第四十三話 営業課長、王国一の商人と勝負する
夏の日差しが王都の石畳を照らしていた。
送風具の人気は衰えるどころか、日に日に高まっている。
「認証付きはありますか?」
「はい、本日入荷しております!」
「二台ください!」
王都中の魔道具店が活気にあふれていた。
そんな中、学院へ一通の招待状が届く。
王都商業会館。
『王国商業協議会へのご招待』
差出人の名前を見た教授が目を見開いた。
「まさか……。」
リディアが覗き込む。
「どうされたんですか?」
教授は静かに答えた。
「王国最大の商会――グランディア商会だ。」
「その会頭自ら、アルト君に会いたいそうだ。」
ガイルが思わず声を上げる。
「王国一の商人が?」
◇
数日後。
王都商業会館。
豪華な応接室には、王国中の有力商人たちが集まっていた。
「本当に来るのか?」
「噂の天才児が?」
「二歳だと聞いたが……。」
ざわめく室内。
そこへアルトたちが案内される。
ガイルは緊張で顔が硬い。
(営業時代の大口商談を思い出すな。)
アルトだけは落ち着いていた。
しばらくすると、一人の老人がゆっくり入室する。
白髪を後ろへ流し、上品な黒い礼服をまとっている。
年齢は七十歳ほど。
だが、その眼光は若い商人以上に鋭かった。
「初めまして。」
「グランディア商会会頭、レオナルドだ。」
部屋中の空気が張り詰める。
王国一の商人。
数十年にわたり王国経済を支えてきた伝説の人物だった。
◇
レオナルドはアルトを見る。
「君が送風具を考えたそうだね。」
「うん。」
「では、一つ聞こう。」
老人は一本の羽ペンを机へ置いた。
「このペン。」
「どう売る?」
部屋が静まり返る。
商人たちはニヤリと笑う。
(二歳児には無理だ。)
そんな空気が流れていた。
アルトは羽ペンを手に取る。
少し眺める。
そして尋ねた。
「だれに?」
レオナルドの眉がわずかに動く。
「ほう?」
「子ども?」
「先生?」
「役人?」
「商人?」
「使う人。」
「ちがう。」
「売り方もちがう。」
部屋の空気が変わった。
アルトは続ける。
「先生なら。」
「長く書ける。」
「役人なら。」
「早く書ける。」
「商人なら。」
「契約。」
「子どもなら。」
「きれい。」
「同じペン。」
「でも。」
「売る言葉。」
「変える。」
シーン――。
誰も言葉を発しない。
◇
レオナルドは静かに笑った。
「見事だ。」
「商品の説明ではなく、お客様の価値を語った。」
「営業の基本だ。」
アルトも心の中で笑う。
(やっぱり分かる人だ。)
営業で大切なのは商品の性能ではない。
相手が得られる未来を伝えること。
前世で何度も部下へ教えた内容だった。
◇
しかし、レオナルドはさらに続ける。
「では第二問。」
彼は二つの送風具を置いた。
一つは学院製。
もう一つは他工房の製品だった。
性能はほぼ同じ。
価格も同じ。
「どちらを売る?」
アルトは即答しなかった。
手に取る。
風量を確認する。
音を聞く。
持ちやすさも確かめる。
数分後。
アルトは顔を上げた。
「どっちも。」
商人たちがざわつく。
「どっちも?」
アルトは頷く。
「お客さん。」
「選ぶ。」
「ぼく。」
「決めない。」
レオナルドは目を細めた。
アルトは続ける。
「いいところ。」
「ちゃんと話す。」
「決めるの。」
「お客さん。」
営業は押し売りではない。
最終的に決めるのは、お客様自身だ。
信頼できる営業ほど、無理に誘導しない。
必要な情報を渡し、相手の判断を尊重する。
それが長く付き合える関係を生む。
◇
レオナルドは立ち上がると、大きく笑った。
「はっはっは!」
「負けた!」
部屋中が驚く。
王国一の商人が、自ら敗北を認めたのだ。
「私は試したつもりだった。」
「しかし、学ばされた。」
老人はアルトへ深く頭を下げる。
「君は立派な商人だ。」
アルトは慌てて首を振る。
「ちがう。」
「え?」
「営業。」
「営業課長。」
思わず口から本音が出てしまった。
一瞬、静まり返る部屋。
次の瞬間。
「ははははは!」
「営業課長とは何だ!」
「面白い子だ!」
会場は笑いに包まれた。
アルトは小さく頬をかいた。
(危ない危ない。)
◇
帰り際。
レオナルドは一枚の金色のカードを手渡した。
「これは?」
「グランディア商会の特別証だ。」
「君なら、いつでも私を訪ねてくるといい。」
「商売の話でも、人生の話でも。」
アルトは両手で受け取る。
「ありがとう。」
老人は満足そうに頷いた。
「王国の未来は明るい。」
「君のような子どもがいるのだから。」
◇
その夜。
黒い外套の男のもとへ、新たな報告が届く。
「グランディア商会まで味方につきました。」
男は静かに目を閉じる。
「予定を変更する。」
「もう様子見は終わりだ。」
机の上には、アルトの似顔絵が置かれていた。
その紙に、男はゆっくりと赤い印を付ける。
「確保せよ。」
「できれば生け捕りで。」
王国を揺るがす陰謀が、ついに動き始めた。
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営業メモ㊷
『商品を売るな。お客様が手に入れる未来を伝えろ。』
人は商品そのものを買うのではない。
その商品によって得られる便利さ、安心、喜びを買っている。
営業とは、未来を提案する仕事である。
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――次回、第四十四話「営業課長、初めて誘拐される」
アルトを狙う謎の組織がついに動き出す。
相手は剣でも魔法でもなく、情報と策略で獲物を追い詰めるプロ集団。
営業課長最大の危機が、静かに幕を開ける――。




