第四十六話 営業課長、誘拐犯の心を動かす
夜明け前。
廃鉱山の倉庫は静寂に包まれていた。
外では虫の鳴き声だけが響いている。
アルトは床に座り、修理した送風具を静かに眺めていた。
「ちゃんと。」
「なおった。」
見張りの男が苦笑する。
「お前、本当に魔道具が好きなんだな。」
「うん。」
「なおると。」
「うれしい。」
その一言に、男は少しだけ目を伏せた。
「……そうか。」
◇
ゼクトは一人、倉庫の外に立っていた。
部下が近づく。
「隊長。」
「王都の騎士団が動いています。」
「日の出にはここへ来るでしょう。」
「予定通り、人質を連れて移動しますか?」
ゼクトはすぐには答えなかった。
視線の先には、小さな窓から漏れる灯りがある。
その部屋には、自分たちが誘拐した二歳の子どもがいる。
だが、その子どもは一度も泣かなかった。
一度も憎まなかった。
むしろ、自分たちの壊れた魔道具を直し、食事まで褒めてくれた。
(なんなんだ……あの子は。)
◇
「おじさん。」
アルトが部屋から顔を出した。
「ねむれない?」
「……起きていたのか。」
アルトは小さく頷く。
「しんぱい。」
ゼクトは思わず笑う。
「心配される立場じゃないんだがな。」
アルトは隣へ座った。
しばらく二人とも何も話さない。
静かな風だけが吹き抜けていく。
やがてアルトが口を開いた。
「おじさん。」
「なんで。」
「わるいこと。」
ゼクトは遠くの山を見つめた。
「昔は違った。」
ぽつりと語り始める。
「俺は王国騎士だった。」
アルトは驚いた。
「きし?」
「ああ。」
「国境で戦っていた。」
「だが戦争が終わると、多くの騎士は職を失った。」
「家族を養えなくなった仲間もいた。」
「俺たちは……生きるために裏の仕事へ流れた。」
アルトは静かに聞いていた。
言い訳ではない。
後悔だった。
◇
「営業でも。」
アルトがぽつりと言う。
「しっぱい。」
「ある。」
ゼクトが苦笑する。
「二歳が営業を語るな。」
「えへへ。」
アルトも笑った。
「でも。」
「しっぱい。」
「なおせる。」
「……どうやって?」
アルトは地面に小さな丸を描く。
「おきゃくさん。」
「うらぎる。」
「もどらない。」
「でも。」
「しょうじき。」
「あやまる。」
「がんばる。」
「すこし。」
「もどる。」
営業課長だった頃。
大きなクレームを何度も経験した。
怒鳴られたこともある。
契約を失ったこともある。
それでも誠実に向き合い続けたお客様とは、何年後かに再び仕事ができた。
信頼は壊れる。
だが、諦めなければ積み直すこともできる。
◇
ゼクトは目を閉じる。
「……今さら戻れると思うか?」
「うん。」
アルトは迷わず答えた。
「ほんとに?」
「うん。」
「だって。」
「おじさん。」
「わるいひとなら。」
「ごはん。」
「くれない。」
「ぼく。」
「なおさせない。」
「おはなし。」
「きかない。」
ゼクトは思わず笑ってしまう。
「基準がおかしいな。」
「でも……ありがとう。」
その時だった。
「隊長!」
部下が駆け込んでくる。
「騎士団です!」
「倉庫を包囲されました!」
外から鋭い声が響く。
「王国近衛騎士団だ!」
「武器を捨て、直ちに投降せよ!」
倉庫の外は完全に包囲されていた。
◇
部下たちは剣を抜く。
「戦いましょう!」
「まだ逃げられます!」
しかしゼクトは静かに首を横へ振った。
「……もう終わりだ。」
「隊長!」
「俺たちは間違えた。」
部下たちは言葉を失う。
ゼクトは剣を床へ置いた。
カラン、と乾いた音が響く。
「武器を捨てろ。」
「責任は俺が取る。」
「隊長……。」
誰よりも先に一人の部下が剣を置く。
続いてもう一人。
やがて全員が武器を手放した。
◇
倉庫の扉がゆっくり開く。
近衛騎士団が一斉に突入する。
先頭には騎士団長。
その後ろには教授、リディア、ガイル、そしてエリシア王女の姿もあった。
「アルト!」
ガイルが駆け寄る。
アルトはにっこり笑った。
「ただいま。」
エミリアはいないが、ガイルはその小さな体を強く抱きしめた。
「よかった……!」
リディアは涙を拭っている。
教授も胸をなで下ろした。
エリシアはアルトの前まで来ると、少し怒った顔をした。
「心配したんだから!」
「ごめん。」
「もう!」
そう言いながら、最後には笑顔になった。
◇
騎士たちはゼクトたちを拘束していく。
その時だった。
アルトが騎士団長の服を軽く引っ張る。
「おねがい。」
「どうした?」
「このひと。」
「わるい。」
「でも。」
「いいこと。」
「できる。」
騎士団長は困ったようにゼクトを見る。
ゼクトは苦笑した。
「最後まで営業されてしまったな。」
王女エリシアも静かに口を開く。
「お父様なら、きっと話を聞いてくださいます。」
騎士団長はしばらく考え、頷いた。
「陛下へ、そのまま伝えよう。」
ゼクトは深く頭を下げる。
「……ありがとう。」
その声は、誘拐犯ではなく、一人の人間としてのものだった。
アルトは笑顔で手を振る。
「またね。」
「……いや。」
ゼクトは苦笑しながら首を振る。
「次に会う時は、まっとうな仕事で会おう。」
朝日が廃鉱山を明るく照らす。
誘拐事件は幕を閉じた。
しかしアルトは知らなかった。
この出来事が、自分の名を王国中へ広めるきっかけになることを。
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営業メモ㊺
『人は、信じられた時に変わる。』
相手の過去だけを見れば、可能性は閉ざされる。
未来を信じて接することで、人は自分を変える勇気を持てる。
営業とは、商品だけでなく、人の可能性を信じる仕事でもある。
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――次回、第四十七話「営業課長、国王陛下に呼び出される」
「アルト・レオンを王城へ。」
誘拐事件の報告を受けた国王が、アルトとの謁見を望んだ。
そこで語られるのは、王国の未来を左右する新たな依頼だった――。




