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第四十三話 営業課長、王国一の商人と勝負する


夏の日差しが王都の石畳を照らしていた。


送風具の人気は衰えるどころか、日に日に高まっている。


「認証付きはありますか?」


「はい、本日入荷しております!」


「二台ください!」


王都中の魔道具店が活気にあふれていた。


そんな中、学院へ一通の招待状が届く。


王都商業会館。


『王国商業協議会へのご招待』


差出人の名前を見た教授が目を見開いた。


「まさか……。」


リディアが覗き込む。


「どうされたんですか?」


教授は静かに答えた。


「王国最大の商会――グランディア商会だ。」


「その会頭自ら、アルト君に会いたいそうだ。」


ガイルが思わず声を上げる。


「王国一の商人が?」



数日後。


王都商業会館。


豪華な応接室には、王国中の有力商人たちが集まっていた。


「本当に来るのか?」


「噂の天才児が?」


「二歳だと聞いたが……。」


ざわめく室内。


そこへアルトたちが案内される。


ガイルは緊張で顔が硬い。


(営業時代の大口商談を思い出すな。)


アルトだけは落ち着いていた。


しばらくすると、一人の老人がゆっくり入室する。


白髪を後ろへ流し、上品な黒い礼服をまとっている。


年齢は七十歳ほど。


だが、その眼光は若い商人以上に鋭かった。


「初めまして。」


「グランディア商会会頭、レオナルドだ。」


部屋中の空気が張り詰める。


王国一の商人。


数十年にわたり王国経済を支えてきた伝説の人物だった。



レオナルドはアルトを見る。


「君が送風具を考えたそうだね。」


「うん。」


「では、一つ聞こう。」


老人は一本の羽ペンを机へ置いた。


「このペン。」


「どう売る?」


部屋が静まり返る。


商人たちはニヤリと笑う。


(二歳児には無理だ。)


そんな空気が流れていた。


アルトは羽ペンを手に取る。


少し眺める。


そして尋ねた。


「だれに?」


レオナルドの眉がわずかに動く。


「ほう?」


「子ども?」


「先生?」


「役人?」


「商人?」


「使う人。」


「ちがう。」


「売り方もちがう。」


部屋の空気が変わった。


アルトは続ける。


「先生なら。」


「長く書ける。」


「役人なら。」


「早く書ける。」


「商人なら。」


「契約。」


「子どもなら。」


「きれい。」


「同じペン。」


「でも。」


「売る言葉。」


「変える。」


シーン――。


誰も言葉を発しない。



レオナルドは静かに笑った。


「見事だ。」


「商品の説明ではなく、お客様の価値を語った。」


「営業の基本だ。」


アルトも心の中で笑う。


(やっぱり分かる人だ。)


営業で大切なのは商品の性能ではない。


相手が得られる未来を伝えること。


前世で何度も部下へ教えた内容だった。



しかし、レオナルドはさらに続ける。


「では第二問。」


彼は二つの送風具を置いた。


一つは学院製。


もう一つは他工房の製品だった。


性能はほぼ同じ。


価格も同じ。


「どちらを売る?」


アルトは即答しなかった。


手に取る。


風量を確認する。


音を聞く。


持ちやすさも確かめる。


数分後。


アルトは顔を上げた。


「どっちも。」


商人たちがざわつく。


「どっちも?」


アルトは頷く。


「お客さん。」


「選ぶ。」


「ぼく。」


「決めない。」


レオナルドは目を細めた。


アルトは続ける。


「いいところ。」


「ちゃんと話す。」


「決めるの。」


「お客さん。」


営業は押し売りではない。


最終的に決めるのは、お客様自身だ。


信頼できる営業ほど、無理に誘導しない。


必要な情報を渡し、相手の判断を尊重する。


それが長く付き合える関係を生む。



レオナルドは立ち上がると、大きく笑った。


「はっはっは!」


「負けた!」


部屋中が驚く。


王国一の商人が、自ら敗北を認めたのだ。


「私は試したつもりだった。」


「しかし、学ばされた。」


老人はアルトへ深く頭を下げる。


「君は立派な商人だ。」


アルトは慌てて首を振る。


「ちがう。」


「え?」


「営業。」


「営業課長。」


思わず口から本音が出てしまった。


一瞬、静まり返る部屋。


次の瞬間。


「ははははは!」


「営業課長とは何だ!」


「面白い子だ!」


会場は笑いに包まれた。


アルトは小さく頬をかいた。


(危ない危ない。)



帰り際。


レオナルドは一枚の金色のカードを手渡した。


「これは?」


「グランディア商会の特別証だ。」


「君なら、いつでも私を訪ねてくるといい。」


「商売の話でも、人生の話でも。」


アルトは両手で受け取る。


「ありがとう。」


老人は満足そうに頷いた。


「王国の未来は明るい。」


「君のような子どもがいるのだから。」



その夜。


黒い外套の男のもとへ、新たな報告が届く。


「グランディア商会まで味方につきました。」


男は静かに目を閉じる。


「予定を変更する。」


「もう様子見は終わりだ。」


机の上には、アルトの似顔絵が置かれていた。


その紙に、男はゆっくりと赤い印を付ける。


「確保せよ。」


「できれば生け捕りで。」


王国を揺るがす陰謀が、ついに動き始めた。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊷


『商品を売るな。お客様が手に入れる未来を伝えろ。』


人は商品そのものを買うのではない。


その商品によって得られる便利さ、安心、喜びを買っている。


営業とは、未来を提案する仕事である。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第四十四話「営業課長、初めて誘拐される」


アルトを狙う謎の組織がついに動き出す。


相手は剣でも魔法でもなく、情報と策略で獲物を追い詰めるプロ集団。


営業課長最大の危機が、静かに幕を開ける――。

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