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第四十五話 営業課長、誘拐犯を顧客にしてしまう


朝日が、小さな窓から石造りの部屋へ差し込んでいた。


アルトは目を覚ますと、大きくあくびをした。


「ふぁ……。」


「よく寝た。」


見張りの男が思わずツッコむ。


「いやいや!」


「誘拐されてるんだぞ、お前!」


アルトは首をかしげる。


「ねむかった。」


「……大物か。」


「ただの二歳児じゃないな。」


見張りたちは顔を見合わせた。



しばらくすると、ゼクトが部屋へ入ってきた。


「朝食だ。」


木の皿には黒パンとスープが乗っている。


アルトは一口食べると、少し考え込んだ。


「……しょっぱい。」


「そうか?」


ゼクトも一口飲む。


「……確かに。」


料理番が慌てる。


「保存のために塩を多めに……。」


アルトは小さく笑った。


「もったいない。」


「え?」


「パン。」


「スープ。」


「べつべつ。」


「しょっぱい。」


「いっしょ。」


「おいしい。」


言われた通りにパンをスープへ浸して食べる。


「あっ。」


「本当だ。」


「うまい!」


見張りまで真似を始めた。


「俺も。」


「おお、食べやすい!」


ゼクトは思わず笑う。


「誘拐した子どもから朝食の食べ方を教わるとはな。」


部屋の空気が少し和らいだ。



食後。


アルトは縄を見ながら尋ねた。


「いたい。」


「ほどいて。」


見張りは困った顔をする。


「逃げるだろ。」


アルトは首を振る。


「にさい。」


「はやく。」


「はしれない。」


「……たしかに。」


ゼクトは少し考えた後、縄をほどかせた。


「ただし、妙な真似はするな。」


「うん。」


アルトは手首をさすりながら笑顔を見せる。


(まず一つ。)


(小さな信用を積み重ねる。)


営業でも同じだった。


最初から大きなお願いは通らない。


小さな約束を守り続けることで、相手は警戒を解く。



昼頃。


アルトは部屋の隅で木箱を見つけた。


中には壊れた魔道具が山積みになっている。


「これ。」


「どうしたの?」


見張りが答える。


「壊れた商品だ。」


「使えないから捨てる。」


アルトは手に取る。


少し眺める。


「なおる。」


「え?」


「ここ。」


「まがってる。」


魔力回路の金属板を指で軽く押す。


カチッ。


魔石をはめ直す。


送風具が静かに動き出した。


「風、出た。」


「…………。」


部屋が静まり返る。


「直った!」


「一瞬で!」


ゼクトまで目を見開く。


「本当に天才か……。」



「これ。」


アルトは壊れた魔道具を並べる。


「まだ。」


「つかえる。」


「なおす。」


「また。」


「うれる。」


ゼクトが腕を組む。


「修理して売る?」


「うん。」


「すてる。」


「おかね。」


「ゼロ。」


「なおす。」


「おかね。」


「ふえる。」


見張りの一人が感心する。


「確かに……。」


「今まで全部捨ててたな。」


アルトは続けた。


「もったいない。」


その一言が、妙に胸へ刺さった。



夕方。


倉庫の外では別の男たちが戻ってきていた。


「隊長。」


「王都は大騒ぎです。」


「近衛騎士団まで動いています。」


ゼクトは静かに頷く。


「予想通りだ。」


「身代金は?」


「要求していません。」


「なら、何が目的だ?」


部下が尋ねる。


ゼクトは少し黙った。


本当の目的。


それはアルトの才能を確かめることだった。


だが――。


(予想以上だ。)


発明だけではない。


観察力。


交渉力。


人の心を動かす力。


二歳の子どもとは思えない。



その夜。


アルトはゼクトへ話しかけた。


「おじさん。」


「なに?」


「わるい人?」


ゼクトは苦笑した。


「どう思う?」


アルトは少し考えた。


「わるい。」


「でも。」


「いい人。」


「へ?」


「ごはん。」


「くれた。」


「なぐらない。」


「おはなし。」


「きいてくれる。」


ゼクトは言葉を失う。


誘拐犯として見れば、自分は間違いなく悪人だ。


しかしアルトは、それ以外の部分も見ていた。


肩書きではなく、人を見る。


以前、王女エリシアに自然と接していた姿と同じだった。


「……変な子だ。」


「うん。」


「よく言われる。」


ゼクトは思わず吹き出した。


「ははは!」


部下たちまで笑い始める。


誰も気付いていなかった。


部屋の空気は、もう"監禁場所"ではなくなっていた。


営業課長は、会話だけで相手との距離を縮め始めていたのだ。



その頃、王城では。


「居場所が分かりました!」


近衛騎士が地図を広げる。


「廃鉱山跡の倉庫です!」


騎士団長は剣を抜いた。


「夜明けと同時に突入する。」


エリシアは胸の前で両手を握る。


「アルト……。」


王国最強の救出部隊が、静かに動き始めた。


一方その頃。


アルトは修理した送風具を眺めながら、小さくつぶやいた。


「おじさん。」


「これ。」


「もっと。」


「売れるよ。」


ゼクトは苦笑しながら頭をかく。


「お前は本当に……。」


「誘拐犯まで営業する気か。」


アルトはにっこり笑った。


「うん。」


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊹


『営業の第一歩は、敵を減らすことではなく、味方を増やすこと。』


人は警戒している相手の話は聞かない。


まずは信頼を築き、「この人の話なら聞いてみよう」と思ってもらうこと。


それが、すべての交渉のスタートラインである。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第四十六話「営業課長、誘拐犯の心を動かす」


救出部隊が迫る中、ゼクトは人生最大の決断を迫られる。


そしてアルトは、営業人生で培った"ある一言"で、誘拐事件の結末を大きく変えていく――。

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