第四十五話 営業課長、誘拐犯を顧客にしてしまう
朝日が、小さな窓から石造りの部屋へ差し込んでいた。
アルトは目を覚ますと、大きくあくびをした。
「ふぁ……。」
「よく寝た。」
見張りの男が思わずツッコむ。
「いやいや!」
「誘拐されてるんだぞ、お前!」
アルトは首をかしげる。
「ねむかった。」
「……大物か。」
「ただの二歳児じゃないな。」
見張りたちは顔を見合わせた。
◇
しばらくすると、ゼクトが部屋へ入ってきた。
「朝食だ。」
木の皿には黒パンとスープが乗っている。
アルトは一口食べると、少し考え込んだ。
「……しょっぱい。」
「そうか?」
ゼクトも一口飲む。
「……確かに。」
料理番が慌てる。
「保存のために塩を多めに……。」
アルトは小さく笑った。
「もったいない。」
「え?」
「パン。」
「スープ。」
「べつべつ。」
「しょっぱい。」
「いっしょ。」
「おいしい。」
言われた通りにパンをスープへ浸して食べる。
「あっ。」
「本当だ。」
「うまい!」
見張りまで真似を始めた。
「俺も。」
「おお、食べやすい!」
ゼクトは思わず笑う。
「誘拐した子どもから朝食の食べ方を教わるとはな。」
部屋の空気が少し和らいだ。
◇
食後。
アルトは縄を見ながら尋ねた。
「いたい。」
「ほどいて。」
見張りは困った顔をする。
「逃げるだろ。」
アルトは首を振る。
「にさい。」
「はやく。」
「はしれない。」
「……たしかに。」
ゼクトは少し考えた後、縄をほどかせた。
「ただし、妙な真似はするな。」
「うん。」
アルトは手首をさすりながら笑顔を見せる。
(まず一つ。)
(小さな信用を積み重ねる。)
営業でも同じだった。
最初から大きなお願いは通らない。
小さな約束を守り続けることで、相手は警戒を解く。
◇
昼頃。
アルトは部屋の隅で木箱を見つけた。
中には壊れた魔道具が山積みになっている。
「これ。」
「どうしたの?」
見張りが答える。
「壊れた商品だ。」
「使えないから捨てる。」
アルトは手に取る。
少し眺める。
「なおる。」
「え?」
「ここ。」
「まがってる。」
魔力回路の金属板を指で軽く押す。
カチッ。
魔石をはめ直す。
送風具が静かに動き出した。
「風、出た。」
「…………。」
部屋が静まり返る。
「直った!」
「一瞬で!」
ゼクトまで目を見開く。
「本当に天才か……。」
◇
「これ。」
アルトは壊れた魔道具を並べる。
「まだ。」
「つかえる。」
「なおす。」
「また。」
「うれる。」
ゼクトが腕を組む。
「修理して売る?」
「うん。」
「すてる。」
「おかね。」
「ゼロ。」
「なおす。」
「おかね。」
「ふえる。」
見張りの一人が感心する。
「確かに……。」
「今まで全部捨ててたな。」
アルトは続けた。
「もったいない。」
その一言が、妙に胸へ刺さった。
◇
夕方。
倉庫の外では別の男たちが戻ってきていた。
「隊長。」
「王都は大騒ぎです。」
「近衛騎士団まで動いています。」
ゼクトは静かに頷く。
「予想通りだ。」
「身代金は?」
「要求していません。」
「なら、何が目的だ?」
部下が尋ねる。
ゼクトは少し黙った。
本当の目的。
それはアルトの才能を確かめることだった。
だが――。
(予想以上だ。)
発明だけではない。
観察力。
交渉力。
人の心を動かす力。
二歳の子どもとは思えない。
◇
その夜。
アルトはゼクトへ話しかけた。
「おじさん。」
「なに?」
「わるい人?」
ゼクトは苦笑した。
「どう思う?」
アルトは少し考えた。
「わるい。」
「でも。」
「いい人。」
「へ?」
「ごはん。」
「くれた。」
「なぐらない。」
「おはなし。」
「きいてくれる。」
ゼクトは言葉を失う。
誘拐犯として見れば、自分は間違いなく悪人だ。
しかしアルトは、それ以外の部分も見ていた。
肩書きではなく、人を見る。
以前、王女エリシアに自然と接していた姿と同じだった。
「……変な子だ。」
「うん。」
「よく言われる。」
ゼクトは思わず吹き出した。
「ははは!」
部下たちまで笑い始める。
誰も気付いていなかった。
部屋の空気は、もう"監禁場所"ではなくなっていた。
営業課長は、会話だけで相手との距離を縮め始めていたのだ。
◇
その頃、王城では。
「居場所が分かりました!」
近衛騎士が地図を広げる。
「廃鉱山跡の倉庫です!」
騎士団長は剣を抜いた。
「夜明けと同時に突入する。」
エリシアは胸の前で両手を握る。
「アルト……。」
王国最強の救出部隊が、静かに動き始めた。
一方その頃。
アルトは修理した送風具を眺めながら、小さくつぶやいた。
「おじさん。」
「これ。」
「もっと。」
「売れるよ。」
ゼクトは苦笑しながら頭をかく。
「お前は本当に……。」
「誘拐犯まで営業する気か。」
アルトはにっこり笑った。
「うん。」
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営業メモ㊹
『営業の第一歩は、敵を減らすことではなく、味方を増やすこと。』
人は警戒している相手の話は聞かない。
まずは信頼を築き、「この人の話なら聞いてみよう」と思ってもらうこと。
それが、すべての交渉のスタートラインである。
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――次回、第四十六話「営業課長、誘拐犯の心を動かす」
救出部隊が迫る中、ゼクトは人生最大の決断を迫られる。
そしてアルトは、営業人生で培った"ある一言"で、誘拐事件の結末を大きく変えていく――。




