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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第3部 営業課長、消えかけた村を再生する編

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第五十一話 営業課長、村のパンをブランドにする


ミルフィ村へ来て三日目。


朝早くから、村にはパンを焼く香ばしい香りが漂っていた。


アルトは匂いにつられるように、小さな石造りのパン工房へ向かう。


「おはよう。」


「おはようございます、アルト君。」


迎えてくれたのは、村で唯一のパン職人・マルタだった。


五十代半ばの女性で、朝早くから一人でパンを焼き続けている。


店先には焼きたてのパンが並んでいた。


どれもこんがりと焼き色が付き、とても美味しそうだ。


アルトは一つちぎって口へ運ぶ。


「……おいしい。」


外は香ばしく、中はふんわり。


噛むほどに小麦の甘みが広がる。


前世でも人気ベーカリーに負けない味だった。


「ほんとに。」


「おいしい。」


マルタは照れくさそうに笑う。


「ありがとう。」


「でも、この村でしか売れないパンだからね。」


◇


店を出たアルトは、村長ベルンへ尋ねた。


「なんで。」


「うれない?」


ベルンは苦笑する。


「王都まで運ぶのに四日かかります。」


「焼きたては着く頃には固くなってしまうんです。」


「なるほど。」


商品は良い。


しかし届けられない。


営業時代にも同じ問題があった。


品質が高くても、お客様へ届かなければ存在しないのと同じ。


「じゃあ。」


「はこばない。」


「……え?」


教授たちが首をかしげる。


アルトはパンを指差した。


「ひと。」


「くる。」


「しくみ。」


「つくる。」


◇


その日の午後。


集会所へ村人が集められた。


アルトは黒板代わりの木板へ、大きな丸を描く。


「パン。」


「おいしい。」


「でも。」


「しらない。」


村人たちは静かに聞いている。


アルトは丸の外へ矢印を書く。


「しる。」


「たべる。」


「また。」


「くる。」


マルタが首をかしげる。


「お客様に来てもらうってこと?」


「うん。」


「どうやって?」


アルトは満面の笑みを浮かべた。


「おまつり。」


集会所が静まり返る。


「祭り?」


「パン。」


「おまつり。」


「いっぱい。」


「たべる。」


「たのしい。」


村人たちは顔を見合わせる。


今まで誰も考えたことがなかった。


売りに行くのではなく、来てもらう。


発想そのものが違っていた。


◇


教授は腕を組む。


「イベントマーケティング……。」


「え?」


「いや。」


「人を集めることで商品を知ってもらう方法です。」


アルトは頷く。


営業時代。


新商品を売る時は展示会や試食会を開いた。


一度食べてもらえれば、商品の良さは伝わる。


だから最初に必要なのは広告ではない。


『体験』だった。


◇


「でも……。」


若い農夫が手を挙げる。


「こんな村へ誰が来るんです?」


もっともな疑問だった。


アルトは少し考える。


そして窓の外を指差した。


黄金色の麦畑。


青い空。


澄んだ川。


「ここ。」


「きれい。」


「パン。」


「おいしい。」


「ひと。」


「やさしい。」


「これ。」


「ぶらんど。」


教授が思わず息をのむ。


「ブランド……。」


アルトは続ける。


「パン。」


「だけじゃない。」


「むら。」


「すき。」


「なって。」


「もらう。」


営業課長だった頃、何度も学んだことがある。


ブランドとは、商品の名前ではない。


『また来たい』


『また買いたい』


そう思ってもらえる体験そのものだ。


◇


その時、入口から声が聞こえた。


「面白い話をしていますね。」


振り返ると、そこにはクラウスが立っていた。


「クラウスさん!」


ベルンが驚く。


「どうしてここへ?」


クラウスは笑顔で答えた。


「アルト君が地方改革を始めると聞きまして。」


「商人として、放っておけません。」


アルトも嬉しそうに笑う。


「こんにちは。」


「こんにちは、アルト君。」


クラウスは焼きたてのパンを一口食べる。


「……これは驚きました。」


「王都でも十分勝負できます。」


マルタが照れ笑いを浮かべる。


「そんな大げさな。」


クラウスは首を横へ振る。


「いいえ。」


「問題は味ではありません。」


「伝わっていないだけです。」


アルトと目が合う。


二人は同時に頷いた。


考えていることは同じだった。


◇


その夜。


宿でアルトは一枚の紙に絵を描いていた。


パン。


麦畑。


笑顔の家族。


そして大きく一言。


『ミルフィパン祭り』


レオンが覗き込む。


「祭り?」


アルトは嬉しそうに頷いた。


「おいしい。」


「たのしい。」


「また。」


「きたい。」


それこそが営業の第一歩。


商品を売る前に、ファンを作る。


ミルフィ村の未来を変える挑戦が、いよいよ動き始めた。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊿


『ブランドとは、商品ではなく「体験」である。』


品質が良いだけでは、人は集まらない。


「また来たい」「誰かに教えたい」と思える体験こそがブランドを育てる。


商品を売るのではない。


価値ある体験を届けることが、本当の営業である。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第五十二話「営業課長、商人たちを巻き込む」


パン祭りの開催には、多くの協力者が必要だった。


営業課長は、王都の商人たちを相手に人生最大のプレゼンテーションへ挑む――。

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