第四十七話 営業課長、国王陛下に呼び出される
誘拐事件から一週間。
アルトは久しぶりにレオン家の庭でのんびりと過ごしていた。
「……へいわ。」
木陰で寝転がりながら空を見上げる。
青空には白い雲がゆっくり流れていた。
ガイルは苦笑する。
「二歳で誘拐された直後とは思えないな。」
「もう少し怖がってもいいんだぞ?」
アルトは首を振った。
「おうち。」
「だから。」
安心できる場所がある。
それだけで人は落ち着ける。
前世でも、どんなに忙しい日でも家へ帰ると肩の力が抜けた。
人には帰る場所が必要なのだ。
◇
その穏やかな時間は、一台の馬車によって破られた。
王家の白銀の紋章。
近衛騎士が整列し、門の前で止まる。
「王命である。」
騎士が高らかに告げた。
「アルト・レオン殿を王城へ招く。」
ガイルが固まる。
「……また何かやったのか?」
「してない。」
「本当に?」
「たぶん。」
「『たぶん』って何だ!」
エミリアが思わず笑いをこらえた。
◇
王城。
大理石で造られた謁見の間は、今日も厳かな空気に包まれていた。
赤い絨毯の先には黄金の玉座。
そこへアルトたちが案内される。
左右には近衛騎士。
奥には大臣や貴族たちが並んでいた。
「アルト・レオン。」
国王アレクシスが穏やかな声で呼ぶ。
「近う寄れ。」
アルトは小さな足で歩き、玉座の前まで進む。
そしてぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。」
場の空気が一瞬止まる。
貴族たちが慌てる。
「こ、国王陛下に……。」
「こんにちはだと?」
しかし国王は大きく笑った。
「はっはっは!」
「よい!」
「余にここまで自然に挨拶する者は久しぶりだ。」
緊張していた空気が、一気に和らいだ。
◇
国王は玉座から降りてくる。
「アルト。」
「今回の件、よく無事で戻ってきた。」
「ありがとう。」
「うん。」
「おじさん。」
「いい人だった。」
「……ゼクトのことか?」
国王は少し驚いた。
誘拐された子どもなら、犯人を憎んでいてもおかしくない。
しかしアルトは違った。
「わるいこと。」
「した。」
「でも。」
「なおせる。」
国王は静かに目を閉じた。
「王女からも同じような話を聞いた。」
「お前は、あの男の助命を願ったそうだな。」
アルトは頷く。
「うん。」
◇
国王は周囲を見回す。
「皆、どう思う?」
一人の貴族が前へ出た。
「誘拐犯は極刑にすべきです。」
「見せしめにもなります。」
別の大臣も頷く。
「法は平等であるべきかと。」
そこへ騎士団長が口を開く。
「ですが、彼らは抵抗せず投降しました。」
「人質にも危害を加えておりません。」
教授も一歩前へ出る。
「アルト君がいなければ、多くの命が失われていた可能性があります。」
意見は真っ二つに割れた。
◇
その時だった。
アルトが小さく手を挙げる。
「はい。」
国王が笑う。
「申してみよ。」
「しっぱい。」
「ある。」
「でも。」
「なおる。」
「なおした人。」
「たすける。」
「また。」
「がんばる。」
短い言葉だった。
だが、その場にいた誰もが意味を理解した。
営業時代、アルトは何度も失敗した社員を見てきた。
一度の失敗で切り捨てれば、人は育たない。
反省し、やり直す機会を与えることで、大きく成長する者もいる。
国も同じではないだろうか。
◇
国王は静かに立ち上がる。
「決めた。」
玉座の間が静まり返る。
「ゼクト以下全員。」
「終身刑を取りやめる。」
貴族たちがざわつく。
「ただし。」
国王の声が響く。
「王国復興事業へ従事させる。」
「働き、その成果で罪を償え。」
騎士団長が深く頭を下げる。
「賢明なるご判断です。」
アルトはほっと息をついた。
◇
「さて。」
国王は笑顔でアルトを見る。
「本題に入ろう。」
「え?」
「実は、お前に頼みがある。」
大臣たちが一枚の大きな地図を広げる。
王国全土が描かれていた。
その中には赤い印がいくつも付いている。
「ここは何だか分かるか?」
アルトは首を振る。
「魔道具が届いていない村だ。」
国王は続ける。
「都市は豊かになった。」
「だが地方は取り残されている。」
「医療も教育も遅れている。」
「そこで――。」
国王はアルトを真っ直ぐ見つめた。
「お前の知恵を貸してほしい。」
「王国全体を、もっと暮らしやすい国にしたい。」
その言葉を聞いた瞬間。
アルトの胸が高鳴った。
(営業課長から、国づくりか。)
前世では、一つの会社しか変えられなかった。
しかし今なら。
一つの国を変えられるかもしれない。
アルトはにっこり笑った。
「うん。」
「やる。」
国王も満足そうに笑う。
「期待しているぞ、アルト。」
その日。
一人の二歳児は、正式に国王の相談役となった。
王国改革という、新たな物語の幕が静かに上がる。
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営業メモ㊻
『人材は「過去」ではなく、「未来」で評価する。』
失敗だけを見れば、誰も成長できない。
反省し、学び、再び挑戦する人に機会を与えること。
それが組織を強くし、未来を創る。
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――次回、第四十八話「営業課長、地方改革プロジェクト始動」
国王から託された最初の使命。
それは、王都から遠く離れた小さな村を立て直すことだった。
営業課長は初めて"国全体"を相手にしたプロジェクトへ挑む――。




