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第四十九話 営業課長、消えかけた村へ行く


夏空の下、王都を出た馬車は街道をゆっくりと進んでいた。


御者台では騎士が周囲を警戒し、荷台には生活用品や調査道具が積み込まれている。


アルトは窓から流れる景色を眺めていた。


黄金色に揺れる麦畑。


小川を渡る石橋。


のどかな風景が続く。


「どうだ?」


ガイルが声を掛ける。


「初めての長旅だぞ。」


アルトは嬉しそうに頷いた。


「たのしい。」


「それは良かった。」


教授も笑う。


「ですが、目的は旅行ではありませんからね。」


「うん。」


「おしごと。」


その返事に馬車の中は笑いに包まれた。


「二歳児がお仕事か。」


「将来が楽しみですね。」



四日後。


馬車は山間にある小さな村へ到着した。


木製の看板には、


『ミルフィ村』


と書かれている。


しかし――。


「あれ?」


リディアが辺りを見回した。


「人が……いませんね。」


昼間だというのに、人影はまばらだった。


畑には雑草が生え、家の屋根も傷んでいる。


井戸の周りには誰も集まっていない。


子どもの笑い声も聞こえなかった。


アルトは静かに村を見渡した。


(思った以上に深刻だ。)



村長宅。


迎えてくれたのは六十代ほどの男性だった。


「ようこそお越しくださいました。」


「村長のベルンです。」


その笑顔は穏やかだったが、どこか疲れ切っていた。


応接室へ案内される。


机に並んだお茶も質素だった。


ベルンは申し訳なさそうに頭を下げる。


「十分なおもてなしもできず……。」


「気にしない。」


アルトが答える。


「ありがとう。」


ベルンは少し驚いた顔をした。


「礼儀正しいお子さんですな。」



食事の後、アルトは村を歩き始めた。


「まず。」


「みる。」


教授は頷く。


「現地調査ですね。」


アルトは家を一軒一軒眺める。


畑も見る。


井戸も見る。


道も歩く。


そして何より、人を見る。


老人ばかり。


若者はほとんどいない。


空き家も目立つ。


営業時代なら、まず数字を見る。


しかし数字だけでは分からないことがある。


現場へ行けば、人の表情が見える。


そこに本当の課題が隠れている。



畑で一人の老人が麦を刈っていた。


「こんにちは。」


アルトが声を掛ける。


老人は優しく笑う。


「こんにちは。」


「都会の坊ちゃんかい?」


「ううん。」


「アルト。」


「二さい。」


「ははは!」


老人は豪快に笑った。


「小さいのによく喋るなぁ!」


アルトは畑を見つめる。


「おいしそう。」


老人は嬉しそうに頷いた。


「うちの小麦は自慢だからな。」


「王都のパン屋にも負けない味だ。」


「じゃあ。」


「なんで。」


「うれない?」


その一言で老人の笑顔が消えた。


「……。」


しばらく沈黙が続く。


やがて老人は寂しそうに笑った。


「誰も知らないからさ。」



その日の夕方。


村の集会所。


村人たちが集まっていた。


老人がほとんどで、若者は数えるほどしかいない。


村長ベルンが口を開く。


「皆さん。」


「王都から調査団が来てくださいました。」


村人たちは期待半分、不安半分といった表情だった。


「どうせ変わらん。」


誰かが小さく呟く。


「前にも役人は来た。」


「話を聞いて終わりだった。」


重苦しい空気が流れる。


アルトは椅子から降りると、部屋の真ん中まで歩いた。


そして、村人たちを見回した。


「ぼく。」


「みんなに。」


「おねがい。」


「お願い?」


村人たちが首を傾げる。


アルトは大きく息を吸った。


「このむら。」


「きらい?」


部屋が静まり返る。


誰も答えられない。


「ぼくは。」


「すき。」


「まだ。」


「きたばかり。」


「でも。」


「こむぎ。」


「おいしい。」


「ひと。」


「やさしい。」


「だから。」


「なくなる。」


「いや。」


短い言葉だった。


だが、その一つ一つが村人たちの胸に届いた。


ベルンの目には涙が浮かんでいた。


「ありがとう……。」


「そんなことを言ってくれた子は、初めてだ。」



集会が終わったあと。


教授がアルトへ尋ねる。


「明日から何を始めますか?」


アルトは迷わず答えた。


「まず。」


「ひとり。」


「え?」


「いちばん。」


「こまってるひと。」


「たすける。」


教授は静かに微笑んだ。


「なるほど。」


営業でも同じだった。


会社全体を変えようとしても難しい。


まずは一人のお客様。


一人の社員。


一つの成功を作る。


その成功は必ず周囲へ広がっていく。



その夜。


村外れの古い倉庫。


黒い外套の男が静かに村を見下ろしていた。


「標的は到着しました。」


部下が報告する。


男は小さく笑う。


「村人を利用しろ。」


「改革が失敗すれば、王国の信用も落ちる。」


「……承知しました。」


月明かりが銀色の歯車の紋章を照らす。


アルトの地方改革は、始まったばかりだった。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊽


『答えは会議室ではなく、現場にある。』


資料や数字は大切だ。


しかし、本当の課題は現場で働く人、お客様の声の中にある。


まず現場を見る。


そして聞く。


すべてはそこから始まる。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第五十話「営業課長、村一番の頑固じいさんを口説く」


改革に反対する頑固な老人。


「今さら何をやっても無駄だ。」


その一言から始まる、営業課長と村一番の頑固者との真剣勝負――。

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