たちは次第に真剣な表情へ変わっていく。
アルトはさらに続けた。
「ひと。」
「いっぱい。」
「みんな。」
「うれる。」
クラウスが思わず笑った。
「なるほど。」
「パン祭りではなく、市場そのものを作る気ですね。」
「うん。」
◇
穀物商の一人が腕を組む。
「だが、村まで四日もかかる。」
「手間に見合う利益が出る保証は?」
アルトは少し考えてから答えた。
「いっかい。」
「じゃない。」
「まいとし。」
「え?」
「まいとし。」
「おまつり。」
「おきゃく。」
「ふえる。」
「みんな。」
「もうかる。」
商人たちは顔を見合わせる。
単発の商売ではない。
毎年続く催しになれば、継続的な利益になる。
これは投資だった。
◇
その時、一人の年配商人が立ち上がった。
「私は反対だ。」
部屋が静まり返る。
「地方への投資は何度も失敗してきた。」
「結局、人は王都へ集まる。」
「村は衰退する。」
「それが現実だ。」
他の商人たちも黙り込む。
重い空気が流れた。
◇
アルトは年配商人の前まで歩いていく。
そして、にこりと笑った。
「おじさん。」
「しょうばい。」
「なんねん?」
「……三十五年だ。」
「すごい。」
「いっぱい。」
「しっぱい。」
「した?」
商人は苦笑する。
「もちろんだ。」
「数え切れん。」
アルトは頷く。
「でも。」
「やめなかった。」
「う……。」
「どうして?」
商人は自然と答えていた。
「成功するまで続けたからだ。」
言った瞬間、自分で気付く。
アルトは満面の笑みを浮かべた。
「むら。」
「おなじ。」
部屋が静まり返る。
失敗したから終わりではない。
成功するまで挑戦していないだけ。
その言葉は、長年商売を続けてきた彼らだからこそ胸に響いた。
◇
しばらくの沈黙のあと。
年配商人が大きく笑った。
「参った。」
「私が説得されるとは。」
彼はアルトへ向かって深く頷く。
「参加しよう。」
その一言をきっかけに、空気が変わる。
「うちも出店しよう。」
「馬車を出そう。」
「うちは食器を持って行く。」
「私は果実酒……いや、果汁を販売しよう。」
次々と手が挙がっていく。
クラウスは苦笑しながら呟いた。
「またですね。」
教授が微笑む。
「ええ。」
「アルト君は商品ではなく、人の心を動かしてしまう。」
◇
帰り道。
夕日に照らされた街道を馬車が走る。
ベルンは何度も今日の出来事を思い返していた。
「アルト君。」
「どうして商人たちは協力してくれたんですか?」
アルトは窓の外を見ながら答えた。
「おかね。」
「だけ。」
「じゃない。」
「いっしょ。」
「つくる。」
「たのしい。」
営業とは契約を取ることではない。
相手に「この仕事を一緒にやりたい」と思ってもらうこと。
それが、本当の信頼関係だった。
馬車は夕焼けの中、ミルフィ村へ向かって走り続ける。
祭りの日は、もうすぐそこまで迫っていた。
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営業メモ⑤①
『人は「協力してください」では動かない。「一緒に成功しましょう」で動く。』
営業はお願いをする仕事ではない。
相手にも利益があり、未来があることを示す仕事だ。
"Win-Win"が見えた時、人は自ら動き始める。
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――次回、第五十三話「営業課長、村人全員を営業会議へ集める」
パン祭りまで残り二週間。
アルトは村人全員を集め、「この村にしかできない祭り」を作るための作戦会議を始める――。




