第四十二話 営業課長、模倣品との戦いが始まる
夏の訪れとともに、王都には送風具を持ち歩く人の姿が増えていた。
「いやぁ、これがあるだけで全然違う!」
「子どもでも使えるなんて便利だね。」
「今年一番の発明だ!」
市場では送風具が飛ぶように売れている。
しかし、その賑わいとは対照的に、王立魔法学院の研究室には重い空気が漂っていた。
「また……ですか。」
リディアが机の上に置かれた送風具を見つめる。
外見は本物とほとんど変わらない。
だが、表面は粗く、魔力回路も雑だった。
教授がため息をつく。
「今朝だけで七件。」
「『壊れた』『風が出ない』『火花が散った』という苦情が届いています。」
ガイルが驚く。
「でも、それはうちの商品じゃないんでしょう?」
「その通りです。」
教授は苦々しい表情で頷いた。
「誰かが見よう見まねで作った模倣品です。」
◇
アルトは壊れた送風具を手に取る。
(ひどいな……。)
魔力回路は適当に繋がれ、安全装置まで省略されている。
これでは壊れて当然だった。
前世でも何度も見た。
人気商品が売れ始めると、必ず現れるコピー商品。
価格だけを武器にした粗悪品。
そして困るのは、お客様だった。
「これも同じ会社の商品?」
アルトが尋ねる。
クラウスが首を横に振った。
「違います。」
「屋台や露店で売り歩いている無許可業者です。」
「作っては姿を消すので捕まえられません。」
教授が腕を組む。
「このままでは送風具そのものの信用が失われます。」
◇
翌日。
学院の会議室には教授陣、商人ギルド、王国特許局の担当者が集まっていた。
「模倣品は禁止されている。」
役人が説明する。
「ですが、一つ一つ摘発するには時間がかかります。」
「市場へ出回る速度のほうが速いのです。」
部屋が静まり返る。
その時だった。
アルトが小さく手を挙げた。
「しるし。」
「……しるし?」
「本物。」
「すぐ分かる。」
クラウスの目が輝く。
「なるほど!」
「本物だけに目印を付けるのか!」
アルトは頷く。
「みんな。」
「安心。」
教授も膝を叩いた。
「確かに!」
「偽物を探すより、本物を分かりやすくした方が早い!」
◇
数日後。
送風具の持ち手には、小さな銀色のプレートが取り付けられた。
そこには王国の紋章と、
『王立魔法学院認証』
の文字が刻まれている。
さらに裏側には、一つ一つ異なる管理番号まで入れられた。
店先には新しい看板も並ぶ。
『認証店』
『学院公認販売店』
王都中に、その看板が掲げられていく。
クラウスは笑顔だった。
「これならお客様も安心して買えます。」
「信用そのものが商品の価値になります。」
アルトも満足そうに頷いた。
(ブランドはロゴじゃない。)
信用そのものだ。
営業時代、何度も教えられた言葉だった。
安いだけの商品は忘れられる。
信頼できる商品は選ばれ続ける。
◇
数週間後。
市場の様子は一変していた。
「安い送風具あります!」
露店の男が叫ぶ。
しかし、客は立ち止まるだけだった。
「認証は?」
「番号は?」
「学院の印がないじゃない。」
誰も買わない。
男は焦り始める。
「な、なんで急に……。」
一方、公認店では。
「認証付きください!」
「一番新しい型をお願いします!」
客足は以前より増えていた。
クラウスは苦笑する。
「偽物を減らしたというより……。」
「お客様自身が本物を選ぶようになりましたね。」
◇
その日の夜。
王都郊外の古い倉庫。
黒い外套の男が机を叩いた。
「売れないだと?」
商人が震えながら答える。
「認証制度が始まりまして……。」
「客が誰も偽物を買わないんです!」
男の目が細くなる。
「二歳の子どもが、ここまで考えるか。」
沈黙のあと、小さく笑った。
「面白い。」
「ならば次は、商品ではない。」
「本人を調べろ。」
部屋の空気が一気に冷え込む。
アルトを狙う視線は、少しずつ近づいていた。
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営業メモ㊶
『ブランドとは、名前ではなく「信用」である。』
価格は真似できる。
見た目も真似できる。
しかし、お客様との信頼だけは真似できない。
最後に選ばれるのは、「安心して買える」と思ってもらえる商品である。
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――次回、第四十三話「営業課長、王国一の商人と勝負する」
「君の考えを試させてもらおう。」
王国最大の商会の会頭がアルトの前に現れる。
その勝負は、剣でも魔法でもない。
"商売"で決着をつけることになる――。




