第四十八話 営業課長、地方改革プロジェクト始動
王城・円卓会議室。
王国全土の地図が大きな机いっぱいに広げられていた。
国王アレクシスをはじめ、大臣、騎士団長、王立魔法学院の教授たちが席についている。
そして、一番小さな椅子にはアルトがちょこんと座っていた。
「それでは始めよう。」
国王が口を開く。
「地方改革プロジェクトの第一回会議だ。」
その言葉に、アルトは少しだけ胸が高鳴った。
(会社の経営会議みたいだ。)
違うのは、会社ではなく国だということだけだった。
◇
財務大臣が一枚の資料を広げる。
「まず現状をご説明します。」
地図には、赤・黄・緑の印が付けられていた。
「緑は豊かな地域。」
「黄色は平均的。」
「そして赤が……深刻な地域です。」
赤い印は王都から離れた場所へ集中していた。
「なぜ?」
アルトが尋ねる。
大臣が答える。
「人が少なく、物流も悪い。」
「さらに魔道具もほとんど普及していません。」
教授が続ける。
「優秀な人材は王都へ集まり、地方には残らないのです。」
アルトは静かに頷いた。
(前世でも同じだった。)
地方支店。
過疎地域。
人口流出。
営業会議で何度も議題になった問題だった。
◇
「では、アルト。」
国王が微笑む。
「お前ならどうする?」
会議室の視線が一斉に集まる。
アルトは地図を見つめた。
しばらく考えたあと、小さく口を開く。
「ぜんぶ。」
「なおさない。」
「……ん?」
大臣たちが顔を見合わせる。
「どういう意味だ?」
アルトは地図の端にある、小さな赤い村を指差した。
「ひとつ。」
「だけ。」
「なおす。」
会議室が静まり返る。
「一つだけ?」
アルトは頷く。
「できた。」
「みんな。」
「まね。」
教授が目を見開いた。
「成功例を作る……!」
アルトはにっこり笑う。
「うん。」
営業時代。
全国の支店改革を任されたことがあった。
その時、全店舗を一斉に変えようとして失敗した会社を何度も見た。
だからまず一店舗。
成功事例を作る。
成功すれば、「うちでもできる」と周りが動き始める。
改革は、広げるものではなく、伝染させるものだった。
◇
国王は満足そうに頷いた。
「面白い。」
「では最初の村を決めよう。」
騎士団長が地図を指差す。
「ここはどうでしょう。」
『ミルフィ村』
人口約三百人。
王都から馬車で四日。
農業中心。
近年は若者の流出が続いている。
財務大臣が説明する。
「税収も年々減少しています。」
「このままでは十年後には消滅する可能性も。」
アルトは静かに村の名前を見つめた。
(営業成績最下位の支店みたいだ。)
燃えてきた。
◇
会議が終わると、エリシア王女が駆け寄ってきた。
「アルト!」
「また面白いこと始めるの?」
「うん。」
「むら。」
「なおす。」
エリシアはぱっと笑顔になる。
「私も行きたい!」
すかさず国王が咳払いをした。
「……勉強があるだろう?」
「うっ。」
王女は肩を落とした。
その様子を見てアルトが小さく笑う。
「おみやげ。」
「かう。」
「本当?」
「うん。」
「約束だよ!」
「うん。」
王女はすっかり機嫌を直した。
教授たちは微笑みながらそのやり取りを見守る。
◇
その日の午後。
アルトは商人ギルドを訪れていた。
クラウスが笑顔で迎える。
「地方改革ですか。」
「面白そうですね。」
アルトは尋ねる。
「ミルフィ村。」
「なにがある?」
クラウスは少し考えて答えた。
「小麦ですね。」
「王国でも品質は高い。」
「ですが。」
「売れません。」
「どうして?」
「知名度がありません。」
アルトは頷く。
(やっぱり。)
商品が悪いのではない。
知られていないだけ。
営業時代にも、品質は最高なのに売れない商品がいくつもあった。
問題は商品ではなく、伝え方だった。
◇
帰宅したアルトは、自室で紙を広げた。
丸を描く。
矢印を書く。
文字を書く。
「アルト?」
ガイルが部屋を覗く。
「何を書いてるんだ?」
アルトは紙を見せた。
そこには幼い字で、
『つくる』
『はこぶ』
『うる』
『またつくる』
と書かれていた。
ガイルは首をかしげる。
「輪になってる?」
アルトは嬉しそうに頷く。
「おかね。」
「まわる。」
「みんな。」
「しあわせ。」
ガイルは全部は理解できなかった。
だが一つだけ分かった。
この子は、村ではなく仕組みを変えようとしている。
◇
その夜。
王都を離れた街道。
黒い馬車が静かに走っていた。
中には、銀色の歯車の紋章を付けた男が座っている。
「アルト・レオン。」
男は窓の外を見つめながら呟く。
「今度は地方へ向かうらしい。」
部下が尋ねた。
「追いますか?」
男はゆっくりと首を横に振る。
「いや。」
「先回りしろ。」
「奴が向かう村で待て。」
静かな笑みが浮かぶ。
「次は、偶然では終わらせん。」
新たな舞台となるミルフィ村。
そこでは、アルトの改革を待ち受ける、もう一つの陰謀が静かに動き始めていた。
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営業メモ㊼
『改革は、一度に全部やろうとするな。』
すべてを同時に変えようとすると、必ず混乱する。
まずは一つ成功事例を作る。
その成功が周囲を動かし、やがて組織全体へ広がっていく。
小さな成功が、大きな変化の第一歩になる。
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――次回、第四十九話「営業課長、消えかけた村へ行く」
王都を出発したアルトたち。
しかし、彼らを待っていたのは、活気を失い、希望さえ消えかけた小さな村だった。
営業課長の地方改革が、いよいよ始まる――。




