第四十話 営業課長、初めての特許料を受け取る
初夏の風が、レオン家の庭を心地よく吹き抜けていた。
アルトは縁側に座り、小さな木の積み木を積み上げている。
「いち、に、さん……。」
積み木は八段目で崩れた。
「……営業も積み木も、土台が大事。」
ぼそりと呟く。
近くで見ていた母・エミリアが吹き出した。
「二歳児とは思えないことを言うのね。」
(いや、中身四十二歳ですから。)
そんなことは口が裂けても言えない。
その時だった。
玄関の外から声が響く。
「王都より使者がお見えです!」
父・ガイルが応対に向かう。
現れたのは、王国の紋章が入った制服を着た役人だった。
「レオン家ご当主、ガイル・レオン殿でお間違いありませんか。」
「はい。」
役人は一通の封筒を差し出した。
「王立魔法学院共同研究における魔道具開発について、王国より正式な通知です。」
空気が少し張り詰める。
ガイルは慎重に封を切った。
そこには、美しい文字でこう書かれていた。
『送風具改良技術を王国発明登録制度へ登録する。』
『発明者アルト・レオンに対し、報奨金および今後の利用料の一部を支給する。』
ガイルが固まった。
「……え?」
エミリアも目を丸くする。
「利用料?」
アルトだけは心の中でガッツポーズをしていた。
(きた! ロイヤリティ制度!)
◇
数日後。
アルトは父と共に王立魔法学院を訪れていた。
学院長室には教授、アレン、リディア、そして王国特許局の職員が集まっている。
「アルト君。」
年配の職員が優しく笑う。
「君の改良案は、王国の生活を便利にする価値があると認められた。」
「そのため、王国が製造する送風具一台ごとに、一定額が発明者へ支払われる。」
アルトは小さく首をかしげる。
「ずっと?」
「特許期間中は、です。」
「他者が勝手に同じ技術を使うこともできません。」
教授が嬉しそうに頷く。
「これで研究者も安心して新しい技術を生み出せます。」
アルトは感心した。
(思った以上に制度が整ってるな。)
前世でも知的財産は会社の重要資産だった。
アイデアには価値がある。
だからこそ、守る仕組みが必要なのだ。
◇
職員は革袋を机に置いた。
「第一回報奨金です。」
ガイルが恐る恐る中を覗く。
「……金貨二十枚?」
部屋が静まり返る。
「えっ?」
「二十枚?」
リディアまで驚いている。
ガイルは慌てた。
「何かの間違いでは?」
職員は首を横に振る。
「現在、王都工房だけで五百台の製造が決定しております。」
「地方都市への普及も予定されています。」
「これはその第一回分です。」
アレンが苦笑する。
「アルト君。」
「君は二歳で領地一年分に近い利益を生んでしまったよ。」
ガイルは椅子から落ちそうになった。
「アルトォォォ!」
「う?」
「いや、本人は悪くないんだが!」
エミリアは思わず笑いを堪えている。
◇
帰り道。
馬車の中でガイルは革袋を何度も確認していた。
「夢じゃないよな?」
「本物だよな?」
「偽物じゃないよな?」
アルトは苦笑する。
(営業でもいたなあ。)
初めて大型契約を取った新人。
何度も契約書を見返していた。
信じられない気持ちはよく分かる。
ガイルが真剣な顔になる。
「アルト。」
「このお金、お前のものだ。」
アルトは首を振った。
「みんな。」
「使う。」
「え?」
「研究。」
「村。」
「学校。」
ガイルは言葉を失う。
二歳児が考えることではない。
しかし、その瞳は本気だった。
(お金は目的じゃない。)
営業時代、多くの経営者を見てきた。
儲けるだけの会社は長く続かない。
利益を未来へ投資する会社だけが成長する。
この世界でも同じだ。
◇
数日後。
王都では送風具が正式に販売された。
「涼しい!」
「風の強さが変えられるぞ!」
「前より静かだ!」
商人たちが次々と注文を書き込んでいく。
ある店主が笑った。
「今年の夏はこれが一番売れる!」
その様子を遠くから見ていた商人が、小さく呟く。
「……面白い。」
黒い外套を羽織った男だった。
胸元には、見慣れない銀色の歯車の紋章。
「この技術。」
「手に入れば、大陸中で商売ができる。」
男は静かに笑う。
「王国だけに独占させるには惜しい。」
その笑みは、商人というより獲物を狙う狩人のものだった。
アルトはまだ知らない。
自分の発明が、王国内だけでなく他国の巨大商会までも動かし始めていることを。
そして――。
その「特許」が、やがて国家同士の駆け引きにまで発展していくことを。
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営業メモ㊴
『利益はゴールではなく、次の成長への投資である。』
売上を得ることは大切だ。
しかし、本当に重要なのは、その利益をどう使うか。
人材に投資する。
技術に投資する。
未来に投資する。
利益を未来へ変えられる者が、最後に勝つ。
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――次回、第四十一話「営業課長、商人ギルドにスカウトされる」
「アルト君、ぜひ我が商会へ来てほしい。」
王都最大の商会から届いた突然の誘い。
だが、その裏では”ある男”が静かに動き始めていた。




