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第三十九話 営業課長、王女殿下と友達になる


初夏の陽射しが、王立魔法学院の白い校舎を明るく照らしていた。


共同研究が始まって一か月。


研究室には以前にはなかった活気が生まれていた。


「蒼輝石と紅輝石の共鳴実験、成功しました!」


「こちらの記録も更新しておきます。」


「午後は魔道具班との合同会議です。」


研究員たちは忙しく動き回りながらも、どこか楽しそうだった。


アルトはその様子を見て、満足そうに微笑む。


(みんな、自分の仕事だけじゃなくなった。)


営業でも、チームがうまく回り始める瞬間は空気が変わる。


まさに今が、その状態だった。



その日、学院の正門に豪華な馬車が止まった。


王家の紋章が刻まれた白銀の馬車。


護衛騎士たちが整列し、学院長や教授たちが出迎える。


「王女殿下がお見えになりました。」


リディアが小声でアルトに伝える。


「王女様?」


「共同研究をご覧になるそうです。」


馬車の扉が開く。


降りてきたのは、十歳ほどの少女だった。


長い金色の髪。


透き通るような青い瞳。


白を基調とした上品なドレス。


しかし、その表情は威厳よりも好奇心でいっぱいだった。


「こんにちは!」


元気よく手を振る王女に、その場の空気が少し和らぐ。


「私はエリシアです!」


「今日は皆さんのお勉強を見に来ました!」


教授が穏やかに微笑む。


「ようこそお越しくださいました。」



研究室を見学していたエリシアは、部屋の隅で本を読んでいるアルトを見つけた。


「あっ!」


「あの子?」


リディアが紹介する。


「こちらがアルト君です。」


「共同研究でたくさんの助言をしてくれています。」


エリシアは目を丸くした。


「えっ?」


「この子が?」


アルトは立ち上がり、小さくお辞儀をする。


「こんにちは。」


「こんにちは!」


エリシアも同じようにお辞儀を返した。


「あなた、お名前は?」


「アルト。」


「二歳です。」


「ええっ!?」


王女は思わず大きな声を出した。


「そんなに小さいのに、お話できるの?」


「少しだけ。」


「すごーい!」


周囲の大人たちは思わず笑みを浮かべる。



「ねえ、アルト。」


エリシアは研究室を見回した。


「研究って楽しい?」


アルトは迷わず答えた。


「うん。」


「どうして?」


少し考えてから答える。


「知らないことが。」


「分かるようになるから。」


王女はその言葉を何度も繰り返した。


「知らないことが……分かる。」


「素敵。」


その瞳は、きらきらと輝いていた。



見学の途中。


研究員が新しく完成した魔道具を持ってきた。


「送風具の改良型です。」


「風の強さを五段階で調整できます。」


エリシアは興味津々で手に取る。


「すごい!」


「これなら暑い日も快適ですね!」


アルトは首をかしげた。


「お城って。」


「暑い?」


王女は苦笑する。


「広いからね。」


「全部のお部屋に魔道具があるわけじゃないの。」


「侍女さんたちも暑そうなの。」


アルトは少し考える。


(なるほど。)


使う人は王族だけじゃない。


働く人たちもいる。


営業時代なら、ここで終わらせない。


「もっと。」


「小さいのも。」


「作れたらいいね。」


王女は嬉しそうに笑った。


「うん!」


「侍女さんのお部屋にも置けるね!」


教授は静かに頷く。


「視点が違いますな。」


アレンも感心したように笑う。


「私たちは性能ばかり考えていました。」


「使う人まで考えていませんでした。」



帰る時間になった。


「アルト。」


エリシアが小さな栞を差し出す。


金色の糸で花の刺繍が施された手作りの栞だった。


「私、本が好きなの。」


「これ、使って。」


アルトは嬉しそうに受け取る。


「ありがとう。」


少し迷ってから、自分のポケットを探る。


中から出てきたのは、秘密基地で拾った小さな青い石。


魔力の宿っていない、ただ綺麗な石だった。


「これ。」


「ぼくから。」


エリシアは両手で受け取る。


「ありがとう!」


「大切にする!」


二人は笑顔で手を振り合った。


身分も年齢も違う。


それでも、その瞬間だけは普通の子ども同士だった。



王女の馬車を見送ったあと。


教授は静かに呟く。


「王女殿下が、あれほど自然に笑われたのは久しぶりです。」


リディアも微笑む。


「アルト君には、不思議な力がありますね。」


アルトは首を振った。


特別な力ではない。


営業でも同じだった。


相手が社長でも、新入社員でも、お客様として同じように接する。


肩書きではなく、人として向き合う。


その積み重ねが信頼を生む。


この世界でも、その考え方は変わらなかった。



営業メモ㊳


『相手の肩書きではなく、人を見る。』


社長だから特別扱いする。


新人だから軽く見る。


そんな営業は長続きしない。


人は誰でも、一人の人間として尊重されたい。


信頼は、そこから始まる。



――次回、第四十話「営業課長、初めての特許料を受け取る」


送風具の改良が正式に王国へ登録された。


そしてレオン家へ届けられた、一通の通知。


「発明者への報奨金を支給する。」


営業課長は異世界で、人生初の”特許収入”を手にすることになる――。

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