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第四十六話 営業課長、誘拐犯の心を動かす


夜明け前。


廃鉱山の倉庫は静寂に包まれていた。


外では虫の鳴き声だけが響いている。


アルトは床に座り、修理した送風具を静かに眺めていた。


「ちゃんと。」


「なおった。」


見張りの男が苦笑する。


「お前、本当に魔道具が好きなんだな。」


「うん。」


「なおると。」


「うれしい。」


その一言に、男は少しだけ目を伏せた。


「……そうか。」



ゼクトは一人、倉庫の外に立っていた。


部下が近づく。


「隊長。」


「王都の騎士団が動いています。」


「日の出にはここへ来るでしょう。」


「予定通り、人質を連れて移動しますか?」


ゼクトはすぐには答えなかった。


視線の先には、小さな窓から漏れる灯りがある。


その部屋には、自分たちが誘拐した二歳の子どもがいる。


だが、その子どもは一度も泣かなかった。


一度も憎まなかった。


むしろ、自分たちの壊れた魔道具を直し、食事まで褒めてくれた。


(なんなんだ……あの子は。)



「おじさん。」


アルトが部屋から顔を出した。


「ねむれない?」


「……起きていたのか。」


アルトは小さく頷く。


「しんぱい。」


ゼクトは思わず笑う。


「心配される立場じゃないんだがな。」


アルトは隣へ座った。


しばらく二人とも何も話さない。


静かな風だけが吹き抜けていく。


やがてアルトが口を開いた。


「おじさん。」


「なんで。」


「わるいこと。」


ゼクトは遠くの山を見つめた。


「昔は違った。」


ぽつりと語り始める。


「俺は王国騎士だった。」


アルトは驚いた。


「きし?」


「ああ。」


「国境で戦っていた。」


「だが戦争が終わると、多くの騎士は職を失った。」


「家族を養えなくなった仲間もいた。」


「俺たちは……生きるために裏の仕事へ流れた。」


アルトは静かに聞いていた。


言い訳ではない。


後悔だった。



「営業でも。」


アルトがぽつりと言う。


「しっぱい。」


「ある。」


ゼクトが苦笑する。


「二歳が営業を語るな。」


「えへへ。」


アルトも笑った。


「でも。」


「しっぱい。」


「なおせる。」


「……どうやって?」


アルトは地面に小さな丸を描く。


「おきゃくさん。」


「うらぎる。」


「もどらない。」


「でも。」


「しょうじき。」


「あやまる。」


「がんばる。」


「すこし。」


「もどる。」


営業課長だった頃。


大きなクレームを何度も経験した。


怒鳴られたこともある。


契約を失ったこともある。


それでも誠実に向き合い続けたお客様とは、何年後かに再び仕事ができた。


信頼は壊れる。


だが、諦めなければ積み直すこともできる。



ゼクトは目を閉じる。


「……今さら戻れると思うか?」


「うん。」


アルトは迷わず答えた。


「ほんとに?」


「うん。」


「だって。」


「おじさん。」


「わるいひとなら。」


「ごはん。」


「くれない。」


「ぼく。」


「なおさせない。」


「おはなし。」


「きかない。」


ゼクトは思わず笑ってしまう。


「基準がおかしいな。」


「でも……ありがとう。」


その時だった。


「隊長!」


部下が駆け込んでくる。


「騎士団です!」


「倉庫を包囲されました!」


外から鋭い声が響く。


「王国近衛騎士団だ!」


「武器を捨て、直ちに投降せよ!」


倉庫の外は完全に包囲されていた。



部下たちは剣を抜く。


「戦いましょう!」


「まだ逃げられます!」


しかしゼクトは静かに首を横へ振った。


「……もう終わりだ。」


「隊長!」


「俺たちは間違えた。」


部下たちは言葉を失う。


ゼクトは剣を床へ置いた。


カラン、と乾いた音が響く。


「武器を捨てろ。」


「責任は俺が取る。」


「隊長……。」


誰よりも先に一人の部下が剣を置く。


続いてもう一人。


やがて全員が武器を手放した。



倉庫の扉がゆっくり開く。


近衛騎士団が一斉に突入する。


先頭には騎士団長。


その後ろには教授、リディア、ガイル、そしてエリシア王女の姿もあった。


「アルト!」


ガイルが駆け寄る。


アルトはにっこり笑った。


「ただいま。」


エミリアはいないが、ガイルはその小さな体を強く抱きしめた。


「よかった……!」


リディアは涙を拭っている。


教授も胸をなで下ろした。


エリシアはアルトの前まで来ると、少し怒った顔をした。


「心配したんだから!」


「ごめん。」


「もう!」


そう言いながら、最後には笑顔になった。



騎士たちはゼクトたちを拘束していく。


その時だった。


アルトが騎士団長の服を軽く引っ張る。


「おねがい。」


「どうした?」


「このひと。」


「わるい。」


「でも。」


「いいこと。」


「できる。」


騎士団長は困ったようにゼクトを見る。


ゼクトは苦笑した。


「最後まで営業されてしまったな。」


王女エリシアも静かに口を開く。


「お父様なら、きっと話を聞いてくださいます。」


騎士団長はしばらく考え、頷いた。


「陛下へ、そのまま伝えよう。」


ゼクトは深く頭を下げる。


「……ありがとう。」


その声は、誘拐犯ではなく、一人の人間としてのものだった。


アルトは笑顔で手を振る。


「またね。」


「……いや。」


ゼクトは苦笑しながら首を振る。


「次に会う時は、まっとうな仕事で会おう。」


朝日が廃鉱山を明るく照らす。


誘拐事件は幕を閉じた。


しかしアルトは知らなかった。


この出来事が、自分の名を王国中へ広めるきっかけになることを。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊺


『人は、信じられた時に変わる。』


相手の過去だけを見れば、可能性は閉ざされる。


未来を信じて接することで、人は自分を変える勇気を持てる。


営業とは、商品だけでなく、人の可能性を信じる仕事でもある。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第四十七話「営業課長、国王陛下に呼び出される」


「アルト・レオンを王城へ。」


誘拐事件の報告を受けた国王が、アルトとの謁見を望んだ。


そこで語られるのは、王国の未来を左右する新たな依頼だった――。

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