第三十九話 営業課長、王女殿下と友達になる
初夏の陽射しが、王立魔法学院の白い校舎を明るく照らしていた。
共同研究が始まって一か月。
研究室には以前にはなかった活気が生まれていた。
「蒼輝石と紅輝石の共鳴実験、成功しました!」
「こちらの記録も更新しておきます。」
「午後は魔道具班との合同会議です。」
研究員たちは忙しく動き回りながらも、どこか楽しそうだった。
アルトはその様子を見て、満足そうに微笑む。
(みんな、自分の仕事だけじゃなくなった。)
営業でも、チームがうまく回り始める瞬間は空気が変わる。
まさに今が、その状態だった。
◇
その日、学院の正門に豪華な馬車が止まった。
王家の紋章が刻まれた白銀の馬車。
護衛騎士たちが整列し、学院長や教授たちが出迎える。
「王女殿下がお見えになりました。」
リディアが小声でアルトに伝える。
「王女様?」
「共同研究をご覧になるそうです。」
馬車の扉が開く。
降りてきたのは、十歳ほどの少女だった。
長い金色の髪。
透き通るような青い瞳。
白を基調とした上品なドレス。
しかし、その表情は威厳よりも好奇心でいっぱいだった。
「こんにちは!」
元気よく手を振る王女に、その場の空気が少し和らぐ。
「私はエリシアです!」
「今日は皆さんのお勉強を見に来ました!」
教授が穏やかに微笑む。
「ようこそお越しくださいました。」
◇
研究室を見学していたエリシアは、部屋の隅で本を読んでいるアルトを見つけた。
「あっ!」
「あの子?」
リディアが紹介する。
「こちらがアルト君です。」
「共同研究でたくさんの助言をしてくれています。」
エリシアは目を丸くした。
「えっ?」
「この子が?」
アルトは立ち上がり、小さくお辞儀をする。
「こんにちは。」
「こんにちは!」
エリシアも同じようにお辞儀を返した。
「あなた、お名前は?」
「アルト。」
「二歳です。」
「ええっ!?」
王女は思わず大きな声を出した。
「そんなに小さいのに、お話できるの?」
「少しだけ。」
「すごーい!」
周囲の大人たちは思わず笑みを浮かべる。
◇
「ねえ、アルト。」
エリシアは研究室を見回した。
「研究って楽しい?」
アルトは迷わず答えた。
「うん。」
「どうして?」
少し考えてから答える。
「知らないことが。」
「分かるようになるから。」
王女はその言葉を何度も繰り返した。
「知らないことが……分かる。」
「素敵。」
その瞳は、きらきらと輝いていた。
◇
見学の途中。
研究員が新しく完成した魔道具を持ってきた。
「送風具の改良型です。」
「風の強さを五段階で調整できます。」
エリシアは興味津々で手に取る。
「すごい!」
「これなら暑い日も快適ですね!」
アルトは首をかしげた。
「お城って。」
「暑い?」
王女は苦笑する。
「広いからね。」
「全部のお部屋に魔道具があるわけじゃないの。」
「侍女さんたちも暑そうなの。」
アルトは少し考える。
(なるほど。)
使う人は王族だけじゃない。
働く人たちもいる。
営業時代なら、ここで終わらせない。
「もっと。」
「小さいのも。」
「作れたらいいね。」
王女は嬉しそうに笑った。
「うん!」
「侍女さんのお部屋にも置けるね!」
教授は静かに頷く。
「視点が違いますな。」
アレンも感心したように笑う。
「私たちは性能ばかり考えていました。」
「使う人まで考えていませんでした。」
◇
帰る時間になった。
「アルト。」
エリシアが小さな栞を差し出す。
金色の糸で花の刺繍が施された手作りの栞だった。
「私、本が好きなの。」
「これ、使って。」
アルトは嬉しそうに受け取る。
「ありがとう。」
少し迷ってから、自分のポケットを探る。
中から出てきたのは、秘密基地で拾った小さな青い石。
魔力の宿っていない、ただ綺麗な石だった。
「これ。」
「ぼくから。」
エリシアは両手で受け取る。
「ありがとう!」
「大切にする!」
二人は笑顔で手を振り合った。
身分も年齢も違う。
それでも、その瞬間だけは普通の子ども同士だった。
◇
王女の馬車を見送ったあと。
教授は静かに呟く。
「王女殿下が、あれほど自然に笑われたのは久しぶりです。」
リディアも微笑む。
「アルト君には、不思議な力がありますね。」
アルトは首を振った。
特別な力ではない。
営業でも同じだった。
相手が社長でも、新入社員でも、お客様として同じように接する。
肩書きではなく、人として向き合う。
その積み重ねが信頼を生む。
この世界でも、その考え方は変わらなかった。
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営業メモ㊳
『相手の肩書きではなく、人を見る。』
社長だから特別扱いする。
新人だから軽く見る。
そんな営業は長続きしない。
人は誰でも、一人の人間として尊重されたい。
信頼は、そこから始まる。
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――次回、第四十話「営業課長、初めての特許料を受け取る」
送風具の改良が正式に王国へ登録された。
そしてレオン家へ届けられた、一通の通知。
「発明者への報奨金を支給する。」
営業課長は異世界で、人生初の”特許収入”を手にすることになる――。




