表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
50/67

第五十話 営業課長、村一番の頑固じいさんを口説く


翌朝。


ミルフィ村の空気はひんやりとしていた。


朝露に濡れた麦畑が、朝日を浴びて黄金色に輝いている。


アルトは村長ベルンと一緒に村を歩いていた。


「村長。」


「いちばん。」


「こまってるひと。」


ベルンは少し困ったように笑う。


「困っている人……というより。」


「一番、頑固な人ならいます。」


「がんこ?」


「ええ。」


「昔は村一番の農家でした。」


「ですが今では、誰の話も聞かなくなってしまったんです。」



二人が向かった先には、一軒の古い農家があった。


広い畑。


立派な納屋。


しかし手入れは行き届いていない。


畑の半分は雑草に覆われていた。


「いますか?」


ベルンが声を掛ける。


「……帰れ。」


家の中から低い声が返ってきた。


「また役人か。」


「村は変わらん。」


「何を言っても無駄だ。」


ベルンは肩を落とす。


「この調子でして……。」


その時だった。


アルトが玄関の前まで歩いていく。


「こんにちは。」


しばらく沈黙。


やがて扉が少しだけ開く。


現れたのは七十歳を超えた老人だった。


白い髭。


日に焼けた顔。


鋭い目。


「……誰だ。」


「アルト。」


「にさい。」


老人は鼻で笑う。


「子守りをする暇はない。」


「帰れ。」



普通ならここで終わる。


だがアルトは帰らなかった。


畑へ歩いていく。


しゃがみ込み、一株の麦を見つめた。


「きれい。」


老人の眉がぴくりと動く。


「分かるのか?」


「うん。」


「いい。」


「こむぎ。」


老人は黙ったまま畑へ降りてくる。


「……昔はな。」


「王都でも一番だと言われた。」


「今は半分しか作っとらん。」


アルトは尋ねる。


「どうして?」


老人は遠くを見つめた。


「息子が村を出た。」


「働く者がおらん。」


「歳を取った。」


「もう終わりだ。」


その言葉には、諦めが滲んでいた。



アルトは少し考える。


そして、突然こう言った。


「おじいちゃん。」


「うそつき。」


ベルンが青ざめる。


「ア、アルト君!」


老人も目を丸くした。


「……何だと?」


アルトは畑を指差す。


「ほんとに。」


「やめるひと。」


「くさ。」


「そのまま。」


「でも。」


「ここ。」


「ぬいてる。」


老人は思わず畑を見る。


確かに、雑草だらけの畑だった。


しかし、麦の周りだけは丁寧に草が抜かれている。


アルトはにっこり笑った。


「まだ。」


「すき。」


「こむぎ。」


老人は何も言えなかった。



前世でも似たようなことがあった。


定年間近の営業マン。


「もう辞めるから」と言いながら、誰よりも丁寧に顧客対応をしていた。


本当に諦めた人は、努力をしない。


努力を続けている人は、心のどこかでまだ諦めていない。


営業課長だったアルトは、それを何度も見てきた。



老人は畑へしゃがみ込む。


麦をそっと撫でた。


「……毎朝。」


「気付いたら草を抜いていた。」


「癖みたいなもんだ。」


アルトは嬉しそうに頷く。


「やっぱり。」


「まだ。」


「すき。」


老人は苦笑した。


「負けたな。」


「二歳児に見透かされるとは。」



アルトは一本の麦を手に取る。


「おいしい。」


「なのに。」


「しらない。」


「もったいない。」


老人は静かに頷いた。


「そうだ。」


「味なら誰にも負けん。」


アルトは笑顔になる。


「じゃあ。」


「しって。」


「もらおう。」


「……どうやって?」


「ぼく。」


「かんがえる。」


老人はその言葉を聞いて、大きく笑った。


「はっはっは!」


「久しぶりだ!」


「こんなに笑ったのは!」


ベルンも目頭を押さえる。


「アルト君……。」



その日の夕方。


村の集会所。


老人が自分から立ち上がった。


村人たちは驚く。


「ギルじい?」


「話すのか?」


老人はゆっくり村人たちを見回した。


「俺は。」


「もう村は終わりだと思っていた。」


「だが。」


「まだ終わってなかった。」


「このチビに教えられた。」


村人たちがアルトを見る。


「俺はもう一度、小麦を作る。」


「だから。」


「お前たちも諦めるな。」


静まり返っていた集会所に、小さな拍手が響く。


やがて一人。


また一人。


拍手は大きくなっていく。


若い農夫が立ち上がった。


「俺もやります!」


「うちの畑ももう一度耕します!」


「私も手伝う!」


「収穫なら任せて!」


少しずつ。


本当に少しずつ。


止まっていた村が動き始めた。



夜。


宿へ戻る道。


教授が空を見上げながら言う。


「アルト君。」


「今日は改革の第一歩でしたね。」


アルトは首を振る。


「ちがう。」


「え?」


「はじめの。」


「ひとり。」


営業でも同じだった。


改革は制度から始まらない。


設備からでもない。


最初に変わるのは、一人の人の心。


その変化が、やがて周りへ広がっていく。


アルトは満天の星空を見上げ、小さく笑った。


(ここからが本番だ。)


ミルフィ村改革。


営業課長、第二の挑戦が静かに幕を開けた。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊾


『人は理屈では動かない。心が動いて初めて行動が変わる。』


数字やデータだけでは、人は変われない。


相手の本当の想いを見つけ、その火をもう一度灯す。


営業とは、商品を売る仕事ではなく、人の心に火をつける仕事である。


━━━━━━━━━━━━━━

――第2部「営業課長、王都で信用を築く編」完――


――次回、第五十一話


第3部「営業課長、消えかけた村を再生する編」開幕。


――次回、第五十一話「営業課長、村のパンをブランドにする」


ミルフィ村改革、いよいよ本格始動。


アルトが最初に目を付けたのは、「王都一の味なのに誰も知らないパン」だった。


営業課長は、異世界初の"ブランド戦略"を仕掛ける――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ