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第四十一話 営業課長、商人ギルドにスカウトされる


王都の朝は今日も活気に満ちていた。


「送風具ありますか!」


「すみません、本日分は売り切れです!」


「次の入荷は三日後になります!」


大通りにある魔道具店では、開店直後から長蛇の列ができていた。


店員たちは額に汗を浮かべながら対応に追われている。


「こんなに売れるとは思わなかったな。」


「王城からの追加発注まで入ってるぞ。」


「地方の領主様からも問い合わせが来てる!」


送風具は、王都でちょっとした社会現象になり始めていた。



その頃、アルトは王立魔法学院の研究室で新しい図面を眺めていた。


「アルト君。」


リディアが笑顔で声を掛ける。


「今日は商人ギルドの方がお見えになります。」


「しょうにん?」


「ええ。」


「送風具を全国へ流通させたいそうです。」


アルトは心の中で納得する。


(売れる商品には必ず販路が必要だ。)


営業時代、どんなに優れた商品でも、売る仕組みがなければ広まらなかった。


良い商品を作る人。


運ぶ人。


売る人。


すべてが揃って初めてビジネスは成立する。



しばらくして研究室へ一人の男性が入ってきた。


四十代半ばほど。


上質な紺色のスーツのような服装。


整えられた口ひげ。


柔らかな笑顔。


「初めまして。」


「王都商人ギルド所属、クラウスと申します。」


名刺こそないが、営業マン特有の空気をまとっている。


アルトは思わず心の中で笑った。


(同業者だ。)


握手を交わした瞬間に分かる。


この男は、相当できる。


クラウスはしゃがみ込み、アルトと目線を合わせた。


「君がアルト君だね。」


「うん。」


「噂以上だ。」


「二歳とは思えない。」


アルトはにこりと笑う。


「よく言われる。」


その返答にクラウスが吹き出した。


「ははは!」


「面白い子だ。」



応接室へ移動すると、クラウスは一枚の地図を広げた。


「見てほしい。」


王国全土の地図だった。


赤い印がいくつも付いている。


「ここが送風具を欲しがっている街です。」


「すでに百二十件以上の注文があります。」


教授たちが驚く。


「そんなに?」


「ええ。」


「ですが問題があります。」


クラウスは肩をすくめた。


「作る人が足りません。」


「運ぶ人も足りません。」


「販売店も足りません。」


アルトは地図を見ながら頷く。


(完全に供給不足だ。)


前世でもヒット商品ではよくある話だった。



「アルト君。」


クラウスが真剣な表情になる。


「君にお願いがある。」


部屋の空気が変わる。


「ぜひ、商人ギルドの特別顧問になってほしい。」


全員が固まった。


「……え?」


ガイルが聞き返す。


「二歳ですよ?」


「もちろん存じています。」


クラウスは笑顔のまま答えた。


「しかし、送風具の発想も、市場を見る視点も、大人以上です。」


「我々には、その知恵が必要なのです。」


アルトは苦笑する。


(スカウトされた。)


まさか異世界でヘッドハンティングされるとは思わなかった。



「報酬も用意します。」


クラウスが続ける。


「金貨五十枚。」


ガイルが咳き込む。


「ごほっ!」


教授も目を丸くした。


「顧問料だけで?」


「ええ。」


「さらに売上に応じた成功報酬も。」


リディアが小さく呟く。


「王宮魔術師より高待遇かもしれません……。」


アルトは首を横に振った。


「だめ。」


「え?」


クラウスが驚く。


「どうしてですか?」


アルトは静かに答える。


「お金。」


「だけじゃ。」


「続かない。」


部屋が静まり返る。



アルトはゆっくりと言葉を続けた。


「みんな。」


「儲かる。」


「それが一番。」


「でも。」


「買う人。」


「作る人。」


「売る人。」


「みんな。」


「笑顔。」


「それがもっと大事。」


クラウスは息を呑んだ。


営業時代のアルトが何度も経験したことだった。


利益だけを追う会社は、やがて信用を失う。


顧客を大切にし、社員を大切にし、取引先を大切にする会社だけが長く愛される。


「三方よし」という言葉を思い出す。


売り手よし。


買い手よし。


世間よし。


この世界でも、その考え方はきっと通用する。


クラウスはゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。


「……勉強になりました。」


「私が教える立場だと思っていました。」


「逆でした。」



帰り際。


クラウスはアルトへ一枚の木札を手渡した。


「これは?」


「商人ギルド特別相談役の証です。」


「正式な顧問契約は、君がもう少し大きくなってからで構わない。」


「だが、この席は君のために空けておく。」


アルトは少し照れくさそうに受け取る。


「ありがとう。」


その様子を見ていた教授が笑う。


「二歳児に将来の役員席を予約するとは。」


ガイルも苦笑した。


「我が息子ながら、本当に何者なんだ……。」


アルトは心の中だけで答える。


(ただの営業課長です。)



その日の夕方。


王都の裏路地。


黒い外套の男が一通の報告書を受け取っていた。


「送風具。」


「発明者は二歳の子ども。」


「商人ギルドも接触済みです。」


男は静かに笑う。


「ますます興味が湧いた。」


胸元には銀色の歯車の紋章。


「回収しろ。」


「方法は問わん。」


冷たい声だけが、薄暗い路地に響いた。


アルトの知らないところで、新たな敵が静かに動き始めていた。


━━━━━━━━━━━━━━


営業メモ㊵


『利益は「結果」であり、「目的」ではない。』


利益だけを追えば、人は離れる。


価値を届け続ければ、利益はあとから付いてくる。


長く愛される商売は、目先の儲けより信頼を積み重ねている。


━━━━━━━━━━━━━━


――次回、第四十二話「営業課長、模倣品との戦いが始まる」


王都に出回り始めた「そっくりな送風具」。


品質は悪く、壊れやすい。


その被害は、本物を作ったアルトたちにも及び始める。


営業課長は異世界で、「ブランドを守る戦い」に挑む。

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