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42歳のおっさん、赤ちゃんからやり直す ~営業スキルで異世界改革~  作者: コンペイ党
第2部 営業課長、王都で信用を築く編

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第四十四話 営業課長、初めて誘拐される


夏休みを目前に控えた王都。


街は祭りの準備で賑わっていた。


露店が並び、子どもたちは走り回り、楽師たちが陽気な音楽を奏でている。


「アルト君、一緒に行きましょう!」


リディアが笑顔で声を掛ける。


今日は学院の研究員たちと市場調査を兼ねた見学の日だった。


「新しい魔道具の参考にもなりますから。」


教授も頷く。


「市場ほど、お客様の本音が聞ける場所はありません。」


アルトも嬉しそうに頷いた。


(現場主義か。)


営業時代も同じだった。


会議室で考えるより、現場へ行った方が答えは見つかる。


◇


市場は想像以上の人混みだった。


「焼き菓子いかがですか!」


「新鮮な果物ですよ!」


「認証付き送風具あります!」


あちこちから威勢の良い声が響く。


アルトは歩きながら店先を眺めていた。


「こんにちは。」


「送風具、どうですか?」


店主は笑顔で答える。


「最高だよ!」


「でもな。」


「持ち運ぶ袋が欲しいって人が多い。」


「なるほど。」


「子ども向けの色違いも人気が出そうだ。」


アルトは一つ一つを心の中にメモしていく。


(お客様は次のヒントをくれる。)


◇


その頃。


市場の屋根の上では、黒い外套の男たちが静かに見下ろしていた。


「標的を確認。」


「護衛は教授一名、研究員三名。」


「王宮騎士なし。」


「予定通り実行する。」


銀色の歯車の紋章が陽射しを反射する。


◇


「アルト君。」


リディアが呼ぶ。


「少し休憩しましょう。」


その瞬間だった。


パンッ!


白い煙が一気に広がる。


「きゃあ!」


「煙玉だ!」


市場は大混乱になった。


人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。


教授が叫ぶ。


「アルト君!」


だが返事はない。


煙が晴れた時。


アルトの姿だけが消えていた。


◇


目を開けると、薄暗い部屋だった。


石造りの壁。


小さな窓。


椅子に座らされている。


手足は縄で縛られていた。


「……誘拐か。」


思わず口に出る。


前世でも会社の研修で危機管理は学んだ。


『誘拐されたら無闇に抵抗するな。』


『犯人を観察しろ。』


『生き残ることを最優先に。』


アルトは深呼吸した。


(まずは情報収集。)


部屋には三人。


見張り役が二人。


奥には責任者らしい男。


年齢は三十代後半。


右頬に一本の傷があった。


「起きたか。」


男が低い声で言う。


「怖くないのか?」


アルトは首を傾げる。


「ちょっと。」


「だけ。」


本当は少し怖い。


だが、相手に悟らせる方が危険だった。


◇


男は椅子へ腰掛ける。


「送風具。」


「誰が考えた?」


「ぼく。」


「他には?」


「みんな。」


「みんな?」


「先生。」


「リディア。」


「アレン。」


「みんな。」


男は眉をひそめる。


情報を引き出そうとしている。


アルトも分かっていた。


(営業は聞く仕事。)


相手が質問している時は、相手も情報を欲しがっている。


ならば、こちらも聞けばいい。


「おじさん。」


「だれ?」


男が少し笑う。


「おじさんか。」


「久しぶりに言われたな。」


「私はゼクト。」


「商人だ。」


(嘘だ。)


手を見る。


剣ダコがある。


歩き方も兵士に近い。


商人ではない。


◇


アルトは小さく笑った。


「うそ。」


部屋が静まり返る。


「……何?」


「商人。」


「ちがう。」


ゼクトの目が細くなる。


「どうしてそう思う?」


「手。」


「かたい。」


「剣。」


「つかう。」


見張り役まで驚いていた。


「隊長……。」


ゼクトは思わず自分の手を見た。


「見抜かれたか。」


そして苦笑した。


「本当に二歳か?」


◇


その頃。


王都では大騒ぎになっていた。


「アルト君がさらわれた!」


教授は王宮へ駆け込む。


リディアは泣きながら事情を説明していた。


レオンは拳を強く握り締める。


「必ず助ける。」


その時。


王宮の奥から聞き覚えのある声が響く。


「私も行きます。」


現れたのは王女エリシアだった。


「アルトは私の友達です。」


「友達を助けるのは当たり前です。」


王は困った表情を浮かべる。


「しかし危険だ。」


「それでも。」


エリシアの青い瞳には強い決意が宿っていた。


その姿を見た近衛騎士団長が一歩前へ出る。


「陛下。」


「我ら近衛騎士団が責任を持って救出いたします。」


王はゆっくり頷いた。


「総力を挙げよ。」


「必ずアルトを無事に連れ戻せ。」


王国中が、一人の二歳児を救うために動き始めた。


一方その頃――。


アルトは誘拐犯たちへ、にこりと笑っていた。


「おじさん。」


「商売。」


「へた。」


ゼクトは思わず吹き出す。


「ははっ!」


「誘拐された子どもに営業指導されるとはな。」


その笑顔の裏で、アルトは静かに策を巡らせていた。


(さて。)


(ここからが営業課長の本領だ。)


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊸


『相手を説得したいなら、まず相手を知れ。』


営業は話す仕事ではない。


観察し、質問し、相手を理解する仕事だ。


情報を持つ者ほど、有利に交渉を進められる。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第四十五話「営業課長、誘拐犯を顧客にしてしまう」


監禁された密室で始まる奇妙な商談。


営業課長は剣も魔法も使わず、"会話"だけで誘拐犯たちの心を揺さぶり始める――。

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