第四十一話 営業課長、商人ギルドにスカウトされる
王都の朝は今日も活気に満ちていた。
「送風具ありますか!」
「すみません、本日分は売り切れです!」
「次の入荷は三日後になります!」
大通りにある魔道具店では、開店直後から長蛇の列ができていた。
店員たちは額に汗を浮かべながら対応に追われている。
「こんなに売れるとは思わなかったな。」
「王城からの追加発注まで入ってるぞ。」
「地方の領主様からも問い合わせが来てる!」
送風具は、王都でちょっとした社会現象になり始めていた。
◇
その頃、アルトは王立魔法学院の研究室で新しい図面を眺めていた。
「アルト君。」
リディアが笑顔で声を掛ける。
「今日は商人ギルドの方がお見えになります。」
「しょうにん?」
「ええ。」
「送風具を全国へ流通させたいそうです。」
アルトは心の中で納得する。
(売れる商品には必ず販路が必要だ。)
営業時代、どんなに優れた商品でも、売る仕組みがなければ広まらなかった。
良い商品を作る人。
運ぶ人。
売る人。
すべてが揃って初めてビジネスは成立する。
◇
しばらくして研究室へ一人の男性が入ってきた。
四十代半ばほど。
上質な紺色のスーツのような服装。
整えられた口ひげ。
柔らかな笑顔。
「初めまして。」
「王都商人ギルド所属、クラウスと申します。」
名刺こそないが、営業マン特有の空気をまとっている。
アルトは思わず心の中で笑った。
(同業者だ。)
握手を交わした瞬間に分かる。
この男は、相当できる。
クラウスはしゃがみ込み、アルトと目線を合わせた。
「君がアルト君だね。」
「うん。」
「噂以上だ。」
「二歳とは思えない。」
アルトはにこりと笑う。
「よく言われる。」
その返答にクラウスが吹き出した。
「ははは!」
「面白い子だ。」
◇
応接室へ移動すると、クラウスは一枚の地図を広げた。
「見てほしい。」
王国全土の地図だった。
赤い印がいくつも付いている。
「ここが送風具を欲しがっている街です。」
「すでに百二十件以上の注文があります。」
教授たちが驚く。
「そんなに?」
「ええ。」
「ですが問題があります。」
クラウスは肩をすくめた。
「作る人が足りません。」
「運ぶ人も足りません。」
「販売店も足りません。」
アルトは地図を見ながら頷く。
(完全に供給不足だ。)
前世でもヒット商品ではよくある話だった。
◇
「アルト君。」
クラウスが真剣な表情になる。
「君にお願いがある。」
部屋の空気が変わる。
「ぜひ、商人ギルドの特別顧問になってほしい。」
全員が固まった。
「……え?」
ガイルが聞き返す。
「二歳ですよ?」
「もちろん存じています。」
クラウスは笑顔のまま答えた。
「しかし、送風具の発想も、市場を見る視点も、大人以上です。」
「我々には、その知恵が必要なのです。」
アルトは苦笑する。
(スカウトされた。)
まさか異世界でヘッドハンティングされるとは思わなかった。
◇
「報酬も用意します。」
クラウスが続ける。
「金貨五十枚。」
ガイルが咳き込む。
「ごほっ!」
教授も目を丸くした。
「顧問料だけで?」
「ええ。」
「さらに売上に応じた成功報酬も。」
リディアが小さく呟く。
「王宮魔術師より高待遇かもしれません……。」
アルトは首を横に振った。
「だめ。」
「え?」
クラウスが驚く。
「どうしてですか?」
アルトは静かに答える。
「お金。」
「だけじゃ。」
「続かない。」
部屋が静まり返る。
◇
アルトはゆっくりと言葉を続けた。
「みんな。」
「儲かる。」
「それが一番。」
「でも。」
「買う人。」
「作る人。」
「売る人。」
「みんな。」
「笑顔。」
「それがもっと大事。」
クラウスは息を呑んだ。
営業時代のアルトが何度も経験したことだった。
利益だけを追う会社は、やがて信用を失う。
顧客を大切にし、社員を大切にし、取引先を大切にする会社だけが長く愛される。
「三方よし」という言葉を思い出す。
売り手よし。
買い手よし。
世間よし。
この世界でも、その考え方はきっと通用する。
クラウスはゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。
「……勉強になりました。」
「私が教える立場だと思っていました。」
「逆でした。」
◇
帰り際。
クラウスはアルトへ一枚の木札を手渡した。
「これは?」
「商人ギルド特別相談役の証です。」
「正式な顧問契約は、君がもう少し大きくなってからで構わない。」
「だが、この席は君のために空けておく。」
アルトは少し照れくさそうに受け取る。
「ありがとう。」
その様子を見ていた教授が笑う。
「二歳児に将来の役員席を予約するとは。」
ガイルも苦笑した。
「我が息子ながら、本当に何者なんだ……。」
アルトは心の中だけで答える。
(ただの営業課長です。)
◇
その日の夕方。
王都の裏路地。
黒い外套の男が一通の報告書を受け取っていた。
「送風具。」
「発明者は二歳の子ども。」
「商人ギルドも接触済みです。」
男は静かに笑う。
「ますます興味が湧いた。」
胸元には銀色の歯車の紋章。
「回収しろ。」
「方法は問わん。」
冷たい声だけが、薄暗い路地に響いた。
アルトの知らないところで、新たな敵が静かに動き始めていた。
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営業メモ㊵
『利益は「結果」であり、「目的」ではない。』
利益だけを追えば、人は離れる。
価値を届け続ければ、利益はあとから付いてくる。
長く愛される商売は、目先の儲けより信頼を積み重ねている。
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――次回、第四十二話「営業課長、模倣品との戦いが始まる」
王都に出回り始めた「そっくりな送風具」。
品質は悪く、壊れやすい。
その被害は、本物を作ったアルトたちにも及び始める。
営業課長は異世界で、「ブランドを守る戦い」に挑む。




